ポストとハトと流星群

澄田こころ(伊勢村朱音)

第1話 アスの手紙

「アス、いいかげんにしなさい! 勉強もしないで、ゲームばっかり」


 お母さんの声が エアコンのきいたリビングにひびき、あたしの肩はビクッとあがる。テレビの中のバッターは空ぶり三振。「スリーアウトチェンジ」って機械的な声がした。


「夏休みの宿題はしたの? もう八月、あっという間に二学期はじまるよ」


「今からしようと思ってたの」


 あたしはコントローラーを放り出し、テレビを消しながらいった。

 いっつもお母さんは、あたしがしようとするときまって先に声をかける。先まわりしていわれると、逆にやる気をなくしちゃう。


「ほかの部活、入ればよかったのに」


 お母さんはお昼ごはんの片づけをしながら、大きなため息をついた。休みに入ってから、おんなじことを何回もいう。

 中学の部活、そりゃあたしだって入りたかったよ。なんで女の子は野球部に入れてくれないの、って何回もいったのに。しょうがないっていったのはお母さん。


 ずっと小学校から、男の子にまじって野球やってた、あたし。

 六年生の夏休みは練習いっぱいして、真っ黒だったのに、今年のあたしはまっしろけ。

 真っ青な空の下、白いボールを追いかけてるの楽しかったな――。


 でも、今年の夏休みがつまらないことと、野球は関係ない。絶対ない。

 毎年楽しみにしていた九州のおじいちゃんに遊びにいけなくなった。だから、つまんない夏休みなんだよ。絶対そう。


 あたしが小さい時に、おばあちゃんはくなった。それからおじいちゃんは一人で暮らしている。


 去年までは、毎年一週間はおじいちゃん家に一人で遊びにいっていた。空港まではお母さんに送ってもらって、あっちではおじいちゃんが到着ロビーで待っててくれた。


 だけど中学生になったら、勉強も大変だし塾もあるしいったらダメって。

 一学期の成績が悪かったので、夏休みから塾にいきはじめた。塾の先生はまだ一年生だから今がんばれば大丈夫って、はげましてくれた。けど、そもそもやる気ないんだからいっしょだよ。


「そうだ。宿題がいやなら、おじいちゃんにお手紙を書きなさい。文章書く勉強になるし」


 お母さんはぬれた手をこしにあて、いいこと思いついたみたいな顔していった。


「えー、やだよ。おじいちゃんとはこないだ電話でしゃべったし」


 夏休みに入ってすぐ、おじいちゃんから電話があった。夏休みは無理だけど、お正月においでっていってくれた。でも、それじゃあ意味がない。


 おじいちゃんの家は、海辺にある。夏休みにいかないと海で泳げない。縁側ですいか食べて、種を飛ばせない。

 いっぱい遊んで、理科の宿題に雲の観察日記を書こうと思ってたのに。東京の空なんて観察したってつまんない。

 空は低いし、ちいさいし。海の上の大きくてどこまでもつづく空と、くらべ物にならない。


 書くなんて一言もいってないのに、お母さんはテレビボードの引き出しをあけ、便せんを出した。真っ白な普通の便せん。


「こんなのかわいくない」


 そういったら、今度は幼稚園の時買ってもらった、ピンクのキャラの便せんを出してきた。


「そんな子供っぽいのもいやだ」


「いい加減にしなさい」


 鬼みたいな顔をしてお母さんが怒った。あたしは、白い便せんを持って、しぶしぶ二階へあがる。


 おじいちゃんに会ったら、いいたいことがいっぱいある。身長がのびたとか、中学で新しい友達ができたとか。理科のテストは、よかったとか。

 でもそれは、おじいちゃんの顔をみていいたいこと。手紙に書いたってなんの意味もない。だって、笑ってくれるおじいちゃんの顔がみられないんだもん。


 エアコンをつけて、学習机の前に座る。「おじいちゃん元気ですか」ってだけ書いた。

 おじいちゃんはあたしに会いたいの。いやいや書かされた手紙なんて、きっとばればれ。笑われるにきまってる。

 

 でれんと机の上へうつぶせになって、引き出しから携帯ゲーム機をとり出す。ロールプレイングゲームが、途中だったのを思い出した。


 孤島ことうに飛ばされたキャラが、仲間とアイテムを探す。そして、お姫様を助けるゲーム。これおもしろいんだよね。でも、最後の大事なアイテムがなかなかみつからない。

 ちょっとだけ、ちょっとだけならいいよね。あたしは、ゲーム機を起動させた。


                    *


「アスー、お手紙書いた? もう夕方よ。はやくポストへ入れてきなさい」


 下から聞こえてくる声にはっとして、ゲーム機から顔をあげる。窓の外をみたらオレンジ色になっていて、カーカーってカラスの鳴き声がする。下から晩ごはんのカレーのにおいまでしてきた。


 あたしは「はーい」といって、引き出しにあわててゲーム機をつっこんだ。えんぴつは手に持ったけど、何を書けばいいのかわかんない。


 えんぴつを机の上で転がしたら、勢いがよすぎてそのまま落ちた。それを右足の指で、つまむ。裸足だからよゆう。

 それを左手でとって、わたしは大きくため息をついた。子どもがため息つくなんてって怒られるけど、ここにお母さんがいないんだから、かまうもんか。


 あたしはやけくそで便せんへなぐり書きして、封筒ふうとうに入れた。お母さんが書いたおじいちゃんの住所をチラリとみて、その長い住所にうんざりする。

 最後に、鳥の絵の切手をはった。ただの真っ白な封筒に鳥の切手をはったらちょっとだけ、満足できた。


「手紙出してくるー」


 くつをはき、玄関のドアをあけたら外はすごく暑い。サンダルの方がよかったな。そう思ったけど、はきかえるのがめんどくさくてそのまま走り出した。

 ポストは、近くのコンビニの前にある。ズボンのポケットに百円玉が入ってる。手紙を出したら、アイス買ってコンビニの前で食べちゃおう。

 ご飯の前だけど、それぐらいしても許されるよね。本当に本当につまんない夏休みなんだから。





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