完璧なる戦Ⅰ
真央海に浮かぶとある島にて、二つの勢力が顔を合わせていた。
「初めまして、だな」
片方は大陸北方を本拠地に、世界中の海で幅を利かせる海の覇者ヴァイク。その首領であり先代から海王の地位を受け継いだ男、リクハルドが上座にて座す。
「お初にお目にかかります、海王リクハルド様。私はエスタード海軍を統括しております、ピノ・シド・カンペアドールと申します」
片方は七王国が一角、エスタードの新鋭ピノ。
武装せず、単身ヴァイクの拠点であるこの島に上陸し、謁見を申し出る豪胆な性格とは裏腹に、見た目は優男でしかない。
だが、リクハルドは理解していた。眼前の若者がひとかどの人物であることを。
そもそもこの島はヴァイクにとっての秘密基地のようなもの。
複雑に入り組んだ地底、それによって乱れに乱れた海流、数多の船を沈めた魔の領域の中にこの島はあるのだ。地理的には最も近いガリアスの船乗りでは立ち入ることすら出来ぬ場所である。
ここに当たり前のような顔をして立っている。その時点で聞く耳を持つに値する。
「用件は?」
「端的に申しますと、ガリアス海軍沈めませんか、というお誘いです」
「……結論を濁されるよりはいいが、端的が過ぎる」
「そもそも脈がなければエスタードの私を、ここに通しはしないでしょう」
リクハルドは顔をしかめていた。
エスタードと言えば戦士の国、武勇こそを誉れとし、奸計などとは無縁であったはず。しかし今、目の前の男からは戦士や海賊に共通する荒れた匂いがしないのだ。剣はそれなりに使えるのだろう。物腰から技量は窺える。
だが、戦士ではない。
「エスタードがガリアスと事を構えて、何の意味がある?」
「制海権の安定ともう一つ、リクハルド様が行っている事業に一枚かませて頂きたい、と思いまして。前者はおまけ、後者が本命なのは、言うまでもないでしょうが」
そこまで掴んでいるか、とリクハルドは内心歯噛みしながら、静かに部下たちへ目配せする。場合によってはこの男、今この場で消さねばならない。
「私を消しても口封じにはなりませんよ。この件、詳細を把握しているのは私ともう一人の男です。私はともかく、彼は陸の男。海王の手は届かない」
「我らが陸では何も出来ないと申すか」
「いいえ。誰であってもあの男には届かない、が正しいかと」
絶対の確信。信頼と呼ぶにはあまりにも強固なものが零れ出る。この若さで、これだけの雰囲気を持つ男が届かないと言い切る怪物。
今、競るべきでないのは確かである。
リクハルドはため息をつき、
「この事業は我らヴァイクの悲願、海を荒らす無法者というイメージを払拭し、正しく国家であるとローレンシアに認めさせるためのものだ」
「承知しております。海王が其処にどれだけの労力を注いだのか、も」
「口の軽い者がいるようだな、我ら海の民にも」
「偉業とは隠し切れぬものでございますゆえ」
「よく言う」
今回の件はリクハルドの野心、ではない。ヴァイクが長年背負う宿業、大国ネーデルクスとの歪んだ関係を終わらせるため、海の無法者を演じるしかなかった民を解放するために始めた事業なのだ。先代より遥か前より続く因習。ネーデルクスが土地を守る代わりに彼らの依頼で船を沈める。物流を潰し、国益を削ぐ。
罪はヴァイクへ、益はネーデルクスへ。
しかもこの件にネーデルクス王家は絡んでいない。それらを盛り立てる貴族の一部が密約を結び、マーシアなどネーデルクス以北の国を中継し指示を出しているのだ。表沙汰にはならない、出来ない。ターゲットの中には同じネーデルクスの敵対勢力も含まれるのだから。これがヴァイクの呪い、操り人形であり、政争の道具でもある。
支配を嫌がった先代は海に出て関係を断とうとした。しかし、陸に適応してしまった者たちは海に出ることを嫌がり、その施策は成功しなかった。リクハルドは先代同様海の男である。個人として陸にそれほど執着はない。だが、そうでない民もまた彼にとっては同胞、守るべき者たちである。
ゆえに彼は、長い時をかけてここまで来たのだ。
暗黒大陸、広大で温暖、肥沃な土地との繋がりを築くこと。彼らとの友好な関係性をいち早く構築し、対ローレンシア貿易全ての窓口となれば、立場は変わる。あんな寒くやせ細った世界の片隅など捨てて、暗黒大陸に居を移す。
そうすれば全ての因習は崩れ去る。それがリクハルドの狙いである。
まあ、結果としてくだんの貴族たちの多くはある男に葬られ、因習を知ってか知らずか侵略し、占領。元凶である男がとある国に敗れ、どさくさ紛れで独立、因習は全て消え去ることになるのだが、それを今に生きる彼らが知ることはない。
「私たちの商い全て、ヴァイクを通して頂く形で構いません。我らは偉業をかすめ取る盗人ではなく、それを正しく成し遂げて頂きたいと考えているのです」
「……随分と、道理の通らぬことを申すな」
現在、ガリアス海軍とヴァイクの間には嫌な空気が流れている。ガリアスもまた暗黒大陸に目を付けたのだ。まあ、文化圏の違う場所に一足飛びで向かい、手痛い洗礼を受けたのだが、それで諦める革新王ではないだろう。
ヴァイクを蹴落とし、美味しいところ全てを飲み込む。強欲を体現した王である彼は必ず何かしらの行動を起こすはず。確かに今、力が必要な局面である。
それがエスタードと言うのなら、色んな意味でこれ以上ない相手ではある。
この男はそれをわかっていて、この地にやって来たのだ。そして手を差し伸べ、自分たちには何も必要ないから共に戦おう、などと宣う。
「道理は通っておりますよ。まず、私たちにとってガリアスは現状最大の敵です。今のネーデルクスはもちろん、ヤン・フォン・ゼークトを捨てたアルカディア、ベルガーを欠いたオストベルグ、いずれも脅威とはなりえない。ガリアスさえ除けば覇道は成ります。そのためガリアスに沈んでもらいたい、これ以上の拡大は阻止したい、それが私の狙いです。まあ、皆は私の行いを女々しい、とでも言うのでしょうが……全ては国益のため」
「私の、か……ここに貴殿がいるのは、まるで総意ではないかのように聞こえたが?」
「はい、独断ですよ。私の」
あっけらかんとピノは言い放つ。
「それで、軍を動かすと言うのか」
「はい、海軍は私の管轄ですので。私の軍は私の命でのみ動きます。例え『烈日』でさえその領分を冒すことは、出来ない。させない」
ゾクリ、リクハルドは目の前の男から溢れ出る雰囲気に、気圧される。おそらくこの男、王にも『烈日』にも相談せずにこの場へ馳せ参じたのだ。軍を動かし、ガリアス海軍を叩けば、個人の領分では治まらぬこととなるだろう。
いや、その風を起こすためにこの男は――
「私たちはガリアスを叩きたい。海軍を叩き、彼らが暗黒大陸へ至る道を確実に潰す。それが私の目的です」
「海を潰せば、怒れる超大国が陸で牙を剥くぞ」
「ええ。陸の担当とは話がついています。そこを叩き、一気に大陸を戦で染め上げる。ガリアスが動けばオストベルグも動き、アルカディアもまたその後背を突く。ネーデルクスも動くでしょう。そして奴らが動いたところで、我らが打ち滅ぼします」
一度均衡が崩れたが最後、大陸はかつての比ではない戦乱の嵐に包まれるだろう。最後まで経っていた者が勝者であり、覇国となる。
彼らは、乱世を起こそうと言うのだ。少し凪ぎ始めた時代を蹴り起こし、大陸を血で染め上げる。今回の共闘は、そのためのきっかけ。
「その間にヴァイクには暗黒大陸とうまくやって頂きたい。ああ、そうでした。出来れば戦の間は表沙汰にしない方向でお願いします」
「……何故だ」
「噂では暗黒大陸、戦士の国と宣っているようで、そのことがエル・シド様やチェ様らの耳に入ってしまっては、あちら側に興味が移ってしまいます。それは、避けたいでしょう? お互いにとって、哀しい結末しか生みません」
「独断専行が表に出るのは避けたい、か」
「いえ。そこに関して咎めはありません。私の考えはそうなのだ、と受け入れてくださるでしょう。その上で自分たちは戦いたいから、向かうでしょうね、暗黒大陸へ」
滅茶苦茶な話である。だが、事実なのだろう。だからこそ、この話をここだけに留めておく必要があるのだ。彼らを止める方法は、知らせぬことだけ。
「何故海で争ったか、理由を聞かれたらどうする?」
「目障りだったから、で全員納得しますよ。私たちは、戦馬鹿ですので」
「……ふっ、あらくれものどもめ。良いだろう、手を組もうじゃないか」
「ご英断、感謝いたします」
「海はともかく、陸で勝てるか、あの超大国相手に」
「ご心配は無用です」
ピノは笑みを浮かべる。
「陸の担当は私ほどリアリストでない代わりに、私の何倍も優秀ですから」
リクハルドはため息をつく。冗談めかして言っているが、内容に些かの誇張すらないのだろう。この男よりも怪物、世界は恐ろしき魔境である。
○
ガリアス海軍を統べる男は甲板から嵐の海を見つめていた。動かせる船は全て沖に出した。ここで錨を下ろし、嵐が過ぎ去るのを待つのだ。間違ってもこんな状況下で操船などすべきではない。船乗りにとって時化ほど恐ろしいものはないのだから。
船は出せない。リューリクやリクハルドでもなければ――
「閣下、お体に障ります。ご自愛を」
様子を見に来た部下が慌てて近寄ってくる。しかし、男は海を見つめたまま険しい顔をしていた。ありえない。しかし、いつだって災厄はその先からやってくる。
「我が海軍に、この嵐を越えられる者はいると思うか?」
「この嵐を、ですか? 御冗談を。こうして錨を下ろしておくのでさえ危険なのですから、こんな海を走らせるなど命がいくつあっても足りませんよ」
「そうだな。その通りだ。それが当たり前だろう」
だが、男には一抹の不安があった。ヴァイクとの小競り合いが続く状況下、この意味を理解している国はほとんどないだろう。ヴァイクもガリアスも表沙汰にする気はない。それこそほぼ属国であるサンバルトの上層部くらいのもの。
漏れ出る心配はないはず。しかし、暗黒大陸付近の海で一度、部下の船からエスタード国籍と思しき船を見た、という報告が上がっていた。見間違いの可能性はある。あくまで思しき、確証はない。知っている体での動きは出来ない。
しかしもし、彼らが知っていたとすれば、このままヴァイクとガリアスの動きを静観するだろうか。海のヴァイクは確かに厄介である。
ほぼ全ての船がこちらの動きを上回ってくるのだ。船自体の性能ではなく、それを動かす者たちの腕だけで。風を読む力も図抜けており、先行くヴァイクの真似をしろ、などという船乗りの『常識』があるほど。
それでもガリアスの物量には敵わない。
以前跳ね返されたものの、オストベルグにはまだベルガーの代わりはおらず、アルカディアにも動きなしとなれば必然、革新王の眼は海に向く。一度本腰を入れたなら、ヴァイクだけならばひとたまりもないだろう。
ヴァイクの手柄をかすめ取り、暗黒大陸を手中に収める。
それを諸外国が許すか、否か――
知らねば動きようはないだろうが、知っていれば、もしかすると――
「嵐の後は凪、そう願いたいものだ」
「……閣下?」
「いや、すまない。考え過ぎるのは私の悪癖だ。よくサロモンに小言がうるさいから海軍に飛ばされたのだぞ、と言われていたのを忘れていた」
「飛ばされたとは、人聞きの悪いことです。これからの時代は海ですよ。陸で小競り合いしていても仕方がないでしょうに。見識の狭い連中です、陸の連中など」
「こらこら、同じガリアス軍、仲良くやりなさい。陸海ともに手を取り合い、ガリアスを盛り立てて行けばいい。それが老い先短い私の願いだ」
「閣下……ご安心ください! 不肖、この私が閣下の跡を継ぎ、ガリアス海軍を引っ張って参ります。さらなる革新と、進歩を目指して」
「うむ」
杞憂であれ。自身の副将であり、軽視されがちな海軍でありながら百将の序列十台前半まで駆け上がった俊英。彼のような若者が導く未来を、男は心待ちにしていた。
○
されど、時代はやはりうねる。
「――右舷船影あり、ヴァイクです!」
「左舷……そんな、あれは」
真紅の船、エスタード軍最強『烈海』率いる船団が姿を現す。
「沖出しを狙ってきた、と言うことは……閣下の言う通りあの荒天を走破してきたというのか⁉ そんな、馬鹿な。ヴァイクならともかく、エスタードが……それをやる、だと。迂闊、あまりにも、迂闊だった」
嵐のち――
「……ヴァイクに、エスタード、想像し得る中で、最悪の組み合わせだな」
ヴァイク&エスタード連合軍。
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