戦闘奴隷の少年-消えない過去と消えた笑顔-

kiriyu

1

 ──ただ、俺はお前とっ


 純白の手を彩る鮮血。円形闘技場コロシアムに響き渡る歓声。それは少年の勝利を讃えるものではない。少年の眼前に横たわる少女を讃えるものでもない。ただ、この戦いに。人同士の殺し合いに。賭けたお金のために。


 ──熱い、痛い。苦しいっ


 それは少年の腕の傷の事ではない。見えない何かが少年の胸をえぐる。ただの傷では比べ物にならないほど苦しいもの。少女は、少年に凭れ掛かる様に倒れこみ、最後の力を振り絞って言った。


「生きてっ」


 何度見たか分からない夢、慣れることのない夢。小さな少女が少年にだけに聞こえるように小さく叫ぶ。いつもそこで目が覚めるのだ。首に下げられた『角』のペンダントを握りしめ、込み上げてくる思いを抑える。


 瞼に差し込む光に目が眩つき、思わず顔をしかめる。空を見上げれば、数羽、互いにさえずり合いながら飛び回っている。そんな姿に何度憧れたことか。のどかに吹く風は野原を駆け巡り、草花を揺らし、銀色がかった白髪の少年の頬をかすめる。野原には鳥達のさえずりと、草花の揺れる音だけが響き渡っていた。

 まだぼんやりとした視界だが、体を起こし、大きく広がる湖へと覚束おぼつかない足取りで歩み寄る。湖には白やピンクと言った綺麗に咲く睡蓮すいれんが浮かんでいる。夢現ゆめうつつな頭を覚ますように、手で水をすくう。その右手には錆びついた鉄の輪が残っていた。左手や両足に残るおぞましいあざ。それは、彼を縛っていたものである。掬った水を顔に浴びせ、水は少年の純白な肌を滴る。開かれた瞳は、どこか冷たく薄桃色の双眸そうぼうである。

 目がえた少年は、立ち上がり、黒い外套がいとうを羽織り、顔が見えない程深く被り、背の高い木々の中を歩み始めた。少し行くと幾度と通られたであろう、車輪の跡がついた道に出る。少年は、その道に沿って歩み始める。よどみなく確かで、一定の歩度を保ち、静かに歩く。砂利道であるが、足音が全くと言っていいほどしないのだ。それは少年の──奴隷だった時の癖なのだろう。

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