第4話 幼馴染の夢を見た朝

”他人を助けようとする前にお前はもっと自分のことをよく考えろ”



 仏頂面で、怒っているからか少し強めの口調で、私立更篠高等学校の校章の入ったボタンの付いた黒い学ランを着た黒髪の少年――蒼(そう)君は私に言う。



”今回助けたのは人じゃなくて猫だよ”



 私はそんな彼に助けた薄茶色の身体に黒い縞模様の入った猫を掲げながら言う。



”助けたのが人か猫かは大きな問題じゃない”



 彼の顔はますます渋面を形作る。



”ごめん、ごめん。でも猫も私も無事だったんだから良いでしょう”

”お前は木から落ちたんだぞ。打ち所が悪かったら骨を折ったり、最悪死んでたんだぞ!”



 蒼君はあっけらかんとしている私に怒鳴る。

 あっ。私、今夢見てる。

これは過去に実際にあったことだ。

 青木蒼(あおきそう)。今は違うクラスだけど同い年で家も近い、小学校の頃からの幼馴染。その彼から怒られた記憶の一つ。

 校舎裏の木の枝にいた猫が降りられなくなり、ひたすら鳴き続けていたのを発見した私は、木に登り助けようとしたのだ。結果、木の枝の猫をなんとかその腕に抱えた瞬間、枝が折れ、地面に叩きつけられてしまったのだが。



”そうかもしれないけど……。でも私、生きてるよ。猫も。大きな怪我もしていない。だから結果オーライってことでいいじゃん”



 私は明るくそう言って怒る彼をなんとかなだめようとしている。下はグラウンドの一部だったため土であり、身体を丸め受け身を取っていたのもあって、全身を打ちつける程度で済んだのだ。軽い打撲ぐらいしか怪我はなかった。猫は私の身体に守られていたため、無傷だ。



”お前はいつもそうだ。いつも後先考えず他人を助けて最後にはそう言う”



 蒼君はそんな私に顔をしかめ続ける。



”私が助けなかったらこの猫はずっと困り続けていたかもしれないし、もしかしたら落ちて怪我していたかもしれないじゃない”

”先生を呼んで梯子でも持ってきてもらってから助けるとか他にも方法はあっただろう。もっと安全で確実な方法が。別にお前が身体を張らなくても、お前が助けなくてもよかったはずだ”



 そう言って蒼君はくどくどと私にお説教を続けた。

 男の子を助けようと車の前に飛び出したら、異世界に来ちゃった。しかもその異世界では勇者として世界を救わなければいけないらしいみたいなんて今の状況を説明したら蒼君は何て言うかな?

 怒り続ける蒼君とそれをなだめる過去の私を眺めながらそう思う。

 そもそも私のいた世界では今、どんな風になっているんだろう? 男の子は助かったのかな? お父さんやお母さんはいなくなった私のことを心配しているのかな? あと、このことを知った美海ちゃん達や蒼君も私のことを心配するのかな? 

 過去の情景を見ているうちにそんなことが気になってくる。

 蒼君が私の腕を引っ張っている。どこも怪我していないと主張している私を保健室に半強制的に連れていこうとしているのだろう。どこか異常があるかもしれない。念のため診てもらうぞと。

 蒼君は今の私に対してもやっぱり怒るのだろうか?









 目を開けるときらびやかな柄をした天蓋が見えた。



「そういえば私、異世界に来たんだった……」



 ベッドに入ったまま横へと寝転ぶ。このベッド、掛け布団や枕も含めてふかふかで本当に気持ちいい。いつまでも寝ていられそうだ。

 しかし私はなんとか起き上がり、ベッドから降りる。部屋の中は太陽の光ですでに明るくなっていた。

 私は窓へと近づき、バルコニーへと出る。



「昨日は暗くて全然見えなかったけど、今なら景色も綺麗かな?」



 そんな独り言を発しながら、手すりへと近づく。



「高い……。というかこの城、もしかして浮いてる!?」



 眼下に広がる町々はミニチュアかと思うぐらい小さい。馬車や荷車なんてものが道を行き交う様が見えるけれども、それらは米粒程の大きさだ。人の姿に至っては目を凝らして何とかわかるレベルだ。

 スカイツリーの展望台から見た東京の景色のよう。東京と違ってビル等の人工建築物が所狭しに立ち並んでいるんじゃなくて、眼下にこじんまりとした町があり、その周囲の大半には森が広がり、その所々に村とおぼしきところが点在しているような感じではあったけれども。

 それにしてもこの城、空に浮いているんだけど、地上に行きたい場合はどうしているんだろう? ドラゴンとか巨大な鳥だとかそういった生き物に乗って降りるんだろうか? それとも箒とかそういったマジックアイテムとかで?

 いや、移動の魔法陣かもしれない。

 私は昨日、イリアが話していた移動の魔法陣のことを思い出す。でもそれだと魔力のある人か魔力のある人と一緒じゃないと城と地上を行き来できない気がするけど。



「優愛。そこにいたのか」

「……おはよう、イリア」

 私はこちらに向かって歩いてくるイリアに挨拶した。

「おはよう。部屋にいなかったから一瞬ギョッとしたぞ」

「バルコニーがあったから外の景色が見たくなっちゃって。……昨日もそうだったけど、イリアって結構乙女の部屋にズカズカ乗り込んでくるよね」

「昨日もそうだが、ノックはきちんとしたぞ。それで返事も何もなかったら、心配で中に入るしかないだろう? 優愛の身に何かあったら困るからな」



 そう言いながらイリアは私の隣に立つ。間近で見るとこの人、やっぱり大きい。そして金髪緑眼で華やかで整った顔立ちをしている。耳にもさり気なく銀色の小さなピアスを付けていてお洒落だし、美海ちゃんだったらテンションうなぎ登りに違いない。



「この城って空に浮いているんだね」

「そうさ。驚いたか?」

「うん」

「眺めは最高だろう?」

「この上なくね。でも地上とどうやって行き来するの? 簡単に降りられそうにもないけど」

「基本的には魔法陣さ。今日も使う予定の移動用の」



 私の問いにイリアは答える。



「でも移動の魔法陣って魔力のある魔術師とか限られた人、もしくはそんな人と一緒じゃないと使えないんじゃないの?」

「だからこの城に来られる人間は限定されているのさ。魔術師か移動の魔法陣を使える程度の魔力があるもの。それか魔術師が連れてきた人間のみだ。実際にここにいる人間も、他の地上にある国の城に比べるとはるかに少ないな」

「この世界のお城って空に浮いていたり地上にあったり色々なの?」



 この世界ではお城は空に浮いているものなのかと考えかけていたけど、イリアの口振りからすると、普通に地上にあるお城もあるっぽい。



「大体の城は地上にあるな。空に浮かすには特殊な技術が必要だからな。それと有事の際に外部からの救援を呼びにくい、城外に逃れにくい、結果異変を外部に伝えにくいというデメリットもある。実際に少数精鋭部隊に攻められていつの間にか城が陥落していた国もあるぐらいだからな」

「それだったら空に浮かせない方が良いんじゃ……」



 浮かすのにも技術がいる。行き来も不便。外部とのやり取りにも不都合がある。城を空に浮かせておくメリットってないんじゃ……。景色は絶景だし、すごいなとは思うけど。



「いや、メリットもあってな。外部から行き来できるルートが魔法陣にのみ限定され、限られた人間しか、それもそこまで多くない人数しか一度に来られない。城自体が空に浮いているから国土もその分有効活用できる。だから人数としての兵力があまりない、国土面積が小さい国なんかには都合が良いのさ」

「そうなんだ」



 一見短所に思える点がその国の情勢によって利点にもなり得るとイリアは言いたいのだろう。

 それにしても流石は王様かそれに類する高貴なお方。イリアは国としてどうかで物事を見ている。そんな風に私は感じた。



「話が変わるけど、その大きな剣、重たくない? 昨日は装備してなかったけど」



 私の身長ぐらいの長さはありそうな刀身で、両手でなければ扱えないであろう大剣。太さも私の両腕を合わせたぐらいはある。そんな鞘に収められた大剣をイリアは背負っていた。



「これか。重いさ。優愛には持てないだろうな」



 イリアは背中の大剣を指差し、答える。



「なんでそんな物、持ち歩いているの?」

「これは俺の一番の武器だからな。今日も優愛の所に来る前に、腕がなまらないように素振りをしていたのさ」

「そんな大きな剣、素振りするだけでも大変そう……」

「確かにラクではないな。だが、俺にはこいつが一番なんだ」



 イリアは笑いながらそう話す。

 イリアの身体つきが筋肉質でたくましいのはこんな大剣を振り回しているからなのかもしれない。



「……今日は優愛に朝食を取ってもらった後、クロスロードに向かおうと思ってる。朝は俺は一緒に食事をしてやれないから、シアに同席してもらおうと思ってるんだが、大丈夫か?」

「大丈夫です」



 イリアがそう訊いてきたので、私は頷く。ちょうどお腹も空いていたし、朝食を頂けるのならありがたい。シアちゃんがいてくれるのも。

 イリアは同席できないってことはきっと色々と忙しいのだろう。玉座に座るような地位のお方だし、女子高生にいちいち構ってなどいられないのだろう。もしかしたら本来一緒に食事を取るような相手でもないかもしれないし。

 その割には朝もこうして会いに来てくれているし、これからクロスロードにも一緒に行ってくれるみたいだし、勇者と王様の関係としてはちょっと親しすぎる感はあるけれど。











 

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