現人神対英雄Ⅵ

 これほどまでに飲み込みの早い男を、シャウハウゼンは他に知らない。教えても教え方が悪いのか、どうにも伝わらずに、見せても凄い凄いと言うだけで、模倣しようとする者すら少なかった。いわんや神髄など、伝わるわけもない。

 丁寧に教えようとした味方ですらこうなるのだ。当然、敵相手では学ぼうとする者など皆無。大体の者は一騎打ちを避け、別の道で戦う方法を模索した。もちろん、戦争である。国家による戦いである以上、理解はしている。だが、それでも心のどこかでは思っていた。こういう存在が現れて欲しい、と。

「おお!」

「ふ、は!」

 言わずとも見せるだけで片っ端から吸収していく手癖の悪さ。見る眼が良い。そして取り込んだモノを出力する身体もまた素晴らしい。これだけボディコントロールが出来ていれば、頭の中で浮かべた動きと実際の動きにほとんど差異はないだろう。才能と経験、それらが合わさって今の完全な状態に至る。

 しかもこの男――

「ふ、シュ!」

 完全な両利き。右手を使っていたと思えば、しれっと左手に持ち替えて相手の想定をずらす。これだけで攻撃のバリエーションが増えるのだが、当然習得は容易ではない。利き腕を初めから矯正する意思が無ければ、どうしても偏ってしまう。

 おそらく彼は生来の両利き。相手の武を映す過程でどうしても大多数の右利きを映し、右に偏っていたがそれも今回の戦いで矯正してしまった。

 何しろ――

「甘い」

 シャウハウゼンもまた両利きであったから。ただし彼の場合は生来のものではない。国内では生来両利きであった、と言うようにと国の重鎮たちから言われているが、本来の彼は左利きであった。だが、ティグレが槍を教える時、どちらも使えた方が良いに決まっている、と彼に両方で槍を振らせたことで、彼は両手を得た。

 まあティグレ自体は両方振れるが両利きではなく、あくまで自分の反省点を小さなシャウハウゼンに叩き込んだだけなのだが。

 少年期の虎による英才教育が彼を創った。

 後天的な両利きを映し、生来の両利きは両の手で戦う術を得た。

 互いに左右が目まぐるしく入れ代わり、常人では追いつかないほどの細やかな機微が二人の間で揺れ動く。これでもまだ、ウェルキンの方が浅く、甘いのだ。繰り手に差は無くとも、繋げ方の引き出しはかなりの開きがある。

 今この瞬間で追いつくことは不可能。だから、そこは強引な力で埋める。

「くく、小賢しい」

 と無理攻めしている中に、脱力による柔らかな剣も取り入れ、相手が受けて利用しようとした機を殺す。シャウハウゼンの顔が歪む。力だけならばいなすことなど容易。見極められる内ならば、如何なる力でも速さでも殺せると彼は言う。

 しかし、そこに虚が混じり始めたら――

「笑みが薄れたな! シャウハウゼン!」

「ほんの少しだけだ」

 超速の中で、先ほどよりもずっと複雑化した攻防が繰り広げられていた。神をして手に、背に、汗をかき始める。肉体的な疲労はもちろん、精神的な疲労が蓄積し始めていた。ただ、それもまた、

「ぐっ」

「私の前で隙を見せるな!」

 ウェルキンも同じ。肉体的な疲労はシャウハウゼンの比ではない。彼自身の頑強さをもってしても、一切影響がないわけではないのだ。肉体から発する精神的な疲労は、彼が持つ感覚のオフ機能によりかなり抑えられているが、その反面身体が発する限界、今のように関節が外れかけ、体勢を崩してしまうようなことはそうなって初めてわかるため、どうしても一拍遅れてしまう。

 もちろん、それを避けるために感覚をオンにすることなど出来ない。限界を超えた紅き領域で、そんなことをすれば集中力も何もあったものではなく、理合いは崩れただの獣と堕してしまうだろう。

 それでは勝てない。今は無理にでも、このまま突き進むしかない。

 神の突きで横っ腹が抉れたが、幸い彼は痛みをオフにしている。傷口は存外深くとも、すぐさま出血で死ぬようなことはない。

「まだだ!」

 ならば諦めず、足掻くのみ。自分の背後には守るべき者たちがいる。自分の背中には彼女の命があるのだ。諦める気など無い。

 何とか繋いで見せる。今持てる全てを使って。

「ここ、だァ!」

「ッ⁉」

 神の見極めを超えるためには、神を欺かねばならない。その一番の方法は肉を切ること。己の肉を切り、相手の骨を断つ。

 ウェルキンは彼を誘導するために放たれた突きを、あえて受けながらそこに飛び込む。血を流しながら、突きの勢いも絡めて横向きに回転しつつ、槍の上に乗り、転がる。さすがの神もこれは予想していなかったのか、眼を大きく見開いた。

 槍の上で回転しつつ、体の軸を傾け、丁度回転した先に剣がシャウハウゼンを捉えるよう刹那の調整を行う。完全なるボディコントロールが成せる業。

 さしもの神もこれには――

「……やってくれる」

 槍を手放すしかなかった。ウェルキンはそれに笑みを浮かべる。とうとう神が見せた大きな隙。槍さえ失わせたなら、勝てる。槍から手を放し、横に逸れて斬撃の軌道からシャウハウゼンが外れた。つまり、槍を手放し遠ざかったと言うこと。

 切らずとも、槍さえ奪えば目的は完遂する。

 これで決着、と誰もが思った。

「今度はこちらがまだだ、と言う番だな」

 が、

「なッ⁉」

 ウェルキンが手を伸ばすも、その手は空を掴む。

 回転しつつも槍に近く、己の方が絶対に早いはずの状況下で、宙に浮いた槍の主導権が奪われた。ウェルキンは顔を歪める。何故だ、そう思ったら――

「意外と使えるものだな」

 逆立ちしたシャウハウゼンが、笑みを浮かべていた。その足には槍。手では届かないが足ならば届く。だからと言って迷いなく足を延ばし、それで槍を奪還しようなどと言う者がこの世のどこにいるのか。

 ここにいる。

「く、らァ!」

 体勢不十分、圧倒的優位。今は信じ難いことに驚いている暇などない。ここで終わらせねば勝機など無いのだ。地面に降り立った瞬間、弾むようにウェルキンはシャウハウゼンに向かう。相手が立て直すよりも早く、速さで潰す。

「難しい、が、やってみよう」

 信じ難いことに、シャウハウゼンは天地がさかさまになっても巧みに槍を操る。両利きどころか両足まで達者。本当に嫌になるほど、非の打ち所がない。

 足を上手く使い、身体を入れ替えながら槍を旋回させる。その槍は決して力無きものではなく、むしろ手よりも馬力があるしだからこそ可能な強力無比な攻撃となっていた。この男にしか出来ない、この男だけの槍。

 見た目は馬鹿げている。だが、

「化け物め」

「賛辞は受け取っておこう」

 現に今のウェルキンをして、攻め切れない。

「それで打ち合えるとはな。だが、隙はある!」

 千載一遇の好機に対し、攻撃を途切らせたくないウェルキンは、そのまま超低空で突進し、相手から大地を奪おうとした。両足に比べたら当然、両腕に安定性などない。両腕狙いの剣は、天から降り注ぐ槍のひと突きによって阻まれる。足でもこの精度、本当に化け物である。だが、ウェルキンの狙いはその先であった。剣での一撃が通るほど甘くなくとも、そこから蹴りに派生したなら、対処のしようもないだろう。端から二段構え、この地を這うような回し蹴りが、本命である。

「……さすがに、厳しい」

 シャウハウゼンは衝突の瞬間、全力で脱力した。全力の脱力と言う矛盾、如何に威力を消そうとも衝突の全てを消すことは出来ない。痛みに顔を歪めながら、それでもシャウハウゼンもまた其処から出来ることを模索する。

 当然体勢は敵方が上。痛みと引き換えに衝突の力を利用し回転、天地は戻したが代償は大きい。足元で虎視眈々と地に足をつくところを狙うウェルキン。当然、ただ足を下ろせば問答無用で隙だらけの足を切り裂かれてしまう。

 熟考すること刹那。

「次はこれで行こう」

 シャウハウゼンは大地を捨てた。槍を掴み、それを即席の足とする。選択は空中で留まること。それに対しウェルキンは、

「甘い!」

 回し蹴りを収めつつもその回転を生かし、そのまま槍の柄に裏拳を放った。これでシャウハウゼンは足を消失した。完全に地を失ったのだ。

「天に技はあるか、シャウハウゼンッ!」

 ここが好機。勝つために全てを賭す。宙に漂う相手を崩すために、力いっぱいの一撃を放つ。当然、シャウハウゼンは槍でそれを受けるが、宙にいる以上支えがなく、こらえることなど出来ない。ウェルキンは笑みを浮かべる。

 勝てる。そう思った。主導権はこちらにある、そう確信した。

 地の利は我に在り、ウェルキンが吼える。

 シャウハウゼンはそれに対し冷静に、力みを以て敵の攻撃を受けた。先ほどまでとは逆。地に在った時は脱力で捌き、天にある時は力みで受ける。

 その結果、

「……この、化け物がァァアア!」

「天に技は、在ったようだな。私も今、知ったよ」

 地に足をつけることなく、神は天に在るがまま槍を振るい、攻撃を受けることで対空の時間を確保しつつ、姿勢をも得る。

 改善の余地はある。まだ、相手の力に助けられている、と神は考えながらも、ここすらも武の領域であることを知った。技を繰る余裕がある。

 天と言う逃げ場が、相手の膂力を嫌でも逃がしてくれる。むしろ逃がし切らぬように力むことも重要なのだ。地に足がつかぬのは好きではないが、こうして天に在り見下ろし続けるのもまた悪くない、と神は笑みを浮かべた。

 神は天すらも、得る。

 ウェルキンは攻めあぐね、これでは届かぬと知り、自分から後退した。千載一遇の好機を得たが、それすらも凌駕する神の底力は敵ながら天晴れと言ったところか。苦しいのに、笑えて来るほどに眼前の男は強い。

 強く、深く、広い。

 まさに天、ネーデルクスの色、蒼空を体現したかのような男である。

「……どうすれば勝てる?」

「さあ、私も知りたいな。今の私に隙があるのなら」

「……くそったれ」

 さすがのウェルキンも心が折れかけていた。全力で喰らいついたが、どうしても届かない。肉を切らせた結果、骨どころか薄皮ひとつ切れぬのではただ損をしただけ。血が滲む。身体もさすがにいくつかの箇所が機能不全を起こしつつあった。

 痛みは無くとも、動きに支障は出始めている。

 これ以上はいくら喰らいつこうが差は開くばかり、であろう。

「……すま――」

 心折れ、諦めそうになり、ウェルキンは背後を見た。

 そこには――

「……ッ」

 必死に祈る民と共に、諦めても大丈夫ですよ、と言う視線を送る彼女の姿が、在った。それを見て、ウェルキンは歯を食いしばる。

 ここで折れてなるものか、と。

 己がやらねば誰がやる、と。

 目に、何かが沁みる。きらりと零れる希望の光。時間はない。身体も限界。精神面で勝負をしても、あの男は決して揺らがない。

 ならば、もう一縷の希望に賭ける。

 こんな小細工が通用するかはわからない。それでもウェルキンは駆け出した。乾坤一擲、全てを振り絞りながら叫び、足を前に進める。

 どこか悲壮感すら漂う勇者の歩み。それを見てシャウハウゼンは、あの日を思い出してしまった。あの日、勇者を切り捨てた時、彼が己へ向けていた眼。あの色の意味を、シャウハウゼンはようやく知った。

 彼は今の敵同様、何かを守ろうとしていたのだ。何を、そんなこと愚問である。彼は己が息子を守るために、危険な存在である自分を引き剥がそうと、必死に抵抗していたのだ。そのあがきの大きさは、そのまま愛の深さに繋がる。

 嫌でも重なるそれを見て、武神の心は僅かに揺れた。

 それでも負けるわけにはいかない。過去の過ちを悔いながらも、シャウハウゼンは敵を打ち砕くために槍を構える。負ける要素はない。

 今の自分には、剣と槍の間には、何も――

「ウォォォォオオオオオオァァアアア!」

 だん、とウェルキンが跳躍した。その姿までが彼の父に被る。最後の一撃、これは悪手である。シャウハウゼンは知っている。あれは本来、今の人間が使うための技ではないことを。他の国とは異なり、魔術式ヘルマは彼女自身を犠牲にしただけで、彼女の名や記録は残されている、だから魔術時代のことも多少は知っている。もちろん、ネーデルクス上層部にのみ秘された国家機密であるが。

 ルシタニアの居合同様、あれは魔術を帯びて初めて意味がある技である。一撃に全てを賭し、魔を断つ剣。そもそも対人を想定したものではなく、さらに魔術無き時代に置いてはあまりにも無駄だらけで意味もない動きである。

 対人に特化した今の時代の武、それを極めたシャウハウゼン相手に使っていい動きではないのだ。この勝負は己が勝つ。あの日と同じ結果となる。

 瓜二つの動きが、それを示し――

「……あ」

 そこでシャウハウゼンは、武神は、己が誤算に気付く。あの日と今、違うのだ。敵の姿勢は重なれど、それが行われている時間が、違う。

 黄金の朝焼けと共に、飛び上がったウェルキンの身体の向こうから零れた光が、神の眼を射貫いた。誤算、あまりにも初歩的な、過ちに武神もまた笑うしかない。何処で間違えた。何故気づけなかった。

 こんなわかりやすい小細工に、なぜ今の自分が――

「……そう、か」

 黄金に目を焼かれながら、シャウハウゼンは微笑む。言い訳など無数にあるだろう。集中を深め過ぎ、相手の剣だけに注ぎ過ぎた、とか。かつての過ち、その象徴である男と敵が被り、精神が乱れた、とか。いくらでもある。

 だが、しいて言えば、

「もう……」

 時代の流れ。そういう時代が来るのだ。武人が技を競い合う時代が終わり、戦場はもっとソリッドな思考が蔓延るようになる。マクシムのような集団戦に特化した者が続々と現れ、純粋なる武人の居場所がなくなっていく。

 そしてその先では、そんな彼らすら――

「私たちの時代では、ないのだな」

 時代の先頭を歩み続けた男は目じりにほんの少しの光を湛えながら、最後の一瞬まで武神足らんと槍を伸ばすも、それごと――

「ゼェェリャアアアッ!」

 黄金の空より勇者の雷が、槍もろとも全てを引き裂いた。正しくない受けをすれば、力の差からそう成るのもまた必然。武神は笑う。

 重苦しい常勝不敗の神話が今、崩れ去ったから。

 折れた槍を握りしめ、武神は天を仰ぐ。かつて師の肩の上で見た空と今、何一つ変わらぬ距離が其処に在った。それが少し、嬉しかった。

「私の負けだ、ウェルキンゲトリクス」

「…………」

 勝った方が飲み込めず、信じられないと言った表情を浮かべている。それはそれで面白いが、そのままでは困るとシャウハウゼンは嗤う。

 何せ今日からは彼が――

「認められるかァ!」

 それを裂き、ネーデルクス側から声が上がる。

 その声の主は、怒りに打ち震えるキュクレイン。

「こ、姑息な手を使いやがって。それで勝っただと? 笑わせるな! シャウハウゼン様が勝っていた。どう考えてもシャウハウゼン様が勝っていた! 許せるものか、根絶やしにしてやるぞ、聖ローレンスゥ! 一匹たりとも逃がすモノか。皆、シャウハウゼン様を救い、手当せよ! 残りは全員で連中を――」

「キュクレインッ!」

 暴走する腹心を止めた一喝は、今にも死に絶えそうな血まみれの男、であった。何故止める、と首を傾げながら、涙を流すキュクレインが眼で問う。

「……負けたことは済まぬと思っている。だが、私が彼らに約束したのだ。勝った方が手を引く、と。だから――」

「だから、言ったでしょう? 全て殺せば、済む話だ、と」

 キュクレインは縋りつくように、自らの神に手を伸ばす。神は間違えない。神は正しい。だから間違えぬように、あらかじめ全てを消しておけばよかったのだ、と彼は思う。今はもっと強く、思う。

「……キュクレインを抑えよ」

「閣下ァ!」

 シャウハウゼンの命により、同じく涙を流すネーデルクスの武人たちがキュクレインに槍を向ける。それを見てさらに顔を歪めるキュクレイン。どいつもこいつも馬鹿ばかり。神在ってのネーデルクス。神亡くば、成り立たぬのだ。

 神のないネーデルクスに、人生に、何の意味があると言うのか。

「動くな、閣下の命だ」

「……何故わからん。必要なのだ、シャウハウゼン様が。国にとっても、貴様らにとっても、私に、とってもぉ」

 崩れ落ちるキュクレインを見て、シャウハウゼンは苦しそうな顔をする。そして、ウェルキンゲトリクスに向き直り、

「一つだけ、願いを聞いてくれるか?」

「出来ることであれば」

「私の遺体をここで埋葬して欲しい。手段はどうでも良い。だが、ネーデルクスに私を遺したくはない。進むべき道が、揺らぐから」

「……彼らがそれで良いと言うなら」

「なに、私の頼みだ。皆も聞いてくれる。なあ、愛する我が将兵よ。祖国のために、飲み込んでくれ。この先、新たなる時代が来る。私ではないのだ。進むべき道は。私を遺すな、私にこだわるな、私を、引き摺るな。これが、最後の頼みだ」

「承知!」

 全員が、泣いていた。歯を食いしばりながら、神からの『願い』でなくば絶対に聞かぬような指示を、断腸の思いで受け止める。

 ただ一人だけ、それに応じることはなかったが。

 哀しげに彼を見つめながら、最後には己の居場所を奪い取った者に目を向ける。頂点を喰らい、これから先の時代を引っ張る先頭に立った男に。

「……覚悟は出来たか?」

「何のだ?」

「私に勝ったのだ。君は嫌でも時代の先頭に立つ。楽ではないぞ、ここは。場所柄、見え過ぎてしまうからな」

「……ああ」

「簡単に負けてくれるなよ、私に勝った男が。最後の一敗以外、すべて勝ってくれねば、ふふ、私が浮かばれない」

「……承知した」

 シャウハウゼンは次の時代に繋ぎ、ほっとしたように微笑む。

 そして、

「世界を頼むよ、ウェルキンゲトリクス」

 時代の頂点、武神、『白神』が、墜ちた。その貌にはどこかほっとしたような、それでいて哀しげな、様々な感情が詰まった小さな笑みを浮かべていた。

 それを抱き、次の時代を担う者、

「俺が、いや、私が、ウェルキンゲトリクスだ」

 聖ローレンスの王、ウェルキンゲトリクスが立つ。満身創痍のはずなのに、彼の立ち姿に揺らぎはなく、その姿には威厳すら漂っていた。

 新たな時代の王が立つ。常勝不敗の神話を喰らい、新たなる伝説が生まれる。

 先代の望む通り、彼は最後の一敗まで不敗を守り続けた。楽な道のりではなかったが、それでも神を墜とした者として十二分に示したのだ。

 そんな彼を人は巨星と、その中でも格別な『英雄王』と、呼んだ。

 この日、時代がまた一つ、移り変わったのだ。そしてまた時が進む。次の時代を迎えるまで。彼は君臨し続けた。


     ○


 それは彼岸の彼方、在るかどうかもわからぬ世界で男は一人槍で遊んでいた。早く誰か来い、と首を長くして待つも、中々現れず退屈な時を過ごしていた。

 しかし、

「……ほう、最初は三貴士が来てくれると思ったのだがね。よりにもよって剣聖の末裔とは。あれは戦場の剣だと思っていたのだが」

「……ご期待に添えず申し訳ない、神の槍」

 とうとう到達者が現れた。それに対しシャウハウゼンは笑みを浮かべる。この男と戦い、勝てるか否か。神の眼をして、見えない。

 完成されたただひと振りの剣。美しく曇りなき白き剣が其処に在る。

「それに戦場の剣ではある。それを捨てる気はない」

「……根が向いていないぞ」

「それでも俺は剣だ。盾と共に戦う夢は、捨てられん。いつか、必ず」

「ふは、酔狂な。だが、嫌いではないよ、私はね。……しかし、長き時を経て君だけとは寂しいものだ。もっとバンバン来てくれないものかね?」

「来るとも」

「心当たりが?」

「ああ、御望み通り三貴士だ。俺が土を付けたから、もう少し伸びる」

「ああ、彼らか」

「それに時が進めば嫌でも押し寄せて来る。貴方は早過ぎたが、それでも人は歩み続けるものだ。必ず追いつかれ、抜き去られる」

「嗚呼、それは、楽しみだなぁ」

 シャウハウゼンは満面の笑みを浮かべ、剣士に槍を向ける。

「じゃあ、とりあえず」

「やるか」

 剣士もまたそれに応じ、剣を引き抜いた。

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