振りだしに戻る
ゴールが分からずに走り続けることは、拷問に等しい。
仮に、走らない事、それ自体が死につながるとしても。
死神は普段、人には見えないから、なおさらだ。
ただ、若さは特権で、ボクらは走れるだけ走った。
足の裏に、それまでとは違う、アスファルトの感触を感じてようやく立ち止まると、学校通りの商店街の端、牛丼屋とコンビニが並んでいる十字路にいることに気付いた。
それは、ずっと目隠しをしてランニングマシンに乗っていたのに、急に目隠しを取られて、そのうえ、急にランニングマシンを止められたような感じだった。
スタン、と足を着いた地面の感覚が変わって、周りを見渡すと、見慣れた場所。
まとわりつく様な霧だったのが、鬱陶しくはあるけど、むしろ世界の輪郭をはっきりさせる小さな粒の雨になっていた。
ボクらは思わず、お互いの顔を無言で見合った。
岩舘も赤坂も、そして、怜悧も、濡れた髪が顔に引っ付いていた。
そんなに土砂降りでもないのに、目にかかる水滴を拭うと、シャワーしたてぐらいの水分が残った。
傘は、どこかに置いて来たようだ。
今来た道を振り返ってみる。
遠く、大崎川の土手の木々まで見通せた。
橋の向こうには、少し離れて住宅街が続いている。
車が走り、人が歩いていた。
雨合羽を着て、犬を連れて散歩している人の姿が見えた。
当たり前の光景だけど、今はそれがかえって不気味だった。
なんだか、自分が生きている世界は、ホントは虚構で、さっきの霧の世界が、本当の現実なんじゃないか、ふと、そう思って身震いした。
もしそうなら、ボクは狂ってるし、怜悧の存在も妄想かも知れない。
急に悪寒と不安で、居ても立っても居られなくなった。
何より、拭っても拭っても目に入る水滴と、濡れてへばりつく服が不愉快だった。
とりあえず、乾きたい。
そう強く思うのだが、言葉が出なかった。
いつもなら、なんてことない提案なのに。
突然、肩に手を置かれて、驚いて振り返ると、怜悧がそこに居た。
怜悧は、ボクのリアクションに驚いて、すっ、と一歩下がった。
「ごめん」
ボクと怜悧は同時に言った。
「大丈夫か?」と言いたかったけど、旨く言葉が出なかった。
さっきはあんなに大声で呼べたのに。
「あの。森下君。さっきはありがとう」
久しぶりに怜悧の生の声を聞いた。しかも、聞いたか?ボク宛てのメッセージだ。
ボクは急に体に血液が流れるのを感じた。
男なんて単純だ!
単純最高!
「岩ちゃん!赤坂!とりあえず部室に戻ろうぜ!コンビニでなんか買ってさ!怜悧も落ち着いた方がいいし、警察に行くとか相談しないと!」
岩舘と赤坂は完全に引いた顔でボクを見たが、諦めたように肩を竦めて同意した。
どのみち、すぐには帰りたくないテンションだったのだろう。
あの人影?
いや、男?
いや、それ以外の何か?
それを見たのは、ボクと怜悧だけだと思うけど、彼らもあの霧の奇妙さは感じたはずだから。
くしゅん。
怜悧が可愛くくしゃみした。
ボクらはコンビニで手早く買い物を済ませ、部室に向かった。
財布がまた少し、軽くなった。
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