第2話「終わりの先②/VSワールドギミック」
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しるべ駅から徒歩五分のところにその廃屋はあった。しるべ市はそれなりに都会シティなのだが、よく目を凝らしてみると、廃屋やホラースポット、ところにより異世界への扉……などなど謎イベントの発生源がたくさん存在している。私はそんな奇妙系案件の対応を承りヒーヒー言いながら解決したり封印したり「これ以上あの件には触れんほうがええで……」と忠告して済ませたりとかなり真面目に頑張っている。ちなみに根源坂さんからもらえる月収は一五万円。もっとよこせやとブチ切れたところ食費三万円と一万円分の図書カードが月収に追加されさらに有給休暇二〇日分をくれた。言ってみるものである。
とはいえ。リスキーな依頼も結構あるので、もっとよこせや運動はこれからも続けていく所存である。生まれて一九年。これほどまでに本気で物事に取り組んだのは初めてかもしれない。ごめんウソ、奇妙系イベントに対してはさらに本気、いつだって本気。
そんなこんなで廃屋に入る。打ち捨てられた……とでも形容しようか。その建物は半壊したコンクリート建築物だった。二階建てで横長。元はどこかのオフィスだったのだろうか。黒板らしきものが砕けていたので、塾だったのかもしれない。瓦礫と埃の交わる廊下を歩きながらそのように推測してみた。……それにしても。誰もいねえ。
「ねえ岡下くん。こんな奥まで行ったの?」
後ろを歩く岡下くんに尋ねた。岡下くんは既に困った顔をしていた。
「僕が見たときは入口付近にいましたよ。Dさんと一緒とはいえ、こんな奥まで探検したくないですし……」
Dさん物理タイプだからオバケ倒せなさそうですし……とも付け加えていた。
「いや、ソレは違うよ岡下くん。岡下くんはまだ知らないかもだけど、曇天森さんはただの物理アタッカーじゃないんだよ」
「え、そうなんですか」
岡下くんは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。岡下くんは『情報屋こんげんざか』で働き始めてまだ一月なので仕方ないこととはいえ、この調子だとあと五年はリアクション担当のままだろう。そこまでいったらもうリアクションのプロでは? と思わなくもない。
「まあ曇天森さんのスゴさについてはそのうちわかるとして、と」
今は謎シャドーの調査に専念したいと思います。……思うのですが。どうにも腑に落ちない。目的が見えないからだ。そもそも謎シャドーは何がしたいのか。伝えたいことがあるというだけなら、わざわざこんな回りくどいことをする必要はないと私は感じる。そもそも岡下くんと曇天森さんに伝えたらそれで済む話だろうし。……だから、最初に出会った二人ではどうにもならない何かしらがあるから私が呼ばれたという状況なのだろう。それは間違っていないはずだ。……しかし、それなら何故、その謎シャドーは私達の前に現れないのか。これがわからない。こういう場合、どのような真相が待ち受けているのかといえば、まあ大抵面倒事だ。経験がないわけではない。理由がわからずとも、この案件がめちゃくちゃめんどくさいやつということだけは経験上イヤでも身に沁みているのだ。
「あーあ、さっさと解決したかったんだけどなぁ」
ついつい言葉が漏れ出す。本心だ。出会うことさえできれば面倒くさかろうがどうにかなるだろうと常に私は思っているゆえに気が緩み、本来の怠け者な私がこうして現れるのだ。
「さっさと――って。何か解決の目処とかあるんですか?」
「面倒なだけでやり方自体はシンプルだよ。その影って多分、残留思念だから」
「残留思念、ですか」
「そ。何かしら伝えたいことがあるから、私みたいな専門家が興味持ちそうな奇妙ムーブをしてるんだと思う。……で、形とかやり方がだいぶ単純なので一定の想いだけがこびりついたタイプの残留思念が本案件のキーかなって」
「なるほど……あり得ますね」
おぉー、だなんて素直に納得する岡下くん。うん、やっぱめっちゃ純粋だよね。いいことだと思う。
「ま、そんなところだと思うからちゃっちゃと奥まで行っちゃおっか」
というわけで一気に進むことにした。タラタラ探索していても埒が明かないからね。
「お。もしかしてアレ?」
「あ! アレですアレ!」
ほどなくして。私たちは廃屋の最奥部にやってきた。そこは他の部屋以上に薄暗く、滴る水の音だけが動的とさえ言えた。……そしてアレと呼ばれた、つまりは『例の影』が闇の中にぼんやりと浮かび上がっていた。その影は薄っぺらいというか、コントラストがないというか、なんなら最早――現実からすら浮いていた。ここだけなんか、ちょっと違和感。まあでもアレだ、なんであれやることは変わりない。いつもどおりにこなしてしまおう。そんなわけで分析フェイズ。
「うわー、ものの見事にこびりついてるねコレ」
残留思念が高いレベルの可視化領域に達してしまっている。うむ、やはり面倒だ。消せなくはないのだけれど、このレベルの濃さとなるとモニターへの焼き付きに相当する。大本をどうにかしないと、消すのは大変骨が折れる。もちろん、骨が折れるのはものの例えであって、実際の弊害としては肩がめっちゃ凝るといったところだろうか。
「春夏秋冬さん。なんとかなりそうですか?」
私の横に立って、岡下くんが訊いてきた。頼りなさそうに見えて、なんだかんだと肝が座っている。こういうところが好ましく思える。これならばあるいは――
――ふと。頭上を殺気が覆った。
「岡下くん、ごめん!」
瞬時に蹴り飛ばす。蹴った箇所はお尻なのでそこまでの痛みはない――と信じたい。
「うほぁぁっっ…………!!?」
何が起きたのかわからないままなのか、岡下くんは前傾姿勢になりつつ私の方を振り向こうとする。
――が、それよりも頭上のソイツが速かった。
「 」
聴き取り不能の言語で喚き、頭上のソイツは六本の槍めいた腕を私に撃ち出す。
「――!」
一秒後には私に突き刺さっているだろうそれらを視界に捉え、
「ひとと――」
右腕を春人くんに変えた。
「せさ――」
岡下くんの叫びをかき消すかのような轟音とともに、春人くんは怒涛の勢いで幹を象り、枝葉は音速に迫る速度で成長し廃屋の勢力図を完全に奪い取り、私に襲いかかってきた頭上の正体不明(かいぶつ)を完全に鏖殺し尽くした。……手応えから察するに、少なくとも六十六体潜んでいたようだ。個体ごとのサイズはどれもおおよそ六十センチ。思った通り。やっぱり面倒事だった。
「うーん、それにしても綺麗だね春人くん。今日は何分咲き?」
同化して引っこ抜けない右腕はひとまずそのままにして、私は巨大な桜と化した春人くんに声をかけた。……返事はない。私が春人くんと話せるのは心の中でだけ。重々承知のことだけれど、それでもやはり寂しいものだ。
――それから二秒後。モクモク、と土煙が舞った。舞わせたのは岡下くんだ。土煙を払ったのだ。
「げっほごほ! ……春夏秋冬さん!? コレなんですか!!?」
ものすごく困惑した様子で岡下くんが訊ねてきた。興奮しているのか息が上がっている。……まあビビる気持ちもわかるけど。
「あー、そっか。岡下くん、春人くんとははじめましてだったね」
「はじめましてですよ! その桜のことですか春人くんって人?は!!?」
「うん、そうだよ。まあ色々あって今は桜なんだよ春人くん」
「ワケわかんないですよ!!?」
「ワケわかんないよねー」
ま。初めはこんなものだ。曇天森さんにいたっては驚きのあまり腰を抜かしていたんだっけ。本人の名誉のために言いふらさないけれど、チビッた人もいたなぁそういえば。
「ていうか天井の敵?は何だったんですか……」
わりと切り替えの早い岡下くん。話がしやすくて私は嬉しいです。
「最初に遭遇した影いたじゃん。アレの本体だね」
「本体……え、じゃああの影は、」
「アレはデコイだね。私みたいな専門家をモグモグ食べちゃうためのね」
ちなみにその謎シャドー改めデコイシャドーは、本体の消滅をトリガーにして霧散したのでした。……うーん、となると今回の怪物ってこのためだけにいたいけな少年少女たちをモグモグ&コネコネしたわけか。……胸糞悪い、吐きたくなってきた。
「……ごめん岡下くん。ちょっと後ろ向いてて」
「え、あ、はい」
内心まではわからないけれど、岡下くんはすぐに私を視界から外してくれた。……きっと察してくれたのだろう。
◇
「……ありがとね、もういいよ」
ハンカチで口を拭いながら言うと、岡下くんは特に何も言わず振り返った。
「……ごめんね、あんまり意味なかったよね」
こちらを向いた時点で――というか音が聞こえた時点で嫌でも理解しただろう。だというのに岡下くんは、
「……蹴られてなければ僕はここに立っていませんよ。だから無意味だなんて言わないでください」
などとやたらズレた返答をしてきた。……でもきっとわざとだ。だって今、私は背中を擦られている。……甘えたくなったけど、まだそれはできない。今は、まだ。
「ありがとね岡下くん。おかげで元気出たよ」
「はぁ、それは何よりです。ただその……」
ただその……に続く言葉は『腕から生えている春人くん?はそのままなんですか?』なのだろうが、それを言い出す前に――
天井から銀の煌めきが一瞬見え、
「春――え、」「――来た」
次にその銀が見えた時、春人くんの幹に刃が到達していた。血は出ない。この状態の春人くんは、一応無敵モードなのだ。
どすん、と巨木があたかもまな板上のゴボウのように切断され、地面に落ちる。そしてすぐに霧散。――襲撃者の得物は刀。といっても概念斬撃加工が施された最新モデルだ。確かにコレなら切られてもおかしくはない。おかしくはないが――
「挨拶もなしに不躾だね」
着地した襲撃者に言葉を投げる。
「これぐらいでは死なんのだろう? お前も、桜も」
私の情報を知る者。そしてこれほどの剣技を持つ者。――となると。
「死なないけどさぁ。痛いことには変わりないんですけどー」
「痛みを感じる様子はないが? あぁ、桜の方か」
声の主は少女のもの。想定通りなら歳は十八、所属は政府直属の武装集団。その名は――
「――お初にお目にかかります。……新選組の、沖田副長」
「ふん、有名になったもんだな、俺も」
少女の赤い瞳が、重く鋭く輝いた。それはまるで――血潮に映った満月のように。
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