秘密結社のお仕事、のバイト
メタロ
第1話
じめッとした暑さがまだ消えない夕暮れ時、俺は今、友人に手を引かれて連行されている。
「一緒に行くって約束したじゃん!なんで三十分も遅れるかな~」
俺の右手を引くのは
「そうだぜ廻。お前がこういうの好きじゃねえのは知ってっけどさ、夏らしいことは
全部やろうって言ったじゃんか!」
俺の左手を引くのは
「遅れたのは悪いけどさ、ほんとに行くの…?」
手を引かれている俺、
高校一年の夏休み、俺たちは学校の裏山にある廃墟に、肝試しに向かっていた。
「しかしさー、廻くん。なんでそんなに嫌なの?怖いの?」
「いや逆らしいぜ、界仁木」
「逆?」
「お化けとか幽霊とか、まったく信じてないんだと。な」
「まあ、ね」
俺は肝試しの類が好きではない。だから今日も本当は行きたくないし、何回も二人だけで行ってきたらいい、と説得してきたが「イベントはみんなで!」という二人の圧に断り切れず、半ば引きずられるように歩いている。俺は肝試しが好きではないがしかし、幽霊を信じていないわけではない。なぜなら、俺は幽霊が本当に見えるからだ。
俺は昔から霊が見えてしまうので、そういう類のイベントを楽しめたことがない。小学生の時、一緒に肝試しに行った同級生が何もいない場所で騒いでいたので、親切心で「ここにはいないよ」と教えたら「空気を読め」と言われた。そのあと本当に霊がいる場所へ連れて行ったが、当然俺以外には見えないので嘘つき呼ばわりされた。それ以来、幽霊やら肝試しやらの単語とは関わらず生きてきた。霊が見える事は界仁木さんにも、中学からの付き合いの忠十にも言っていない秘密だ。
「ふーん。でもさ、ほんとに出るかもしれないよ?呪われちゃうかもよ~」
界仁木さんがいたずらな目でこちらをのぞき込んでくる。
「いや、ないね」
界仁木さんの視線を逸らしつつ、断言する。俺が知る限り、霊はそこにいるだけで人に何かしたりはしない。見るからにヤバそうなやつも、その場で怨嗟を呟き続けるだけで、傍を通る通行人に干渉するようなこともしないのだ。
「うー、ノリ悪いなー」
「考えようによっちゃ、肝試しでこんなに頼もしいヤツもいないけどな。というわけで先導は廻で、よろしく!」
「…わかったよ。腹くくる」
俺は抵抗を諦め、友人たちの楽しみにおとなしく従うことにした。
結果として、裏山の廃墟で何かが起こることはなかった。界仁木さんは少し不服そうだ。
「なーんも起こんなかったね」
「なーんもなかったな」
「だから言ったじゃん」
肝試しを終えた帰り道、なんかあると思ったのに、とプンプンしている界仁木さんと、予想以上に何もなかったことにガッカリしている忠十に並んで歩く。
「いやー、見事になんもなかったなー」
「な?もう肝試し無しね」
「いや!あの廃墟にはいなかったけど隣の県のあそこなら…」
「まだ行く気なの!?界仁木さんそんなにオカルト好きだったっけ!?」
夏休みをホラースポット巡りに費やすわけにはいかない。界仁木さん発案の
「どうした?」
「あ、いや、なんでもない」
「?なんかあったの?」
「なんでもないよ」
少し足早にその場を離れる。空地は少し狭い道に面した場所にある。ポッカリ空いた、見慣れた空間に特に変わったところもなく、霊が見えない界仁木さんと忠十は不思議そうにおれの後についてくる。
俺が知る限り、幽霊はいわゆる地縛霊しか存在しない。地縛霊は特定の場所に無念のある魂がその場所に縛り付けられて発生する。無念とはつまり事故や事件で、その場所で死んだという事である。地縛霊が発生するという事はその場で死んだ人間がいるという事だが、あの空地はいつもと変わらぬ様子であり、最近事件や事故が起きたということは聞いていない。三日前あの空地の前を通った時も、あの男の霊はいなかった。つまり俺が動揺したのは霊がいたことではなく、この三日の間にあの空地で人が死んだということであり、それが周りに気づかれないように行われたということである。誰にも気づかれず人を殺せるやつがこの町にいる。
界仁木さんと忠十とわかれたあと、俺はあの空地の前に来ていた。日はとうに暮れ、降り始めた雨のせいで湿気が強まった。もちろん二人にこのことは話していない。信じてもらえないだろうし、直感で危険だと感じたからだ。しかし、俺はあの空地にいる。危険だと分かっているが、そのスリルが逆に俺を興奮させていた。誰も知らない事件の真相を、俺だけが知れる。高揚した気分を抑えながら、ゆっくりと、確実に、近づいていく。男の霊は下を向いて何かを呟いている。霊の前で耳を澄ませる
<…む…ろ……ぎ…>
(なんだ?よく聞こえないな…)
傘に当たる雨の音でうまく聞き取れない。男の霊にもう半歩近づく。
<…た…めろ……た…ぎ…>
(もう少し…)
男の霊の口が俺の耳に付くかというところまで近づく。あと少し。あと、少し。
<…やめろ……鷹木…>
「君ィ、こんなところで何してるの?」
「ぅわぁっ!?」
心臓が飛び出そうになった。男の霊に夢中になるあまり、知らない間に後ろに誰かが立っていた。振り返るとスーツを着た男が心配そうな顔をしている。
「大丈夫かい?」
「あ、あの、えっ、だい、だいじょぶです」
「…落ち着いて、ね」
「あっ、はい…大丈夫です…」
落ち着いた。目の前の男はクシャッとした笑顔で良かった、と胸を撫でおろしている。男の髪はボサボサであごひげを蓄えていたが、屈託のない笑顔はいい人に見えた。
「雨の中、こんな空地でじっとしてるからさァ。何かあったのかと思ってね」
まさか、幽霊に殺人事件の詳細を聞こうとしてました、とは言えない。
「あの、落とし物しちゃって…」
「あァ、それはたいへんだね。手伝おうか」
男は同情してくれるようだ。しかも手伝いまで買って出てくれている。しかし、落とし物など全くの嘘である。男の善意に若干の罪悪感を抱きながら、申し出を断る。
「そんな、迷惑かけられないですよ。ありがとうございます」
「そうかい?ところでさ…」
男がこちらに一歩詰め寄った。
「この辺で殺人事件が起こったらしいんだよねェ。なにか知ってる?」
ドクン、と心臓が跳ねる。一旦落ち着いた心臓がまた暴れだす。心臓が肺を圧迫したように息苦しい。あれだけあった湿気と熱が一気にひいて、背筋に冷たい汗が走る。
「…知らないです」
「そう?ここ三日くらいの話なんだけど」
顔に笑顔を張り付けたまま、もう一歩、男が詰め寄る。その迫力に思わず後ずさってしまう。空いた右手が後ろいた霊に触れた瞬間、俺の頭に知らない映像が流れ込んできた。
『頼む!やめろ!やめてくれ!鷹木!俺が悪かった!あんたらに従う!だから助けてくれ!なんでもするから!だから!』
『もう、遅いんだよ。あんたが悪いんだぜ?』
『待ってくれ!頼む!たの_』
映像はそこで途切れた。分かったことが二つ。この映像はおそらくこの空地で地縛霊になった男のものだろうということ。そして、この男を殺したのは、今、俺の目の前にいる男だということ。
「あんたが、鷹木か…!」
「やっぱり知ってるじゃないか」
鷹木はそう言いながら廻に近づいていく。ニコニコと笑っているが、放たれる迫力は先程までとはまるで別人である。廻は足がすくみ逃げ出すこともできない。
「知ってることは全部喋ってもらうよ。まずは、なんで僕の名前を知っているか、だ」
廻は何も言えない。感じたことのない威圧感で体が震え、上手く喋ることができない。さらに廻が何も言えない理由はもう一つあった。
「(信じてもらえるか!?幽霊に教えてもらったなんて!)」
目の前の男に霊の存在を信じてもらえる自信がなかった。廻は自分のほかに霊を見ることができる人間に出会ったことがない。霊が見えることは、長い付き合いの親友と言ってもいい間柄の友人にも隠してきたことだ。霊の存在は他人に見えず、見えないものを信じることは難しい。それを初対面の、しかも自分に疑いの目を向ける人間に信じさせるのは不可能に思えた。
廻が何も言えずにいると、鷹木はふぅ、とため息をついた。
「喋ってホラ。じゃないと、ね?」
そう言うと鷹木はポケットから出した右拳を廻の顔の前に突き出した。ナイフのような武器を持っているわけでもない。首に直接手をかけているわけではない。だが、
(ヤバい、殺される…!)
このまま何も言わなければ殺される。そう直感させる何かが、目の前の、ただ握っているだけの右手にはあった。言っても、信じてもらえるとは思えない。しかし言わなければ、きっと殺される。この空地の地縛霊になった男の様に。選択肢は一つしかなかった。
「霊がいるんだ」
震えを抑えながら、廻はなんとか声を絞り出した。
「うん?」
「あんたに殺されたやつの霊がいるんだ!ここに!」
「それは…幽霊、ってことかい?」
「そうだ!あんたに殺された男の幽霊がここにいて、さっきそいつに触れた時、殺される瞬間の映像みたいなもんが頭に流れ込んできたんだ。殺そうとしてるやつはあんたで、あんたは鷹木と呼ばれていた」
「(知っていることはこれで全部…でも…)」
信じてもらえるだろうか。ふざけていると思われたかもしれない。死にたくない一心で半ばやけくそで喋ったが、この後どうすればいいか何も思いつかず、廻は顔を下に向ける。が、
「なるほど」
帰ってきた言葉は意外なものだった。
「あァなるほど。幽霊か。僕に殺されたヤツの。それで名前知ってたのかァ」
廻は驚きのあまり顔を上げた。鷹木は納得したような顔でなるほど、と何度も頷いている。
「信じるのか…?」
「嘘なのかい?」
「嘘じゃない!ただ…幽霊なんて信じてもらえないと思っていたから…」
「まァ、百パーセント信じてるわけじゃないけどね。そういうのもあるってことなんだろ」
嘘ついてるように見えないし、と鷹木は突き出していた拳をまたポケットに収めた。目の前の脅威が取り去らわれ、廻は深く息を吐く。なにを言っているがわからないが、なんとか信じてもらえたようである。
「でも、それじゃ君のことはますます帰せないな」
「えっ」
「一緒に来てもらうよ」
安心したのも束の間、いつの間にか鷹木は廻の腕をつかんでいる。
「えっ、いや、ちょっ!」
「大丈夫大丈夫。ちょっとだけだから」
「待って!離してください!ちょっと!」
先程までの殺気のような威圧感は無くなっているものの、腕を引く力強さには有無を言わせぬものがある。
「(もしかして口封じか!?もっと人目のない場所まで連れていかれるのか!?)」
廻は最悪の想像をしてしまった。助けを求めるため、大声を出そうとしたその瞬間、
「そこまでだ!」
声を上げ、一人の男が現れた。
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