二章 -廉潔の黒-編

第59話 国の礎

――――ブラキニア領ブラキニア城。


「ザハル様、ご報告致しますッ!! 只今例の怪物は急転回し、北のダーカイル城に進行中! そのまま城へ到達する見込みです!」

「何故あっちに……ダーカイル城の守備兵には、怪物を迎え撃つと同時にスハンズの警戒も怠るなと指示を出せ」

「承知しましたっ!」

「ウエスト、イーストは共に追撃し、挟み込め」

「はッ!」

「サウスの人員は半数をセントラルに。残る半数は南方の警戒を続けろ」


 ブラキニア城玉座の間では兵が慌ただしく走り回っていた。例の怪物と呼ばれた何かがここブラキニア領に襲来している。


「……ダーカイルは捨てるか」

「仕方ない、オレの居城くらいくれてやる。ここが落とされなければいいさ」

「だが、あそこが落ちれば北方の防備が薄くなるぞ」

「此処が落ちれば北方などと気を遣うレベルじゃないだろう」

「そうだが」

「……待てよ? そうか、いいだろう。このまま北に誘い込めれば」

「どうした?」

「いや、何でも無い」


 ザハルは玉座で落ち着き払っていた。頬杖を付き、組まれた脚をゆらゆらと揺らし気怠そうだ。しかし参謀の立ち位置でもあるアルは、安い忠告を敢えてするくらいには落ち着きがなかった。

 ブラキニアは危機に瀕していた。得体の知れない脅威が領内に侵攻し、ブラキニアは崩壊の序曲を奏でていた。



――数日前。



 ダーカイル城の玉座には相変わらずザハルが気怠そうに座っていた。


「あの灰色の……厄介だな」

「リムとか言っていたな」

「ああ、どうにも厄介だ。それにあの角何か引っかかる。父のそれと似ていた」

「角に見分けなどあるのか?」

「アル、お前はどうもブラキニアの一族を馬鹿にしている様だな」

「オレにとっては一族なんて括りに興味は無い。お前と共にいる、それだけだ」

「フン」


 少し口角が上がったザハルの口元を見て、傍で佇むアルもまた軽く微笑んだ。


「それにしても最近あっちの城下街が静かじゃないか」

「あ? セントラルブラックか。どうせ今に飢えた民が兵を一人リンチにしたっていう話が入ってくるだろ」

「お前はそれでいいのか?」

「良いも悪いも明日も補償できない現状を受け入れてブラキニアに頼った奴らの集まりだろ。悪事を働けば制裁を加えるだけだ」


 ここブラキニア領は異端と呼ばれていた。本来であれば人々は同色で寄り合うもの。しかしブラキニアは、異色者いしょくものと弾かれた人間が肩を寄せ合い暮らせる数少ない都市の一つだった。

 次第に全国で他色を受け入れる噂が流れ、同色同士での諍いや異色狩いしょくがりから逃れる様に集まる色達。複数の色が濃く絡み合えば黒くなる。現国主、ガメル・ブラキニアを筆頭に黒の色を持つ一族を象徴するかの様であった。


 気が付けば民の数は膨れ上がり一大国家へと成長するまでに至る。しかし、飽和した民を養う程の国力は無かった。他国に攻め入り、領土と物資を補給する事でしか国を維持できなかった。補給と言えば聞こえはいいが略奪となんら変わりは無い。広めた領土や村も、実際には管理など行き渡らず荒廃を待つばかり。


 待遇が悪い中でも異色者達は最低限の衣食住は手に入る。であれば多少苦難を強いられようとも人々は耐えるのだ。ブラキニアはそうした人々を蔑ろにはせず全てを受け入れてきた。質素な生活に苦痛を感じる者は勿論居る。それを逆手に取って徴兵を行うのだ。軍に参加する事で更なる生活を得る事ができる。


 しかし現実は甘くは無かった。厳しい訓練を経て、実際に戦場へと赴く事ができる者のみが、少ない国力の中でも優遇された生活ができるのだ。耐えきれずに挫折した人間は容赦無く蹴落とされ、平民よりも更に厳しい生活を突き付けられる。

 力無き者は強者に従う事が世の常、仕方が無いのだ。苦しいながらも一般人として耐える者、一念発起して軍に参加する者、挫折し路頭に迷う者。

 

 ブラキニアは表向きこそ全ての民を囲い救いの手を差し伸べようとする国。だが裏では厳しい現実が待っている。

 明日を満足に迎える事がこれほどまでに厳しい。ブラキニアもこの状況を打破すべく、日々試行錯誤を繰り返しては隣国と競り合っている。その中でもやはり鍵となる物は虹の聖石レインボーウィルだった。力を手にしてこそ自国が優位に立つ、ひいては民も裕福にできるのだ。


「オレは力の無い民は見捨てない。だが、秩序を乱す者に容赦はしない、自身の力に驕り墜ち行く奴も知らん。身の程を弁えていない人間が一番好かない」

「お前らしいが、ガメル様の教えか?」

「ああ、普段から父が嫌になる程言っていた。いくら国が大きくなろうともその礎は民にある。民を第一に考えろ。と」

「見た目からは想像もできない考えだな」

「バカにするのが好きなようだな、それこそお前も立場というものを弁えたらどうだ。所詮流れ者だろうが」

「弁えているからこそだろ」

「フン」


 ザハルも一目置くアルという存在。今のザハルにとっては不可欠な存在、どれほどの者であろうか。


「どうも落ち着かない、一度ブラキニア城に行くぞ」

「ああ」

黒王こくおう代行として民に顔を見せておかねばな」

「さまになってきたな」

「ほざけ、あくまで現黒王は父だ。弁えているさ」

「どうだか」


 重い腰を上げ、二人はブラキニア領中央都市、帝都セントラルブラックの更に中心に位置するブラキニア城へ向かうのであった。


 第二章、廉潔の黒。開幕。

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