「逃亡」2

<2>


 晨鏡しんきょう南信なんしんが郷城に戻って三日後、県城から郷に募兵ぼへいの案内が届いた。

 それとは別に、星鉱せいこうから楠祥なんしょうが軟禁されたとの報も届く。


 支城で言っていたとおり、楠祥なんしょうが支城攻略失敗の責任を取らされることになるようだ。

 納得はできないが、県伯に逆らう手段がない――

 星鉱の手紙からは悔しそうな様子が読み取れた。


 募兵の案内についてはどのように対処するか。

 郷城で開かれた会議では、珍しく郷主である高長こうちょうが意見を述べた。


「ぼ、募集といっても、きょ、協力しないわけにはいかなかろう。ある程度は、へ、兵を集めるべきではないか?」


 建前は募集だが、内実は義務であるはず。県伯けんはくの頭の中では、どの郷からどのくらい、とある程度の計算ができているだろう。

 その計算を下回ってしまえば、郷の名に傷がつく。

 いや、郷主である自分の評価に傷がつく。


「いえ、あくまで『志願』であるべきです。そして、戦う相手が『機兵きへい』、鉄の怪物であることをきちんと知らしめるべきです」


 晨鏡が毅然きぜんと反対意見を述べる。以前のように控えることはない。その姿を頼もしく思う者もいれば、好ましく思わないものもいる。そうされては困ると思う者もいる。

 閉門以来、世の中は変わりつつある。その変化に対応できる者と、対応できない者と。


 高長は変化に対応できない一人であり、晨鏡が表に出てくると困ると思い続けている一人でもあった。

 晨鏡を厚遇するな。仕事を与えるな。それでお前の地位は保たれる。


 その命令は高長の中で今も生きている。

 しかし、動き出した流れを止める力は高長にない。


「私も晨鏡様に賛成です。人を出せば、何人かは必ず死にます。それを分かっていて、民に強制はできません」


 間接的にとはいえ修羅場を経験した陽河ようがが晨鏡に同意する。


「私も同感だ。命を捨てる覚悟のある者のみ、募集に応じるべきだ」


 腕組みをしたまま伊魁いかいが頷く。


「私も賛成です」

「私もです。情報は可能な限り公表し、それでも行く、という者のみ送り出すべきです」


 沓謙とうけんが、香紗こうさが、口々に晨鏡に賛同する。

 こうなると、高長は何も言えなくなる。

 いや、しかし、だが…。


 口の中で何か言っているが、相手にする者はいない。

 会議は中央郷北西支城の戦いの様子、機兵の強さを明らかにしつつ、募兵の案内を自警団に委ねることを決めた。


「あくまで『志願』であって、『強制ではない』。それを徹底すること。また、募兵に際して知り得る情報はすべて提供すること」


 それが約束事項として了承され、案内は司法課長・香紗の名で郷内に通知された。


「つまり、これは、村から1人は出さなきゃいけないとか、そういうことじゃないってことだな?」


 双木村にその通知を持って行ったとき、南信は作良から念を押された。

 募集に誰も応じなかったとしても本当に良いのか。

 その不安が作良にある。


 これまでも郷から労役の募集がなされることがあった。道路や河川の整備、修復。そういったことに人手が足りないと、土木課から人集めの依頼が来ることがあった。

 その際は、各村から1人か2人、若い男手を出すのが慣例だった。


 作良も以前、堤防の増強工事に参加したことがある。

 そこでは誰も参加しない村があると陰口が叩かれた。人を送らないと祭りの許可や予算で差を付けられるとの噂もあった。

 今回もそうではないのか。本当に良いのか。


「募兵に応じれば死ぬかもしれません。その危険性をきちんと伝え、決して強制のないようにすること。それが郷の決定です」

「晨鏡様もその決定に加わったのか?」

「はい。晨鏡様が主導されたと聞いています」


 南信が答えると、作良はようやく納得した様子を見せる。


「わかった。晨鏡様が言うなら、そうなんだろう。郷が出さなくていい、と言ったんだから、出さなくていいんだよな」


 念のためもう一度確かめる。


「はい。それでも行きたい者は止めなくて良い、と。一旗上げたい者もいるだろうし、機兵を見てみたい者もいるだろう。命の危険を冒してでも参加してみたいという者がいるのなら、それはそれでよい、と」

「分かった。村の連中に伝える」


 ただ…。作良が頭を掻きながら苦笑する。


「それだと逆に、応募があるかもなあ」

「怖いもの見たさ、ですか?」


「うん。それもあるけどな。隠し事が何もないと、不安も少なくなるからさ。機兵ってのは化け物なのかもしれない。兵になれば死ぬかもしれない。でも、勝てないわけじゃないし、必ず死ぬとも限らないわけだろう?戦ったことがある奴がいないわけじゃなく、確かに化け物かもしれないがどんな相手だか分ってる。給料もいいしな。うまくやれれば…なんて思ってしまうかもしれないな」


「作良もですか?」


 南信に問われて作良が唸る。


「う~ん。おれはな~。どうかな~。晨鏡様が『強制するな』と言うなら、危険のほうが高いってことなのかな。そう思ったら、ちょっとな~」


 自警団の団長だしな。団長じゃなかったら、どうかな。でも、行かないかもな。村が好きだからな。わざわざ危険な真似をしようとは、思わないなあ。

 そう答えてから、作良は南信に言った。


「まあ、村には流しておくよ。誰かいたら連絡する」


 結局それから一週間、郷内では募兵に応じる者は現れなかった。

 

 

 

 

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