第28話 影を纏う者

 タータとミルは契りを交わした。友情、家族、色を越えた彼女らは固い絆となる。しかしまだ終わらなかった。


「そろそろいいか嬢ちゃん達ぃぃいいい!!」

「っ!?」


 一同の後方から現れたのはザハル一行であった。黒星こくせいの祠からは相当な距離であるが、ザハルにかかれば容易い事である。


「こりゃたまげたな。物凄い力を感じたから急いで来てみればこれだ。どう見る、アル」

「なんとも言えんな。不可侵の壁か? あの中の空間だけが別世界の様にも思えるな」

「ハハハ! 面白い事を言うな、別世界か。アイツはこの前の、白い空間を生み出した野郎だな?」

「ああ、そうみたいだな。なぜかアイツから黒王こくおう様の気配が感じ取れるのは気のせいか?」

「やはりお前にも分かるか。何故父の気配がアイツから」

「確かめない限りはなんとも言えないな」


 巨大な両刃斧を振り回し、地面へと突き立てた。


下僕げぼくあるじの命だ。とりあえずあの灰色の円に突っ込め」

「……」


 後方に居たダンガは無言で剣を構え、灰色の壁へ走り出す。


「ダンガっ! やめろ! それには触れるな」


 オルドー村出身のドームは勿論、白軍辺境防衛隊隊長であるダンガとは面識があった。しかし、ドームの声は届かない。両の拳を力強く合わせ、力む。


「くそっ! 窒息円煙サークルスモーク!」


 見た目はミルと似てはいるが性質は違い、白い煙である。辺りに発生した煙は、酸素量を減らし動物の呼吸器系を麻痺させる。


「コホッ!」


 ダンガは酸素量が足りず運動力が鈍る。突撃できずに膝を付き、倒れてしまった。


「貴様っ! 操っているとはいえ味方であろう! 捨て駒の様に扱うとは許せん!」

「はあ? 煩い奴だな、どう使おうが勝手だろ。あるじと下僕だ、それ以外に何がある!  ハハハッ!!」


 鋭く睨むドームの目には怒りが込み上げてくる。両手を広げ、見下すようにドームを嘲笑う。ザハルは童顔なのだが目を見開き、正に悪役顔。腐っても黒王の息子である。

 ドームは以前のアルとの戦いとは違い、いとも簡単に挑発に乗って突進を始める。


「卑劣極まりない!」

「お前の相手はオレだ」


 前に現れたのはアルだった。


「この前は途中でお預けをされたな。続きをやろうかホワイティアの犬」

「チッ!」

「アル、邪魔だ。他所でやれ」

「分かった」


 アルは牽制しつつ飛び去り、後を追う様にドームも飛んだ。再び始まる戦闘、ぶつかり合う色。相容れない色は生涯分かり合う事は無いのだろうか。


「さてと、灰色の。聞こうか、お前から感じる父の――」

「ザァァァハァァァルゥゥゥッッ!!」


 一旦は冷静さを取り戻していたミルだったが、再び仇敵を前にして激昂する。

 初動を気取られない様、自身の周囲に霧を発生させ姿を隠した。即座にザハルへと猛進するミル。やはり見えない、通過した地面の草花が遅れて風に揺れる。


「話を遮るな小娘。ん? お前もしかして霧の悪魔ミスティデビルか」


 腕を組んだザハルは反応しようとしない。いや、既に反応していたのだ。


「お前は相当速いらしいな。だがな、所詮目に捉えられないってだけだろ?」


 そう、ザハルの影は正しく光速。捉えるなどという次元の話では無いのだ。既にザハルのほんの数センチ前には、黒く半透明の影の壁が形成されている。

 短剣で切り付けたミルであったが、物体として存在する影の壁に防がれてしまった。


「お前が、お前さえ居なければ……故郷を失わなかった!」

「故郷? ああ、あの辺鄙へんぴな村の事か。お前がオルドール家だったとはな、アルが何を言おうとしたのかなんとなく分かったぞ。王位を継承できず見放された一族だな? ハハハ!」

「うるさい。うるさいうるさいうるさいっっ!」


 影の壁と短剣の鍔迫り合いの中、ミルは再び自身の周囲に霧を発生させる。


「だからなんだというんだ。霧如き、なんら怖くは無いぞ」

蝕む毒霧アンダーマインミスト!!」

「ッ!?」


 ミルは半歩下がり、竜の紋様のある左手甲を軽く切り付けた。滲み出る血は毒となり蒸発を始める。霧が徐々に紫色へと変色し、毒を含む霧へと変化していく。


「んぐ」


 ザハルは左腕で口を押さえ、毒霧の中へと姿を眩ませたミルの気配を探る。


「チッ! 厄介な奴だな」


 頭上に飛び上がり、毒霧を抜けるザハルに後方からミルが追撃する。感情が高ぶっているミルだが、流石に霧の悪魔ミスティデビルと畏怖されるだけはある。戦闘においては的確な判断をする。


「地面から離れてると影は操れないんだよね? 飛んで良かったの?」

「フン、知った口を」


 ザハルも手慣れた様子である。身体を覆える程のマントを盾の様に構える。マントごと貫こうと切っ先を立てたミルは違和感を覚えた。刃が通らないのである。


「悪いな小娘、影は何処でも作れる」


 ザハルは身体を右に一回転捻り、マント越しに蹴りを加える。


ッ!」


 不意を突かれたミルは地面へと蹴落とされてしまった。蹴りの反動でザハルは毒霧の発生していない場所へと降りる。

 そう、ザハルは父譲りの影を操る色操士しきそうし。マント内にできた影を防御壁へと変え防いだのだ。


「ミルっち!」

「おっと動くなよ? 放浪娘。因縁の戦いに割って入るのは野暮ってもんだろう」


 タータへと向けられたザハルの左手は、黒い影を纏っていた。


「小娘、お前はオレと戦って何がしたい。故郷の仇? オレを殺してどうする、故郷が戻るのか? フン、感情に任せた行動とは愚かだな」

「お前に関係無い!」

「憂さが晴れればそれで満足か? 大人しく従えば悪い様にはせんぞ、霧の悪魔ミスティデビル

「誰がお前なんかに!」


 ザハルは不敵な笑みを浮かべる。今のミルには何を言っても挑発以外の何でもない状況。


「王位を剥奪された一族だろ? 飼ってやるよ、下僕としてな。ハハハッ!」


 膝を付いたミルは身体が重く感じていた。

 故郷を助けられなかった自身の未熟さ。

 仇敵を前にして、劣勢を強いられている状況への悔しさ。

 仇を討った所で死んだ皆は戻るのか。ザハルの言葉に揺らぐ感情。


 「傀儡シャドウの影マニピュレート!!」


 ダンガを操り人形へと変えた影が無情にもミルへと伸びる。


「悪いけどちょっと話、いいかな」


 膝を付くミルの前に現れたのはリムだった。

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