「終わり無き世界できみ想う」

新豊鐵/貨物船

第1話 「記憶を無くした悪霊」

「何だ、コイツは!?」

「俺に向かってニヤニヤと・・・喧嘩でも売ってるのか?」

そう言った俺からそいつは背を向けて立ち去った。


何も言い返さず逃げるとは相変わらず臆病な奴だ

まぁ、焦らずじっくりと苦しめてから殺してやる・・・

この男に殺したいほどの恨みがある訳じゃないが一緒に暮らし始めてからなぜか、そう思うようになっていた。


永い眠りから目覚めたように意識を取り戻した俺は記憶というものを全部、失っていた。


自分の名前さえもわからない・・・

自分の姿を見て何か思い出そうとするのだが、いつの間にか同居人となっていたあいつがいつも目の前に現れて来て俺の邪魔をするのだ!


何となくだがこの男の顔に見覚えがあるような気がする?


まぁ、どっちにしてもいずれは殺してしまうんだから憶えてようが忘れてようが関係ない。


俺が殺したっていう証拠を残し殺人罪で捕まってしまうようなドジは踏みたくないから今は華麗な完全犯罪を思案中だ。


コイツは俺の獲物!

どこに逃げようが、誰に助けを求めようが必ず俺の手で殺してやろうと決めていることなど俺に時々、笑顔を見せたりしているこの男は気づくはずも無いだろう。


そんなことを色々と考えてる間に身支度を済ませた男はドアを開けて外に出掛けようとしていた。


そんな男を俺は慌てて追い越すと先に外に出てちゃんと鍵を掛けるように言ってやった


記憶が無い俺にはどれが俺の物でどれがこの男の物なのかわからないが泥棒にでも入られて盗まれるのは一緒に暮らすお互いの為にも良くない!

鍵を閉めて歩き出した男の後ろから俺もついて行った。


いつものことだが上辺だけは仲良くしてやろうと、隣りや後ろを歩きながら俺が男に話し掛けても何も答えない。


もしかして極端な人見知りなのか?


表情では笑い掛けることが出来ても話すことが出来ないとか全く、理解に苦しむような性格をしている。


この前などは携帯電話で女性と楽しそうに喋っていた


俺もあれを持ってればこの男のように誰かと楽しく喋ることが出来たりするのだろうか・・・?

あの便利な機械が俺も欲しいものだ!


コイツを殺した後で奪い、こっそりと見ながら使い方を覚えたあの携帯電話という機械で俺も楽しむことにしよう。


それにしてもこの街には人が多い

俺の前や隣りを歩くコイツは時々、誰かとぶつかっては文句を言われ、謝ったりしている動きの鈍い奴だが俺の場合は誰にもぶつからずに華麗なフットワークで避けながら歩ける!


俺がボクサーにでもなったら世界チャンピオンも夢じゃないと思えてしまうのだが、今はコイツを逃がすわけには行かないのでもう少し余裕が持てるようになってからやってみようかな。


昨夜、電話で話していた女性と待ち合わせ場所を決めるのに悩んでいたようだが立ち止まって携帯で時刻を確かめたのを察するとここが待ち合わせ場所らしい。


俺は何気なく奴から少し距離を置いて、視界から消えることで他のどこかに行ってしまったのだと思わせることにした。


そんな時だった

周囲が急に騒がしくなると大きな悲鳴が聴こえ、大勢の人が蜘蛛の子を散らすように逃げ始める!


その先には細長い包丁を手に持ち振り回しながら喚き散らす男が居て、待ち合わせ場所で会って仲良く彼女と話していたあいつへと小走りに向かっていた。


「そんな男と居てお前は何が楽しいんだ!?」

凶器を持った男が目指しているのはあいつと一緒にいた女性らしく、その様子はもはや正気では無い。


狙われている女性はあまりの恐怖で動くことも出来ずに奴の背中に身を隠すように震えていた・・・

あいつは逃げようともせずに勇敢にもそんな女性の前に立ち、襲い掛かって来る狂人から守ろうとしていた!

「それじゃ、お前が女性の代わりに殺されるだけだろうが!?」

そう叫びながら奴のもとへ走り寄る俺はその瞬間、忘れてた何か大事なことを思い出したような気がした。

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