塩田剛三への私信

 親愛なる塩田剛三


 俺の名前は知っているだろうから、ありきたりな自己紹介は省かせてもらう。

 来週、そちらに参りたい。

 二人で会えるよう、取り計らってほしい。


 だが、なぜ突然こんな手紙を、と驚いたかもしれない。

 そこで少しばかり昔の話をしよう。


 前の戦争でのことだ。


 俺は若造だった。

 俺は自分の肉体と技術を信じていた。

 世界で最も強い、誰も勝てる奴はいない、そううぬぼれていた。


 だが、それは真実じゃなかった。 


 あの時、俺は英国の密命を受けて、変な薬を飲まされてポーランドへ行った。

 そこで乗った深夜列車で、地球がどれだけ広いかを知ったのさ。


 後にも先にも、その時の衝撃に勝るものはなかった。

 残念無念だが、事実は認めなきゃいけない。

 世の中にはスゲェ奴がいるもんだと思ったよ。


 あの時以来。

 つまり瀕死の重傷からよみがえって以来。

 俺は自分のすべてをささげてレスリングに打ち込んできた。


 技術と精神を共に鍛えてきた。

 決して嘘をつかなかった。

 決してごまかさなかった。

 そして、決して放棄しなかった。


 誰もが認める最強の男になれるようにだ。

 どうしてもそいつをぶちのめさなけりゃ気が済まんからだ。 

 今度は国家の先兵としての殺し合いじゃなく、一対一、男と男の勝負でな。


 あとになって、テレビであんたの姿を見たときは、一発でわかったよ。

 ブラウン管にしがみついて「アイツだ! アイツだ!」と叫んじまったくらいさ。


 さあ、ここまで言えば、もうわかったよな。

 ずいぶん待たせたが、準備は整ったぞ。


 ビリー・ライレーのランカシャー・レスリングは全て自分の中にある。

 今度はあんな姑息な格好じゃないぞ。

 白昼に堂々と立ち会おうじゃないか。


 もちろんのこと、一切の手加減は無用だ。

 こちらも殺すつもりでいく。

 どうぞよろしく。


 1961年5月20日


  カール・ゴッチ 十数年前からの友人。

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