第7話 盗賊たちの謎の死

「ナイジェル大隊長、ちょっといいですか?」

「今の俺は隊長だが」

 スライが酷く硬い表情で声をかけてきたので言い間違いを揶揄からかってみたが、生真面目な男は顔色を蒼褪めさせたままその表情を緩めることはなかった。

「どうかしたのか?」

 不審に思い、僅かに眉を顰めて質問するが、スライは無言のまま首を振る。

 ここでは言えないことのようだ。黙ったままナイジェルを伴い、建物の裏手に回っていく。

「盗賊たちの数が少ないとおっしゃってましたね。その残りとがありました」

 スライの妙な言い回しに嫌な予感がした。


 集落から少し離れた岩山の陰に盗賊たちの死体が散乱していた。

 ナイジェルは死体を見たくらいでは驚かないが、ここにある死体はどれも今まで見たことがないほど惨たらしい殺され方だ。

 上半身と下半身を喰い千切ったように分断されたものや頭部が半分無いもの、まるで子供が戯れに人形を壊すように岩場にひしゃげた形で潰れている死体もある。

殺されたのでしょうか」

「分からない。だがいくら盗賊とはいえこのままにしておくのは寝覚めが悪い。埋葬しよう」

 片膝をつき、遺体の状態を確認していたナイジェルは立ち上がるとスライに指示する。

「ユタを呼んできてくれ。奴なら何か分かるかもしれん。それと墓穴を掘る道具もな。他の者はここに近寄らせるな」

「……分かりました」

 寄せ集めに過ぎない護衛隊にこの光景を見せれば、怖気づいて逃げ出す者も出てくるかもしれないと思ってのことだ。


 砂を踏む音がして振り返るとドニアザードが立っていた。

「ナイジェル様?」

「来るな!」

 制止したが遅くドニアザードは惨たらしい遺体を目の当たりにして、悲鳴すら上げられず目を見開いたまま硬直した。

 ナイジェルはドニアザードの視界を遮るように目の前に立つと肩に手を置いた。

 途端に崩れ落ちるドニアザードを抱き留めて、安心させるように話しかける。

「大丈夫か?」

「す、すみません。何かお手伝いできることがあるかと思って来てしまいました」

「いや、いい。この事は他の者には言うな」

「はい」

「歩けるか?」

 かぶりを振ってナイジェルに縋り付いてくる。足が竦んで動けないのだろう。

 ナイジェルは捕まっていろと言うが早いか、ドニアザードの膝裏と背中に手を回し軽々と抱え上げると集落に向かって歩き出した。

 ドニアザードは驚いた顔をしたが嬉しそうに頬を紅潮させるとおずおずとナイジェルの首に手を回す。


「おや、お邪魔でしたか?」

 途中でスライが伴ってきたユタに声を掛けられた。ニヤリと笑うと面白そうにこちらを見ている。

「くだらない勘違いをするな。お前もあれを見てみれば解る」

 ナイジェルは後方の遺体を指差す。覗き込んだユタが眉を顰める。

「随分、派手にやりましたねえ、ナイジェル」

「俺が手を下したのではない」

 腕に抱いていたドニアザードをスライに渡すと遺体を調べ始めたユタの元に行く。

 一瞬離れ難そうな顔をドニアザードはしたが何も言わず、スライに連れられて調査団に戻っていく。


「相変わらず、女性に好かれますよね」

「何の話だ」

「そして、変わらず鈍い。ドニアザードですよ、貴方のことが好きなのでしょうね」

「馬鹿馬鹿しい。それより何か分かるか」

 ナイジェルの表情を探る様な視線を寄越したが、すぐに手元の遺体に視線を戻すと服を剥がして丹念に調べている。

「こんな事なら、誰か一人でも生かしておくのだったな」

 嘆息するナイジェルにユタはゆっくりと首を振る。

「あまり意味はないでしょうね。この人たちが殺されたのはおそらく今日の昼頃だと思います。盗賊たちが出ていた最中に殺されたのではないでしょうか」

「ほう? よく分かるな」

「……ナイジェル、私は導師の位にあるのですよ。公証人としても書記としても実務経験がそれなりにあります」


 公証人は導師認定試験の一次合格者に与えられる称号で主に司法を担当する。裁判で意見を述べたり、契約や結婚の際の証人となったりする。

 書記は二次合格者に与えられる称号で民政院や審刑院で行政の実務をする。国王直轄地の行政官として派遣されることもある。

 導師はそれらを経験した上で課される試験に合格した者に与えられる地位で、本来なら膨大な司法、行政に対する知識が必要な為試験を受けて合格することは酷く難しいので、ある程度の実務経験者は試験を免除されたり、有力者に賄賂を使って試験をせずに導師の地位に推薦してもらったりする者がほとんどだ。

 公証人や書記、導師に認定されると地位に応じて王国から俸給が支給される。


 ユタは試験を受けた上で合格している。

 養父のマーティアスも同様だ。ユタの専門は考古学、マーティアスは天文学を研究する傍らで導師の地位にある。

 天才と言われる所以である。

 公証人は時に殺人事件の現場で検死も行うのでその時得た知識なのだろう。

「人は亡くなると血液が体の下の地面に接している部分に溜まって、紫色の痣のようなものができるのですよ。死斑というのですがそれの出具合で大雑把にですが、死んだ時間が分かるのです」

 ナイジェルはひどく感心したように目を見開いている。

「ナイジェル、私をなんだと思っていたですか?」

「博覧強記の変態」

「親友に酷い言いようですね」

「親友だったのか?」

「……」

「冗談だ」

「……ナイジェル、一つ忠告しますが貴方は冗談を言わない方がいい」

「よく言われるな」

 口の端に微笑を浮かべながら真面目な口調で話すナイジェルにユタはがっくりと肩を落として溜息を吐いた。

 気を取り直して、遺体を見ながら不審な点を指摘する。

「これは武器を使って殺されたわけではないですね」

「ああ、それは分かるが肉食獣に襲われたのかな」

「砂漠に生息する肉食獣程度でこんなことにはならないでしょう」

 思わず、ナイジェルは天を仰いだ。

「……無事に王都に戻れるといいのだが」

「ナイジェル」

 ユタが真剣な眼差しでこちらを見ている。今までとは違う真摯な色が瞳に見える。

「自分の命を大事にしてください」

「可笑しなことを言う。俺はお前たちを守る立場にある。その目的のために必要があれば命をかける、それだけだ」

 ユタは口を開きかけて止めた。

 揺ぎ無い信念を持つ彼を自分は止めることは出来なかったからだ。

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