第6話 王都クロスロードへ(2)
「イリア。私この世界の服が欲しい」
「どうしてだ?」
「どうしてって、私が今来ている服は高校の制服だし、この世界じゃ浮いてるから。それに道行く人達の視線も突き刺さるし」
私の服は私立更篠高等学校の制服。現代日本の女子高校生が着る服。このファンタジー世界では浮きまくっている。それに露店の店主達や道行く人々が奇異の眼差しを私に対して送っている。その視線を肌で感じるくらいに。
「あ、あれってもしかしてマリオネット様の予言の……」なんて声も聞こえてくる。
マリオネットとやらの予言は一般人にも知れ渡る程有名なものだったのか……。なんか感嘆しているような声音だし、みんなもしかして私に世界を救うことを期待している?
私はただの平凡な女子高生なのに……。
今すぐこの世界の服に着替えて町人Yぐらいのモブになりたい。
「服はそのままでいてくれ。異世界から来た勇者ってことが一目でわかるからな」
しかしイリアはそう言った。
「それが嫌なんだけど……」
「そう言うな。優愛が異世界から来た勇者ってことを周知するには一番手っ取り早いんだ。俺からの頼みだ」
「……わかった。私はイリアにお世話になっている身だしね」
イリアにそう頼み込まれてしまっては仕方ない。今だって彼のお金で色々な物を買おうとしている。そんなスポンサー様の頼みを私が断ることなどできるはずもない。
「潔いんだな」
「だって私が駄々をこねたところで、イリアが駄目って言うなら買えないじゃん。私、この世界の通貨とか持ってないし」
少し驚いたような顔をしたイリアに私は答える。
「お前は妙に聞き分けが良いな。勇者になる運命を受け入れているし、突然、別世界に連れて来られただろうに不平不満を何一つ言わない」
「別に聞き分けが良いわけでも勇者になるっていう運命を受け入れている訳でもないよ。元の世界にも正直帰りたいし。でも、こういう場合、勇者としての使命とやらを全うしないと帰れないっていうのは物語のセオリーでしょ。それに、元の世界に帰りたいって言ったらイリアは私を帰してくれるの?」
「確かにその願いは聞き入れられないな」
「でしょ。この世界を救って欲しくて勇者を召喚したのに、当の勇者が元の世界に戻りたがっているからって簡単に帰せる訳がないじゃん。世界を救ってもらわないと困るんだから。それに私もイリア達やこの世界の人達が助けを求めているのに、それを無視して元の世界に帰ることなんてできないし。私が勇者だっていうのなら、自分のできる範囲で協力したいとは思うよ」
「救える気がしないと言っていたのにか?」
「正直、私がこの世界を反逆者とかモンスターとかから救える気はしないよ。私は武術の心得も何もない平凡な女子高生だし。でもマリオネットっていう人が召喚された私が勇者だって予言したんでしょう。もしかしたら何かできることがあるのかもしれない。だから私はとりあえず、今自分ができることをできる限り頑張るよ。どうにもならない場合は助力を乞うかもしれないけど」
私はイリアに言葉を返しながらふと思う。
マリオネットはクロストリアの宮廷占い師だったはず。だったらクロストリア城に召喚されそうなものだけれども、どうしてローライナ城だったんだろう? 国も違うみたいなのに。
「優愛は人が良いんだな。お前のその心意気、俺は好ましく思うぞ」
「それはどうも」
面白い奴だなとも言いたげにニヤリと眼鏡越しの黒目を細めて笑うイリアに私は投げやりに礼を告げる。
とりあえずはイリアにも言った通り勇者として私がやれることをやらないと。
この世界の服を買うことを却下されたのならば、他にまず必要な物は……。
「イリア。私、武器が欲しい。反逆者だとかモンスターだとかに対抗するためには、まず武器がないと始まらないし」
「武器が欲しいか。……なら武器屋に行くか?」
私の言葉を受けてイリアはそう提案してきた。武器を買う所はRPGゲームと同じく武器屋と言うのか……。そして私は今まさしく勇者っぽいことをしようとしている。
「うん、お願い。私を武器屋とやらに連れて行って」
「わかった。なら道はこっちだ」
イリアは頷くと、私の手を取り今まで歩いていた露店が並ぶそこそこ大きな通りから左に曲がり、少し細い道へと入った。建物と建物の間を通るような脇道で、今まで歩いていたところと比べて、人はあまりいなかった。
「イリア。私、別に手を引いてもらわなくてもはぐれたりしないよ」
手を握ったまま離さないイリアに私は言った。その握り方にも彼の態度にもねっとりとした、いやらしさのようなものは感じないから、はぐれないように幼子の手を引く感覚なのだろうけれども。今まで私や私の友達の周りの下心ありありな男どもと違って、ねっちこいともいえる嫌な感じがイリアからは全くしない。それは言い換えれば……。
「武器屋までは何回か道を曲がったり、人通りの多いところを横切ったりする必要がある。万が一のことがあったら困るからな。……嫌か?」
私の表情の変化に気づいたのか、イリアはそう尋ねてきた。
「……子供扱いされているみたい」
「優愛は自分のことを子供だと思っているのか?」
「私の世界では成人するのは二十歳だし、十七歳の女子高生は一般的にまだ子供だし、イリアから見たってお子様なんでしょう」
イリアに問われ私は答える。そもそもイリアは私のことを異性としては全く見ていない。高校に入ってからクラスメイトの男子ぐらいの年頃やイリアぐらいかそれよりも上の世代からすらどこか性的な目で見たり接したりされるようになったことに日々うんざりしている私からすれば、イリアのそういうところはとても好ましいのだけども、手を繋いでもらわなければならない程小さな子供のつもりはない。
「これは優愛のことをレディだと思ってのことなんだけどな。別にお前が俺とはぐれて迷子になったりするとは考えていないさ」
「レディだとは思っていないでしょう。イリアの私への接し方ってなんだか妹とか幼い子供とかに対するみたい」
「確かにお前のことは妹のようにしか思えないがな。……不満か?」
からっとした嫌味ない笑みを浮かべながらイリアは私の顔を覗き込む。
「……別に。ただ私は手は繋いでもらわなくても大丈夫だって言いたかっただけ」
「妹が今ちょうどお前と同じ年頃なんだよ。だからつい、な。そんな兄心も察してくれ」
イリアの口調はやっぱりまるで不満げな幼子を諭すかのようだった。というかイリアには妹がいるのか。
「イリアは今も妹さんとこうして手を繋いで買い物に来たりするの?」
私と同じぐらいの歳の妹と仲良く手を繋いで買い物するとか仲が良過ぎる。過保護過ぎる。イリア、シスコン説が浮上する。
「いや。妹と最後に会ったのももう十年以上前のことだ。昔、一緒にいた時、度々手を引きながら街に繰り出していたんだ」
十年以上前って妹さんにとって七歳以下の時のことになる。それってやっぱり子供扱いしていることには変わりないんだけど……。
「十年以上も会ってないって……」
「優愛。少し急ぐぞ」
「えっ」
十年以上も妹さんと会っていないのはどうしてなのか訊きたかったのだが、突然話の腰を折られたことに驚く間もなくイリアは早足になり、私はそれについていくだけで精一杯になった。
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