第60話 未熟な指導者
――――ホワイティア城下街 ストーンリバー。
「良かったのか? 折角兄妹としてまた会えたってのに」
「いいのっ☆ また直ぐ会えるよ多分!」
リム達はブラキニア領へ向けて城下街のストーンリバーを歩いていた。綺麗に並べられた花崗岩の石畳は凹凸が少なく、荷車の移動の障害にはならない程だった。海岸の村パインリーと同様、建築にはそこそこの割合で花崗岩が使われていた。陽気な天候に地面は白く輝いている。
「ブラキニアまではかなりある。それなりの準備はしておく必要があるだろう」
「かなりあるったって飛べば一瞬だろ? イーグとドラドラにお願いすればいいじゃん」
「ロングラス大平原の入口にあたるオルドーの村までなら大丈夫だが、巨大故にすぐ見つかっては行動に支障が出る」
「敵?」
「まだ分かっていない様だな。ロングラスは
ロングラス大平原には両軍の小規模哨戒拠点が多数点在している。現在は小康状態の為、行商人が平原を利用し経済の流通を行っていた。商人は基本的に何処かの国に属してはいるものの、流通の面を考慮し非戦闘時では荷物の検査を哨戒所が行っているに過ぎない。勿論、敵対国家に対しての流通には厳しく、その殆どが規制されていた。
上空の移動は、商人は勿論の事一般人も行わない。その為、戦闘員の可能性が高いと判断されてしまうのである。ホワイティア領からブラキニア領への移動は陸路が現実的だった。ドームは行商人に紛れ進む事を勧める。
「そろそろか」
「あ? ああ。エミルが国民に演説するんだっけか」
「一度起きた混乱を鎮めなければいけない。リリも顔を出せない以上、エミルが表に出るしかないからな」
ストーンリバーの市民がホワイティア城へと続く道の手前、市民の憩いの場でもある大広場へと足を向けていた。市民は雑談を交えながらも、今から行われようとしているエミルの演説内容を予想していた。
「
「エミル様の誘拐犯が掴まったって話じゃないか?」
「犯人が捕まった位でわざわざ被害者本人が国民に演説なんかするかね?」
「いや、多分あれだな! ブラキニアとの休戦協定とかじゃないか? 連日慌ただしかった兵達が最近大人しいじゃないか」
「ああ、なるほどね。それなら国民に説明するのも納得だわ」
「でも、それも羊皮紙で掲示板に貼り出せばいいんじゃないの?」
「う~ん……」
一般市民には様々な憶測がされていた。
今か今かと待ちわびる中、暫くして城より出向いた新騎士長兼護衛のダンガとエミルが姿を現す。
「皆様、わざわざお集まり頂きありがとうございます。本日は重要な、この国にとって重要なお話をする為に参りました」
民衆からは少しのザワツキがあった。本来国からの通達事項は羊皮紙を通して民衆に下りる。一兵士が声を張り上げるのでは無く、王族がわざわざ出向く事自体が稀だった。
「先ず皆様には大変ご心配をお掛けした事を謝罪致します。見ての通り、私は無事ですので安心して下さると幸いです。今回の私の誘拐事件は単純なものではありませんでした。国の乗っ取りというあるまじき反逆の一端でし――」
「反逆だって!? 犯人は誰だー! 吊し上げろ!」
「そうだそうだ! なんでロンベルト様は居ないんだー! 隣にいる奴は誰なんだよ!」
反逆という言葉が出た途端に民衆が騒めき、エミルの言葉を遮る。
「皆様落ち着いてください。ロンベルトはもう居ません」
「居ないってどういう事だ! 騎士長が居なくなったらこの国が危ないんじゃないのか!」
「その反逆の首謀者がロンベルト騎士長。いや、ロンベルト・ハックだったのです」
「なんだって!? あんな優しい人がそんな事をする訳が無いじゃないか!」
ここに来てロンベルトの人望が仇となる。民衆を味方に付ければ乗っ取りも容易い、ロンベルトの策は最早権力を得るだけの段階まで来ていたのだ。オルドール家に関する理由付けなどどうとでもなるだろう。
「ですが真実なのです。どうか信じて下さい」
「いくらエミル様の言葉だっつっても、そんな単純に割り切れるもんじゃねえよ!」
「そうだそうだ! この演説自体が乗っ取りの一端じゃねえのか?」
民衆からは心無い言葉が投げかけられる。エミルにはその言葉一つ一つが重く鋭く刺さる思いだった。しかし、そんな口撃を防いだのはダンガだった。
「控えろッ!! 貴様らが会話をしている相手はこの国の王、白王様の代行であるぞ! 白王リリ様は現在、事の重大さを受け止め数名の精鋭と隠密に処理に当たられている! まだ危機を脱してはいないのだ。皆の不安も分かろう。だが代行を立ててまでして行うこの演説の意図を汲むのだ!」
「お前は誰なんだよっ! でっけー口叩いてんじゃねえよ! エミル様の隣に立って騎士長気どりかぁ?」
既に疑心暗鬼に陥っている民衆にはダンガの声も届かなかった。焦りの色を見せるダンガだったが、民衆のざわつきが止まる。後方に気配を感じたダンガはまさかと思い振り向いた。
「皆さん、落ち着いて下さい。私は訳あってすぐにこの場を発たなければいけません。ですが、エミルの言った通り、ロンベルトの悪行は防ぐ事ができました。まだ安心できない事も事実です。隣に立っているダンガは私達を守る盾、ホワイティア軍騎士長です。私リリ・ホワイティアの名の元、任命しました。どうか、皆さんには協力して頂きたいのです。この国は未だ不安定です。どうか、どうか……」
「白王様……」
突然の白王リリの姿に困惑する民衆。リリもまたホワイティアの民からの人望は厚い。
「白王様本人に言われちゃあ……なあ」
「お、おう」
エミルは改めて会話を切り出す。
「私エミルは、姉であるリリ・ホワイティアに全権を託されました。姉様への信頼をそのまま私に向けて頂きたいとまでは言いません。ですが、これからの未来を担う身として見届けて頂きたいのです。隣にいる次期騎士長であるダンガと共に、新生したホワイティアを築き上げると誓います!」
「……」
民は勿論即断などできなかった。しかもこれからが激動である可能性を示唆されては受け入れ難い事は明白。しかし、民達も反抗ばかりしていては埒が明かない事は薄々感じているだろう。
「し、仕方ねえよなぁ。別にオレ達の生活に支障がねえなら様子をみるしかないだろうよ」
「あ、ああ……エミル様。頼んだぜ! 何かあったらオレらも頑張るからよ!」
「皆様……」
これで一段落付いたとは思ってはいない。だが、エミルの瞳には薄ら光るものがあった。
「リム、ありがとうございます。無理を言って出してもらって」
「良いって事よ。出す位ならお安い御用。でも借りは作ったからな?」
「あら、そもそも強引に私を引き込んだのは貴方でしょ? これでチャラです」
物陰に隠れ民衆を落ち着かせる為に願ったリリの言葉を受け、リムはリリを己から具現させていた。
「プラマイゼロだこんにゃろ」
「長い付き合いになるかも知れないのですから、その辺りは気にすると先が思いやられますよ?」
「へいへい……」
リム一行は静かに民衆から離れロングラス大平原へ向かうのであった。
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