第3話 ひとまず夕食を共にすることになりました
コース料理の場合、食器は外側に置かれているものから使えば良いんだっけ?
そんなことを考えつつ私はいくつか配膳されているフォークやナイフの中から一番外側に置かれていたものを取った。右手にナイフ、左手にフォーク。私の目の前には前菜であろうカルパッチョがあった。もしかしたらこの世界では違う名前かもしれないけれど、少なくとも私にはそう見える料理の乗った皿が目の前にはあった。見目麗しく技巧がこらされた料理。食材自体もおそらく新鮮で高級なものなのだろう。とてもおいしそうだ。
そして食器の並び的にもこの後も料理は次々と運ばれてくるのだろう。
高級レストランとかでないと食べられないようなフルコース。一般庶民の私は年に一回食べることができれば運が良いレベルの料理。
そんな料理を私は家族としか食べたことがないから、緊張する。マナーとか食事作法とか大丈夫かな? とりあえずはイリアに倣えばいいのかも。
食事の席のテーブルは長テーブルじゃなくて丸テーブルだからイリアとの距離はわりと近い。丸テーブルにはシミ一つない真っ白なテーブルクロスが掛けられていて、絶対に料理や飲み物をこぼせないなと私は思う。
「食事は口に合うか?」
慣れた手つきでうっすらと赤みのかかった白身をナイフで切り、口元へと運ぶイリアが私にそう尋ねてきた。
「とてもおいしいです。私にはもったいないくらいです」
おそらく魚だと思われる薄く切られたその白身は、フォークで刺して一口でもいけそうだけど、お上品にあえてナイフを使って私もきちんと切り分け、食べていく。
「お前はいちいち自分を卑下するんだな」
「庶民の、ただの女子高生には本当にもったいなさ過ぎるおもてなしを受けていますので」
そう、庶民の、ただの女子高生がイリアみたいな偉そうな人とこうしてお話ししたり、豪華な部屋やら食事が用意されるのは恐れ多い。卑下してるつもりはないけど、ついつい遠慮がちというか及び腰になる。
「その敬語もそろそろやめないか?」
「でもあなたは偉い人でしょう?」
「俺は偉そうな人に見えるか?」
「『見えるか?』って玉座に座っていたじゃないですか? それにあなたは私よりも年上でしょう」
どう見てもイリアは同年代の男の子達とは違う、成人男性だ。しかも私の周囲にいる男の子達よりもずっと筋肉質でたくましい体つきをしている。それにこの食事の席まで一緒に歩いてきて思った。
この人、身長が高い。身長百六十センチの私がきちんと見上げなければ彼とは視線が合わなかった。きっと百八十センチ以上ある。
「確かに十七のお前よりかは年上だな」
「おいくつなんですか?」
「二十五だ。優愛よりかは大人だな」
イリアはそう言って屈託なく笑った。
二十代半ばの男性から見たら女子高生なんて子供だろうに。それに高貴な身分だろうに。この人は徹頭徹尾、私に対して普通に接してくれる。
「年上の男は普通に話してくれないのか?」
「タメ口で話したりしたら、失礼ではないでしょうか?」
「俺が敬語はやめろと言っているんだぞ。失礼なわけがないだろう。それに優愛は俺のことを偉い人だと言うが、俺はもし仮に王だったとしてもお前とは対等に話しがしたいと思っているぞ」
イリアはまっすぐ私のことを見つめながらそう告げる。緑の瞳がしっかりと私のことを映していた。
「そこまで言うのなら敬語はやめます。あとで不敬罪とかで訴えないでよ」
「そんなものはないから安心しろ」
訝しむ私にイリアは大らかに笑った。
それにしても、仮に王だとしてもってことはイリアは王様じゃないんだ。王様になって、クラウンでも頭に乗せればいいのに。どっしりと構えた、度量の広い、上に立つものの風格のようなものが漂うイリア。本物の王様を私は見たことがないけれど、イリア程王冠というものが似合う人間はいないような気がした。
「私、明日以降はどうすればいいの?」
前菜を食べ終えると、その皿は下げられ次はポタージュが来たので、私はそれをスプーンで口に含みつつ訊く。
今日のところは日も暮れたしひとまず夕食をという話になって、こうしてイリアと会食しているわけだけれども、これから一体どうすればいいんだろう? RPGのセオリーからすると、明日には武器と防具を手に旅立つことになるのだろうか?
武器の扱い方もわからないただの女子高生が? ……スライムの一匹足りとも倒せそうな気がしない。
でも勇者であるからには世界を救う必要があるわけで、そんな切迫とした状況だからこそ、イリア達は私をこの世界に呼んだわけだし。
「そうだな。明日はクロストリアの王都であるクロスロードを色々と見て回らないか? もし入り用の物があれば、そこで買うといい」
「私、この世界のお金なんて持ってない」
「俺が出すさ」
「いいの?」
「当然だ。異世界から来てくれた勇者への支援は惜しまないさ」
「ありがとうございます」
ここはお言葉に甘えたえて、丁寧に礼を言う。まあイリアはお金持ちだろうし、私は勇者でこの世界を救うという役目を押しつけられるわけだから、もしかしたら援助してもらうのは当然のことなのかもしれないけど。でも勇者としての役目を私が本当に果たせるかどうかわからないし、他人の親切には素直に感謝しなければいけないと思う。
「クロスロードってクロストリアの王都なんだよね? それでここはローライナ城。違う国にある都市じゃないの? 遠くない?」
必ずしも城の名前と国の名前はイコールにはならないかもしれないけど、地理関係もよくわからないけど、なんとなく遠いような気がする。大国クロストリアの王都だったら、色々な物を揃えるのには最も適した場所なんだろうけれども。
「確かにここからクロスロードは遠いな。ローライナとクロストリアで国も違う。だが、安心しろ。リアムが移動の魔法陣でここからクロスロードまで転送してくれる。移動の魔法陣を使えば、一瞬でクロスロードまで行けるぞ」
「そ、そんなハイテクな魔法陣が……。魔法って便利なんだね。もしかしてこの世界の人達はみんなその魔法陣とやらで移動してたりするの?」
「いや、移動の魔法陣は魔力がある者しか使えないから、大半の人間は普通に馬車や馬か、徒歩で移動しているぞ。一般人でも魔術師に頼めば転送してもらうことはできるが、かなり高額だからな。移動させる人数や距離にもよるが、魔力の消耗もそれなりにするしな。一日に何十人も何百人も一般人を転送させるのは無理だから、限られた人数しか利用できないんだ。だから移動の魔法陣の利用者は自らの魔力で移動可能な者のみで魔術師が大半だ。魔力のない一般人は王族や侯爵レベルの貴族や余程値打ちのある物を運ぶ以外には使用しない」
やっぱり便利なものにはそれなりに制約があるのか。私一人でももしかしたらあちこちこの世界を探索できたりするのかな? と一瞬考えかけていたが、現実はそう甘くはいかないらしい。
「気軽にその移動の魔法陣が使えたら色々な場所に行けて便利だと思ったのにな」
「俺もよくそう思うさ。もし簡単に、それこそ魔力がなくとも使用することができれば、人々の生活はもっと豊かなものになるだろうしな。だが世の中の便利なものの大半が、魔力があることが大前提となっているのさ。それもかなりの。俺も自分の力で行くとなると近場しか移動できない」
「ということはリアムさんは――というか魔術師はすごいんだね」
「そうだな。優秀な魔術師をどれだけ確保できるかが、どの国家でも課題になっているくらいだしな。リアムはその魔術師の中でも特に優秀だがな」
イリアは頷き、鷹揚に笑う。その様子から彼にとってリアムさんはかなり信頼のおける魔術師なんだなと私は思った。
それからメインに豚か何か味に癖のない、ミディアムレアに焼かれ、その素材の味を活かすかのようなソースの掛けられたとても柔らかく食感も良くおいしいステーキやら、デザートにケーキまで頂き、イリアとの豪勢な夕食――というか晩餐とも言うべき会食は終わった。
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