161話 お風呂

「久しぶりの稽古だったなー」


 俺は実家でシャワーを浴びながら、思わずそう呟く。なんせ数十年ぶりの稽古だったから。


「年老いた人間が、魔力を持っていないのによくあんな動きが出来るな」


 今更ながらに、母が50代後半だった事を思い出す。見た目があまり変わっていないからすっかり忘れてぞ。


 動きにキレがあり過ぎて、年を忘れている自分がいた。


「ふー。極楽極楽」


 身体を綺麗にして湯船に浸かっているとー


「おにぃ、一緒にお風呂入ろ!」


 浴室更衣室の方から雫の声が聞こえてきた。続けて衣擦れの音が聞こえてくる。


 「おい、嘘だろ?まさか、服を脱いでるのか?」


 妹の突然の奇行に、リラックスしていた気分から、俺は強制的に現実へと覚醒させられる。


「なっ!?ちょっ、おまっ!なに考えてんだ!」


 俺は急いで風呂場から抜け出そうと考えた。だが、あっちも裸だ。おまけに俺はタオルを持っていない。ドアを開けてしまえば、お互い気まずい状況になってしまうだろう。


 母さん以外には、俺が力を持っている事を隠しているから、返事をしなければ何とかやり過ごせた。だが、咄嗟に返事をしてしまったせいで俺が風呂場に居るのは確定した。


 何たる失態!だが、まさか妹が風呂場まで入って来るとは思わないだろ!


 ドアを開けた瞬間に、俺が居なければきっと不思議に思うだろう。どうやって逃げたのかと問い詰めてくるに違いない。


「マズいマズい!」


 窓から逃げたと言っても無理がある。仮にそれで通じたとしても、俺が裸で外をうろついたという嘘の事実が出来てしまう。


 クソ!どうするべきなんだこの状況!


 逃げ場が無いぞ。既に詰んで無いか!?


 ”高速思考”で脳を働かせた結果。俺は最善手であるドアの鍵を閉める事に決めた。


「これで行く!」


 いざ、鍵をしめようと行動を開始したその時ー


 ガチャリ


「入るね!」


 俺よりも早くに行動していた雫が、風呂場に入ってきてしまった。


 クソッ、失敗した!躊躇なんかしないで咄嗟に行動を起こすべきだった!


「なんで入って来くるんだよ」


 意味はないが、俺は息子だけは見られないよう、咄嗟に浴槽へと体育座りで身を隠す。


「だって、おにぃと一緒にお風呂入った事ないんだもん!兄妹は一緒にお風呂に入って当然なの。わかる?」


 俺がそう問いかけると、雫が頬を膨らませながらそう言い返してきた。まるで出来の悪い生徒に言い聞かせる先生のように。


 その際、タオル越しに”たわわに実った2つの果実”が強調される。


「いま、見たでしょ....」


 目を逸らしながら正直に言うとー


「わ....悪い.....見た.....」


 雫の口がのが一瞬だけ見えた。気のせいだろうか?


「それより、おにぃの身体古傷だらけだね」


 そう言いながら雫は背中をペタペタ触ってくる。心なしか。今更恥ずかしくなってきたのだろうか?


 話題を変えてもらったのはいいが、少しくすぐったい。なんだか指先でなぞる様な触り方をしてくるのだ。


「.......悪い、もう俺出るな」


「え、もう?背中流そうと思ったのに!」


 さっきから気まずいと感じていた俺は、息子を隠しながら浴室を後にする事にした。


 立ち上がった際に、雫にネットリとした様な目で見られた気がするのだが、多分気のせいだろう。


 更に顔を赤く染めた雫に向かって俺は言う。


「気まずくなるから、風呂は勘弁してくれ!」


 そうして俺はすぐさま服を着替えると、急いで部屋に戻ったのだった。




 ★☆★☆


「あはは。流石に今回は攻めすぎちゃったかな?」


 風呂場で1人となった雫が思わず呟く。


「駄目、駄目、駄目!狂歌あの女が居ないからって焦っちゃ駄目。おにぃを奪い取るせっかくのチャンスなんだから!」


 自分に言い聞かせるように、雫は自らの頬を軽く両手で叩いた。


「おにぃのカラダ凄く良かった。もっと見たかったな.....」


 名残惜しそうに雫は手元を見て呟く。


「待っててね、おにぃ。真のヒロインは私だから!おにぃは優しいから、あの4人に騙されているんだよね?結婚まで押し切られたんだよね?愛しい妹と離れ離れになった可哀想なおにぃ。おにぃは私と結ばれるべきなの。だって私達は兄妹なのだから!ずっと私の隣に居るべきなの!だから今夜私が証明してあげる。待っててね、おにいちゃん♡」


 そう言うと、目からハイライトの消えた雫は、歪んだ笑みを浮かべるのだった。

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