6

「やめ、触るな!」


「うみゅ〜? 泥んこどろどろの体でいたいの?」


 川の浅瀬で洗われるキリユウ。手足の泥や髪を洗われ、耐えきれなくなり暴れ出した。


「そりゃ嫌だけど、一人でできるってうぁっ!?」


「うみゃ! 転んだ〜」


「お前が足滑らせたせいだろ、笑うのやめ、?」


 二人一緒に水しぶきをあげ、地に転ぶが、フィアナはキリユウの頬に触れ無理やり顔を覗き込む。


「キリューの瞳、紅蓮……」


「そ、それがなんだよ」


 フィアナがあまりにも瞳を輝かせ、覗いてくるものだから、反射的に距離を取る。


「ねぇキリュー、君、普通の人と違うと感じた事ない?」


「普通……」


 自身の手を見つめるキリユウ。心当たりならいくつかあるのだ。見透かされたようにフィアナは言葉を続ける。


「ここまで綺麗な紅蓮のフォルティアは見た事ないの。フィアのとは大違い」


「え? フィアのって……」


 見上げるとフィアナの瞳も緋く爛々としていた。物静かな空色の瞳の面影はなかった。純白の耳や尾。それは人ならざる者。


「黙っててごめんね。フィアは化け物レムレースなの。気持ち悪いでしょ?」


「僕は……綺麗だと、思ったよ」


 朗らかに言葉を紡ぐキリユウ。余程、その容姿の事で蔑まれて来たのだろうか、糸が切れたようにフィアナも笑ってみせる。この瞳について何か知っているのか、繋がりがあるのか。


「魔法を使ったり感情が高ぶったりすると元の姿に戻っちゃうみたいなの」


「魔法……そんなものが使えるなら、なんで……」


「フィアの魔法は、生きている者には効果を成さないの。だから……ごめんね」


「僕の方こそごめん」


 下を向くキリユウの頭を撫で、宥めるフィアナ。助けたいのはフィアナも同じ事であった。そんな時、くぅーっと情けない音を発するフィアナは、顔を赤らめ俯く。


「お腹空いてるの?」


「うみゅ」


 キリユウの問いに即答するフィアナ。川に目をやると数匹魚が泳いでいる。


「フィア、何か魚をさばくものないか?」


「おさかなー!」


 先程衛兵たちから拝借した物を漁り、目当てのものが見つからないのか鞄をひっくり返す。落ちた物は地図や短刀、書類や筆など様々だ。


「整理した方がいいんじゃない?」


「うみゅ〜」


 鞄の中を覗くフィアナを置いて短剣を持ち川に目をやる。数匹の魚が泳ぐのがわかる。しばらくの時、瞳を閉じる。


 ──命の流れ、見極めろっ


 瞳を開くと木々や花々を取り巻く小さな粒子とフィアナや魚たち生きる者が纏う粒。二種類の光る粒子を見極め、突く。

 キリユウは一時的ではあるが、瞳に集中する事で普段見えない流れが見えるようになる。それに気づいたのは、奴隷として働いている最中であった。シルアの病気の事に最初に気づいたのはキリユウだった。

 流れには種類があり、人や動物の中に渦巻く粒子と草花や木々などの自然に流れる粒子。それを見極める事ができればその先の流れを予測し、獲物も仕留めるのも容易となった。


「うみゅ!」


 一突きで三匹の魚の急所を突く。しかし、その魚が一匹剣先から消える。


「うみゅー! お魚お魚〜いただきまっ」


「ばか! 生で食べたらお腹壊すだろ!」


「うみゃ!? フィアのお魚が〜」


 涙目で訴えるフィアナをよそに衛兵から拝借した火打石で火を起こす。手頃な枝を拾い、魚の臓物を取り除き、焼く。


「ほらって……はや」


 焼きあがった一匹をキリユウが差し出したが、フィアナは先に他の二匹を頬張る。


「それで、これからどこへ行くの?」


 鞄から地図を取り出し、行き場所を指す。そのれは国の一つだ。


龍鬼帝国りゅうきていこく、この国は世界五大国の一つなの。そして、ここは唯一奴隷がいない国なの」


 以前、フィアナから聞いた情報だと、奴隷制度は各国で形は違えど設けられていて、何百もの国々があり、何百年、何千年と続く国潰しにより、奴隷は余るほどいると。


「ここがどこかも僕は分からない」


「うみゅ! フィアも!」


 フィアナも気づいたら奴隷車に乗っていた様で、現在地が不明であった。それに加え、キリユウは勉学もなにも習った事のなく、この世界の事も分からず奴隷として六年もの間過ごしてきたのだ。


「ほんとに目的地ここであってる? もし奴隷の国だったら……」


「うみゅ! 国の名前は合ってるの。絶対!」


 頰に魚を詰め込み、夕空を指差し、決めポーズらしきことをするフィアナ。そんなフィアナの姿に呆気に取られる。


「ふふっ」


「やっと笑ったの!」


 フィアナの一言にふと我に帰るキリユウ。シルアがいなくなってから一度も笑顔など人に見せていなかったと。フィアナはキリユウの顔を覗き込み笑ってみせる。

 鳥たちのさえずる声が止み、夜が訪れる。草木が風に揺れる音だけが辺りに響いていた。

 二人並んで夜空を見上げる。とても静かな夜にどこか寂しさを覚える。


「なぁ、さっき化け物レムレースって……」


「うみゅ? 化け物レムレースって言うのは人ならざる者のことなの」


「人ならざる? フィアナは人間だろ?」


「うみゃ!? そんなこと言うの、キリューくらいだよ」


 そう言って笑い出すフィアナ。笑いが落ち着いたと思うとキリユウの瞳を見て微笑む。


「でもありがと! キリューに少し救われたの」


「ぼ、僕はなにも……」


「うみゅー! 明日に備えてねるのだー!」


 そう言い、倒れこむフィアナ。本人は笑って誤魔化しているが、とても踏み込み難い話であることを悟った。

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