第7話 武器を手に入れました

 時々人通りの多い大通りを横切りながらも裏道のような細い道を何回も曲がりながら駆け足気味で進み辿り着いたのは建物の裏口のような場所。

 イリアはそのドアを開ける。ドアの先は下へと階段が続いていた。

 武器屋は地下にあるのか。でもどう見ても裏口のようで、正面にはきちんとしたお店の入口がありそうなんだけどな。実際に正面に回り込んだりはしていないから正確なことはわからないけど。



「優愛。足下に気をつけるんだぞ」

「うん」



 イリアに注意を促され、私は足下を注視しながら彼にについていく形で階段を下る。階段は特別急だとかそういったことはなかったけど、手すりはなかったから慎重に。

 階段の先には教室よりも少し広い程度の部屋(一・五倍ぐらいかな?)が広がっていた。おそらく槍とか剣とか、そういったレベル感でカテゴリー別に収められているであろう木箱が部屋中に陳列されており、それぞれの箱の中には多種多様な武器が詰められていた。壁にも一面、その近くに置いてある箱の武器と対応するかのように、様々な武器が飾られていた。

 その様は武器屋というよりかは武器庫といった風情だった。



「いらっしゃいませ。お待ちしておりました。無事お越し頂けたようで何よりッス」



 部屋の中にいた人物が、イリアと私の方に近づきながらそう声を掛けてきた。

 中肉中背で茶色の短髪。目が開いているかどうかわからないぐらいの細目の青年。



「武器、見せてもらっても大丈夫か?」

「はい。この時間帯は誰もここにはやってきませんから、お好きなだけどうぞッス」



 口振りからして武器屋の店員であろう青年は快く頷いた。



「だそうだ。ここにはオーソドックスな武器は一通りある。特殊な武器も別の部屋にあるが、まずはここの武器を見て回って欲しいものを良いんじゃないかって俺は思うぞ」

「わかった。武術なんてやったことがない私にはこの部屋にある武器で十分だと思うし、ここから自分に合いそうなものがないかどうか探させてもらうよ」



 イリアにそう告げると私は一人歩き出し、武器を見て回る。

 まずは様々な剣が置いてあるところから。勇者といえば剣が真っ先に連想されるし。

 壁にはそれぞれの剣の長さを示すためだろうか。全て長さの違う剣が柄を上に刀身が下になるように飾られていた。抜き身で銀色のその刀身は見るからに切れ味が良さそうだ。

 箱の中にある剣も同じような感じなのだろうかと思い、手近な一本の柄を引っ張ってみると、そちらは鞘に収まっていた。誤って指を切ってしまう心配はなさそうだ。

 しかし意外と重い。私が手に取ってみたものは刀身が一メートルもない剣だったが、それでも片手で持つとすこしずっしりと腕に重みを感じた。一、二キロぐらいはありそうだ。

 まあ鉄とか鋼とかRPGだとミスリルだとか何らかの鉱石でできているのだろうから当然といえば当然なんだろうけども。

 イリアが持っていたような大剣だとどのくらいの重さなんだろうか?

 最早、自分に合いそうな武器をいうよりも好奇心で私は、色々な箱の中からイリアが持っていたぐらいのサイズの大剣を探す。



「うっ、重い」



 思わず声を上げる。別に持ち上げられない程ではない。持ち上げるだけだったらギリ片手でもいける。でもあんまり長い時間は持っているのは辛そうだから私はすぐに両手でその剣を持ち直した。

 さっきの剣よりもずっと重い。四、五キロぐらいはありそうだ。

 持つだけだったら私でもなんとかなるが、振り回すには重すぎる。素振りするだけでも腕の筋肉が鍛えられそうだ。というか一回素振りするだけでも筋肉痛になりそう……。

 イリアは今朝こんな大剣を担いだまま平然と私と会話をし、なおかつ素振りをしたりと振り回していたのか。

 こんな重い剣を使いこなすにはかなりの筋力が必要そうだ。イリアの体格の良さに改めて納得する。

 私は大剣を元の場所に戻した。私にはとてもじゃないが使いこなせそうにはない。

 私は他の武器も見て回る。槍とか斧とかモーニングスターとか弓矢とか、イリアの言っていた通りRPGでよく見る武器が一通りあった。

 けど……。



「どれも私には使いこなせなさそう……」



 どの武器も実物を目にしたのも初めてだし、今まで触ったことすらなかったものばかりだ。扱い方も正直よくわからない。剣とかの鋭利な刃は一歩間違えれば誤って自分を傷つけてしまいそうだ。

 ゲームとかだとコマンド入力すれば主人公の勇者とかが手慣れた様子で武器を振るってくれるし、冒険物でもその扱い方に戸惑うことはないけど、いざ当事者になってみると腰が引けてしまう。

 相手を殺傷する道具。これらを使って私は本当にモンスターとかを斬ったり突いたり叩いたり射たりできるのだろうか? 相手を物理的に傷つけることが。

 こんな風にいちいち及び腰になってしまうところ、私の良くないところだな。



「優愛。気に入ったものはあったか?」



 つらつら考えているうちに真顔になってしまっていた私にイリアが話し掛けてきた。

 私は声がした方を見上げる。私が色々な武器を見て回っている間ずっと細目の青年と話し込んでいたイリアがいつの間にか隣にいた。



「気に入る気に入らない以前に、どの武器が私に合うのか全然わからない」



 私は正直に答える。とりあえず何かしらの武器を手に入れないとと意気込んでいたものの、いざ実物を目にすると怖じ気づき、途方に暮れるばかりだった。これだ! みたいな感じに勇者的勘がピンとくることもなかった。



「どれか使ったことのあるものはあったか?」

「私、今まで武術の類は一切やったことがなかったから、どれも今日初めて実物を見たり触れたりしたレベル」



 私は首を横に振りながらイリアに言う。



「周囲で扱っている者を見たことは?」

「部活とかで剣道部の子が竹刀を使ってたり、弓道部の子が弓矢を扱っているのは見たことあるけど……。でもそれはスポーツで生き物を殺傷するようなことには使ってないけど。日本は――私のいた国は平和で戦争とかもなかったし」

「……遊戯程度のものしか見たことがないってことか?」



 少し考え込むような表情をしてからイリアはさらにそう問い掛けてきた。

 そっか。異世界の人であるイリアに部活とかスポーツとか言っても通じないのか。



「うん、そんな感じ」



 私は頷く。遊戯扱いしたら剣道部や弓道部の子達に怒られそうだけど、ガチなことが殺し合いを指すのなら、スポーツとしてやるのは遊戯程度のカテゴリーに入るだろう。



「そうか。……ならまずは短剣なんてどうだ? この辺りの物になるが」



 イリアは少し歩くと、箱の一つを指で示し、中から一本取り出した。私は駆け寄り、それを彼から受け取る。

 渡された物は、短剣といっても普通の包丁を二回り程大きくしたぐらいの長さはあった。でも普通の剣よりかは小さい。



「ショートソードでも良いかと思ったが、未経験者が、特に女の力で相手を斬るのは難しいからな。弓なら優愛の力でもいけるかとも考えたが、武器として使うには狙ったところに確実に射られることが前提だし、接近戦となると使い物にならないから単独で行動する場合には向かない。短剣ならリーチは短いが、とりあえず急所めがけて刺せばいい。使い方は至ってシンプルだ」



 その刺すのが難しいんじゃ……なんて思ったけど、確かに剣で相手を斬るのは難しそうだし(中途半端な斬り方になってしまうと相手を逆上させそうだし)、弓なんて的にきちんと射ることすらきっとできないだろうし、他の武器も私の腕力じゃ相手を倒すことはできないだろう。そう考えると短剣で刺すことが一番現実的なのかもしれない。私に相手を刺すことが果たしてできるのかわからないけど。



「じゃあ、短剣にする。イリアの言うことはもっともだし」



 私は手に持っている短剣をギュッと握りしめた。



「セージ、魔石付きの短剣ってあるか?」

「あるッスよ。魔力増幅石付きの物をお探しですか?」



 名前を呼ばれた店員はイリアの元へ駆けつけながら答える。というかこの細目の店員さん、「セージ」って名前なんだ。店員さんの名前を知っているとか、この武器屋って実はイリアの行きつけの店だったりするのかな?



「いや、エンチャント石付きの物がいい」

「エンチャント石付きの物ッスか。どの程度の魔術を付与させれる物を希望ッスか? 短剣にはそこまで高度な魔術を付与できる物はないんッスけど」

「俺が使える程度の――一般言語で使える程度の魔術が付与できる程度の物でいいさ」

「了解ッス」



 慣れた調子でイリアとやり取りを終えたセージという名前の店員さんは色々な剣をかき分けながら、箱の中から一本の短剣を取り出す。



「これなんてどうッスか? エンチャント石付きの短剣ッス。石は鍔に付いているタイプで洒落てますし、切れ味も抜群かつ他の物に比べて重量も少し軽めでオススメッス」

「優愛、どうだ?」



 イリアがそう問うと、すぐにセージさんは私にその短剣を渡した。

 大きさは今まで手にしていた短剣と同じぐらいで、重さはやや軽かった。ローズゴールドの鍔の中心にはルビーのような赤い綺麗な楕円形の石がはめ込まれていた。刃先が収められている鞘も少し暗めの落ち着いた赤色で、女性向けなんだろうか? 可愛らしさも兼ね合わせた短剣ですごく私好みだった。



「これ、すごくいいと思う。この短剣にする」



 私はイリアに言う。



「そうか。なら決まりだな。セージ、この場で石に魔術をエンチャントしても良いか?」

「お代を頂けるならいいっスよ」

「優愛。短剣の鍔、その赤い魔石を俺の方に向けてもらっても良いか?」

「こう?」



 私はイリアの言う通りに鞘に収まった短剣を横に傾け、彼の方へ魔石を向ける。一体、何をする気なんだろう?



「それでいいぞ。ちょっとそのままの状態で短剣を持っていてくれ」

「わかった」



 イリアの意図することがまるでわからなかったけど、私は頷く。

 イリアは短剣に付いている赤い魔石に向かって片方の手を伸ばし、その指を触れさせる。そして呪文のような言葉を唱える。



「我が光よ、我が触れし先の石よ、汝に願えし時、煌々輝き照らし給え」

 イリアが詠唱を終えると、魔石の色の鮮やかさが増した。ルビーのような少し暗めの赤から、明るく鮮やかな真っ赤になった。



「何をしたの?」

「その短剣に付いている魔石に呪文をエンチャントしたのさ」

「エンチャント?」

「呪文を付与したのさ。ピンチになった時にその短剣に念じるといい。一度だけだが、俺が今エンチャントした呪文が発動する。きっとお前の助けになるだろう」

「ありがとう。……というか、イリアも魔術が使えるの?」



 私は尋ねる。シアちゃんやリアムさんのような魔術師でなくても、この世界の人達は手軽に魔術を行使できるんだろうか? 



「簡単な、一般言語で唱えられるような魔術ならな。リアムやシアみたいな魔術師が扱う本格的な術や強力な術は魔力が少ししかないから無理だが」

「一般言語?」

「耳慣れない言葉か?」

「うん。一般言語って何?」

「一般言語は日常で話したり書いたりする普段使っている言語のことさ」

「他の言語もあったりするの? 言語って国によって違うかもしれないけど、どの言語も話したり書いたりするでしょう。他の定義に当て嵌まる言語ってあるの?」

「優愛の世界の魔術は一般言語のみか?」



 イリアは不思議そうな顔をしている。どうやら一般言語だとかそういったことはこの世界の人達にとっては知っていて当然のことみたいだ。



「私の世界に魔術だとか魔法だとかそういった類いのものは存在しないんだ。おとぎ話の中だけでしか出てこないよ」

「そうか……。魔術がそもそもないのか。魔術は魔力を用いる術なんだが、その術を発動させるための言葉があって、普段話したり書いたりしている言葉である一般言語で発動させる方法と、魔術行使のためだけの専用言語である魔術言語で発動させる方法と二種類あるのさ。一般言語の方が発音に気を遣わなくてもいいし、馴染みの言葉で発動させることができるから覚えやすいんだが、魔術言語に比べて詠唱する言葉の数が多いのと、あまり高度で強力な魔術は発動できないんだ。魔術言語は一般言語に比べて詠唱する言葉の数が少なくて済むし、魔力と知識さえあれば高度で強力な術の行使も可能なんだが、まるで馴染みのない言葉だから一語一語暗記しなければならないし、文法も独特な上に発音がとても難しいんだ。俺レベルだと、一般言語でも行使できる程度の魔術しか使えないし、適当に唱えても、呪文さえあっていれば発動する一般言語の方が使い勝手はいいな。リアムとかシアのような魔術師はほとんど魔術言語を用いるがな」

「この世界の人達は魔術師じゃなくても、普通の人でも魔術が使えるの?」

「魔力と呪文の知識さえあればな」

「そうなんだ」



 ならセージさんとか、この世界の人達はみんな魔術を普通に扱えるのかな。



「自分は、というか普通の人間はその魔力がそもそもないから使えないッスよ。魔力を持っている人間は千人に一人、魔術師になれるレベルになると一万人に一人ぐらいしかいないって言われてるッス」



 私の視線に気づいたセージさんはそう言った。



「だからイリアさんはすごい人なんッスよ。大剣も見てるこっちが気持ちいいくらいに軽々と使いこなしますし。武術と魔術、両方できる人はあんまり見ないッス」

「俺は魔術はあんまり使えないぞ。魔力もそこまでないし、簡単な光系の魔術がせいぜいだ」

 褒め称えるセージさんにイリアは苦笑する。

「さて、優愛の武器も買えたしそろそろ行くか」

「うん、そうだね」



 私は頷く。目的だった武器は手に入れた。これ以上、この場に留まる理由はなかった。



「先に上で待っていてくれ」

「イリアは?」

「俺はお代を払ってから行くさ。扉付近で待っててくれればいい」

「……わかった」



 この短剣の値段も気になったしお会計ぐらい待つのは別に構わないんだけど、イリアが先に行ってろと言うのならば仕方がない。



「素敵な短剣を見繕って下さり、ありがとうございました」



 私は武器屋から出て行く前にセージさんに礼を言う。



「このくらいお安い御用ッス」



 常に細目なんだけど、セージさんがニッコリと笑ったのがわかった。











「待たせたな」



 やっぱり裏口のように見える入口で手持ち無沙汰に青空を見上げながら待っていると、イリアが出てきた。



「ううん。これ、買ってくれて、あと武器を選ぶ際も色々と考えてくれてありがとう。私一人だったらきっと何を選べばいいのかわからなくて途方に暮れてた」

「別に礼を言われることでもない。俺はただ当然のことをしたまでさ。この世界を救ってくれるという勇者に対して、な」



「勇者」って言葉を強調されるとプレッシャー感じるな。

 次の行き先はまだ決まっていなかったけど、とりあえず私とイリアは大通りに出る。

 その時だった。



「勇者様!」



 人混みをかき分けながら来る者達が複数。皮製と思われる胸と肩を覆った防具(レザーアーマーという奴だろうか?)を身につけており、腰には鞘に収まった剣を差している。ガチガチな鎧を着ている訳ではないけど、兵士だとか剣士だとかそういった風貌である。



「勇者様! こんな所におられたのですね」

「……」



 感極まったかのように声を掛けられるが私はそれに答えられない。一番最初に私の元に来た、その声の主に見覚えがあったから。黒髪の、私とおそらく同い年であろうその少年の姿に。



「……クロストリア城に喚ばれるはずだった勇者は何者かにその召喚先を変えられ行方不明になっていた。……お前、何者だ!?」



 イリアに対し、疑念に満ちた目を向けた少年は、瞳の色こそ青く違うものの、私の幼馴染みである蒼君と瓜二つだった。

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