いつかまた三人でⅤ
医療に限らず、研究とは総当たりのようなものである。一見馬鹿らしいと思える試行も、同じ失敗を繰り返すよりは意義がある。
楽な道はない。のちに閃きと呼ばれるそれらとて、多くの屍があるからこそ生まれ出でるものなのだ。近道はない。一つずつ潰していくしかない。
そんなことはわかっている。
「……効果、なし、か」
ユランという医家が行った試行錯誤を得て、すべて失敗に終わった試行を避け、新しい方法を試みるも、全てが不発。
わかっていることだが、この時代は細菌やウィルスと言う概念すらない時代。最先端であったマーシアの医家で、進化、変化する病に対し、これらは生き物なのではないか、眼に見えないほどの小さな生き物がいるのでは、という疑問が出てきた程度。それとて主流の考えではなく、眉唾なお話とされていた時代である。
本当の意味で正解に辿り着くことなど出来ない。そして、辿り着いたとしても絶望することになるのが、難病奇病と呼ばれる類の病である。
今は最初の一歩、のちの時代から見れば先行研究とも呼べぬもの。
「……何か手は、何か、ないか」
戦場ではあれほど溢れ出たアイデアが、何一つ浮かんでこない。敵を殺す方法はいくらでも考えつくのに、生かす方法が思いつかないのと一緒。
創り上げる才能がない。
壊す才能は、有り余っていたというのに。
「……クソ」
ウィリアムはここで初めて自分の天井を見た。肉体の天井に突き当たっても、心折れることのなかった男であった。やりようはいくらでもあった。考えもいくらでも思い付いた。だが、産む段階になると途端に思考が鈍くなる。
(……俺の適性、か)
あくまでこれは彼自身の考えでしかない。彼自身が己の器を推し量り、そうではないと感じただけ。逆に言うと、
(度し難い存在だよ、俺は)
壊すことに関してはまだ、先があるのだ。戦場でも、政治でも、商業でも、壊すことに関してならいくらでも思い付く。だが、壊した後に関しては自分以上の人材などごまんといる。彼らに任せる選択を取る。
いや、現状、すでに商業に関しては取っている、と言える。
今はまだ漠然とした感覚でしかないが、ウィリアムはこの時に知ったのだ。己の適性と、己の限界を。実感として、得た。
だからこそ彼はこの後、壊すことに徹したのだ。
既存の勢力を、社会構造を、権力を、壊して散った。
自分よりも適性の高き者へと繋いで――
○
ファヴェーラの症状は悪化の一途をたどった。手を尽くしても歯止めが利かぬ状況。未だ外に飛ばした手勢が情報を持って帰って来る気配はない。そもそも情報を持って帰ったとして、有効な情報である可能性は限りなく低かった。
八方塞がり、苛立ちは募る。
「……すまんな」
「っ、貴様が諦めたような面をするな!」
「……すまん」
「……いや、俺こそ悪かった。これじゃただの八つ当たりだ」
大人たちの空気も悪くなる。カイルたちは一縷の望みをかけてここに来た。だが、医者に診てもらえた時点で、友と再会できた時点で、ある程度救われたのだ。無理をして欲しくはない、それは二人の偽らざる気持ちであった。
「仲良く。子どもも、見ていますから」
「あっ」
ファヴェーラの言葉にウィリアムは頭を抱える。こっそりと母親の様子を見に来たミラが、ウィリアムの剣幕に驚き逃げ出していた。
「病人に気を遣わせるなど、『白騎士』の名が泣きますよ」
ミラと入れ替わるようにシチューを持って現れたルトガルドが夫を嗜める。その通り過ぎてぐうの音も出ないウィリアムは申し訳なさそうに目を伏せた。
「あ、自分が食べさせますので」
「では、お任せいたします」
ルトガルドが笑顔でカイルにシチューを手渡し、
「ごゆっくり」
そのまま部屋を出ていく。ばつが悪そうなウィリアムを放ったまま。
「意外と尻に敷かれているのか?」
「馬鹿言え」
「ふふ」
「笑うなよ、まったく」
少しだけ昔のように微笑む三人。それでも以前までと同じとはいかない。
どうしたって他人にはなれないが、かつてのような気安い関係性も望めないのだ。ウィリアムには恩がある。自分では切れなかった縁を、彼女が断ち切ってくれたことに対して。今あの頃のように接するのは、それに泥を塗る行為である。
だから、三人の間にはどこかよそよそしい雰囲気が漂っていた。
○
ルトガルドはミラを探そうとするも、立ち止まって少し考えを改めた。大人に対して抱いた怖れを、大人が払拭するのは容易ではない。表向きの改善は可能だが、それは感情に蓋をさせるだけ。根本的な解決には至らない。
ならば、と――
「アルフレッド」
「なぁに?」
「ミラが見当たらなくて、居場所わかる?」
「わかんない」
「お母さんもわからないの。困ったなぁ」
母の困り顔を見て、アルフレッドは「むふ」と気合を入れる。
「ぼくがさがします」
「助かるわ」
「むふ」
「あとね、見つけたら……優しくしてあげてね」
「うん!」
この前殴られたことなど忘れたかのような即答。この辺りはどちらに似たのだろうか、とルトガルドは考える。考えている間にアルフレッドは駆け出して行った。
その後ろ姿を見て――
「……ああ、あの頃の」
黒髪の少年とダブり、ルトガルドは得心した。
なら大丈夫、きっと上手くいく。彼女はそう確信した。
だってそうだろう。自分も、そしてきっと、あの二人も、あの頃の彼に惹かれて生きてきたのだろうから。
だから大丈夫。
「あらあら」
少し時間を置き、ルトガルドが様子を見に行くと、そこには少々争った跡があるものの、何故か抱き合いながら眠る二人の姿があった。どちらも安心し切った顔つきで、それを見ただけで笑みが零れて来る。
「……屋根裏だったか」
遅れて今回の件の元凶であるウィリアムが現れる。
「あら、遅い到着ですね」
「俺では火に油を注ぐだけだったからな。君なら上手く治めてくれると思っていたが、まさかアルフレッドとは。存外、見所のある奴だ」
「ふふ」
「何か変なことを言ったか?」
「いえ、自画自賛に聞こえまして」
「……親が息子を褒めるのに、何故そうなる?」
「さあ、何故でしょうか」
くすくす意味深に笑うルトガルドを見て、この何故は引き出せないとウィリアムは心の中で白旗をあげた。彼女の強かさの前では白騎士も形無しである。
「日に日にやつれていく母、狼狽える大人たち、気の強い子でも怖れを抱くには充分、か。配慮が足りなかった」
「本当ですね」
「……言い訳をすると、この子の足音を消す技術は本物だ。相当警戒していないと、気配を掴むことは難しい」
「ゆえに今回のミスは仕方がなかった、と?」
「……言い訳だよ」
「ふふ、承知していますよ」
すやすや眠る二人にルトガルドはふわふわの毛布を掛けてやる。きっと彼女はこの日を忘れないだろう。そして、腹が立つことに少年はたぶん覚えていない。そこできょとんとしている男がそうなのだから、これもまた遺伝か。
「頑張ってくださいね」
「ああ」
「支えますから」
「助かるよ」
ミラを見て、ウィリアムも気合を入れる。肉親を失う痛みは充分理解しているつもり。それが何に奪われたかなど、子どもの時分には関係がない。
人だろうが、悪意だろうが、病だろうが――
「……まだまだ、だ」
諦めない。それが今できる、唯一の足掻きである。
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