ヒトトセの式
澄岡京樹
第1話「終わりの先①/怪奇! 謎の存在感」
序
青空の下。骨組みが剥き出しの白い建物――というかもはや廃墟の二階にて。私は
「なあ
「んー?」
「死ぬってどういうことだと思う?」
私は飲んでいたミルクティーを噴き出しそうになった。
「……ぶっこんできたね」
どえらい話題が来たなぁ、なんて思いながら春人くんに視線を向ける。
「ぶっこんでみた」
春人くんは特に変わった様子もなく、遠くを見ているだけ。……まあいつものことである。同い年どころか誕生日も同じなこともあってか付き合いは長い。それでも春人くんの急な話題変更は今でも驚いてしまう。
「で、どうなの夏海ちゃん」
「どうって言われても、ねえ……」
死について考えを述べよ……なんていきなり言われても困るというか、実感がわかないというか。うーん、何か死を思わせる名前とかを言ってみようか?
「えーと、……リザルトとか?」
リザルト――結果、結末。そういったもの。春人くん的にこの返答でいいのかはわからないけど、まあその、言わないよりマシだ……ということで。
「あぁ、リザルト、ね」
ほら見ろ。見るからに不機嫌そうだ。春人くんはいつもこうだ。ほんとに困っちゃう。
「もー、怒んないでよ」
「別に怒ってないさ。でもリザルトはないだろ、リザルトは」
「……何さ、なんか癪に障った?」
「俺たちの話題で今ソレを出すのはよくない」
「んー、それもそうだね……」
去年の冬のことを思い出してちょっと身震いした。忘れていたわけじゃないけれど、あんまり気軽に話すものでもなかった。いつかは話題に出すべきなんだろうけど、今はまだその時じゃないみたいだ。
「私がうかつでしたぁー」
「わかってるならいいよ」
それだけ言って、春人くんはまた遠くを眺める遊びを再開した。
「ね、いつも思うんだけどさ」
「ん?」
生返事じゃないのでまだ会話する気はありそうだ。
「面白いの、それ?」
なんとなしに遠くを眺める行為は、私にとっては面白みに欠けるものだったのだ。
「んー、微妙かな」
「微妙なんだ……」
微妙だと思っているのになんで続けるんだろうね。などと私が思っているのが顔に書かれていたのだろうか。春人くんは私の疑問に答えるかのように、
「意味のないことも大事だよ。あらゆることに『意味』という名の形を与えていたら疲れちまう」
なんだかそれこそ意味ありげなことを言った。
「それって春人くんの主観の話?」
「そうだけど、夏海ちゃんも多分俺と同じだよ」
「そうなの?」
「俺がそうならキミもそうでしょ」
「そういうもんなのかなぁ」
私はまだ納得がいっていない。でも春人くんはもう立ち上がっていた。むー、マイペースが過ぎる。
「そら、そろそろ出番だ。次のシーズンまでにあれこれ準備をしないとだろ」
「うわー、私にばっか色々答えさせてー」
「ペース配分をミスった」
「むー!」
「むー、じゃない。そろそろ探偵がうまい話を運んでくる、だから行くぞ」
あーあ。こうなってしまうともう春人くんのペースだ。仕方がないので仕事の準備に取り掛かろう。えーと、目覚まし時計はどこだっけ――
『ヒトトセの式』
第一章『記録の残響』
1
二〇一九年、八月二〇日
「…………さん」
目覚まし時計を探したのだが、そういえば先月ぶっ壊れてから買ってないのだった。……などということは寝ぼけている私にとって忘却の彼方である。目覚めから数秒の現在。そのようなことをフワフワと段階的に思い出してきている私は、
「……トトセ……ん」
未だ半分夢の中。うつらうつらとする意識の中で、何やら聞き覚えのある言葉の羅列が耳に入ってくるのを感じていた。
「ヒトトセさん!」
「うーん、……あ、
目を開け、言葉を投げかけている人物を認識して、ようやく『
「春夏秋冬さーん、おはよーじゃないですよ。もう
「え? もうそんな時間?」
そいつはいけねえや、と。さすがの私も身を起こす。寝ていた場所はソファだった。うーん、これは昨夜、寝落ちしたな私?
時刻は午前八時三〇分。そそくさと着替えたり朝ごはんを食べたりお化粧をする。着替えの段階で岡下くんが居心地悪そうにしていたので三〇〇円を手渡して「好きな飲物買ってきていいよ」と言って送り出した。岡下くんはなにやら複雑そうな表情だった。
「おはよう夏海。……む、その様子だとまたここで寝落ちしたな」
午前九時三〇分。ここの所長である根源坂
「おはようございます。さっき起きました」
書類の入ったファイルを棚にしまいながら答える。寝落ちしたため出しっぱなしだったのだ。
「あー、じゃあその、さっきまで鍵閉まってたのか」
「岡下くんが開けてくれるまではそうだったと言えますね」
「あー……」
始業時間は九時なのでお説教フェイズは勘弁してほしいなぁ……などと思っていたのだが、ここで違和感に気づいた。
「ていうかその岡下はどこ行った?」
「それなんですよ。私も今そう思ったとこです」
最寄りのコンビニまでは徒歩で五分。岡下くんがここを出発したのが八時三二分。さすがに時間かかり過ぎじゃないだろうか。三〇〇円の何を買いに行ったのだろうか。
「こりゃアレだな。なんか面白い情報を手に入れたな」
「うーん、だといいんですけど」
根源坂さんは情報屋なのに自発的には情報を集める気がない。集める気がないのにこうして私や岡下くんを雇える程度には収入がある。別に副業をしているわけでもなく、これ一本。実に不思議なのだが、どうもそういう体質らしい。どんな体質だ。
などと思案していると――
「おーっす根源坂ァ! 情報売ってくれや!!」
「締まる締まる! 首締まる!!」
岡下くんを引き連れて、馴染みの私立探偵ことディテクティブDがやってきた。もしかしなくてもコードネーム的なアレである。ちなみに本名は
「お。噂をすればなんとやら。おもしろ情報の持ち主は伝三、お前さんだったか」
「おいコラ、ディテクティブDって言えや情報屋」
もしかしなくても曇天森さんは怒りっぽいです。怒りっぽいんですけどめちゃめちゃ情に厚いからか、ここ『しるべ市』では人気だったりする。そういうギャップ萌え的な魅力がこの人にはあるのだ。
「あ、そういえば岡下くん。三〇〇円で何買ったの?」
流れをぶった切っているような気もするが、せっかく思い出したので聞いてみることにした。何も持っていないのでもう飲んだのだろうけどちょっとだけ気になったのだ。
「ああ、それなら――置いてきました」
サラッと、岡下くんはよくわからないことを言った。置いてきたって、なんで?
私が疑問に思っていると、曇天森さ――ディテクティブD……あーやっぱ曇天森さんでいいや、とにかく彼がズイッと岡下くんの前に出てきた。理由を知っているようだ。
「ソレなんだよ夏海ちゃん。……俺が欲しい情報ってのはよ」
神妙な顔つきで曇天森さんは話を始めた。
「五月に学生の集団自殺があったじゃねえか」
今年の五月。しるべ市の学校に通う少年少女が相次いで自殺するという事件があった。死者数は七人。通う学校も違えば交友関係のつながりもなし。だがなぜか示し合わせたかのように一夜の内に市内の廃屋で自殺は決行されたという。共通点に関しても、『しるべ市の学校に通っている学生』という一点のみ。捜査は難航し、真相はつかめないままだ。
根源坂さんにもこれに関する情報は殆ど入ってきていないのだけれど、例外的にその真相だけはハッキリしている。
「あのさ伝三。それは興味ないって言ったろ」
これである。根源坂さんは興味のない情報はシャットアウトしたいらしい。そんなスタンスでよく情報屋が務まっているものだ。本当に意味がわからない。
「いや、そこじゃないんですよ根源坂さん」
曇天森さんではなく岡下くんが食い下がった。……となると本題はここからで、なおかつ岡下くんも関係しているということなのだろうか。
「ん? 岡下、お前なんか見つけたのか?」
根源坂さんが訊ねると、岡下くんは頷いた。
「はい、さっきコンビニでお茶を買ったんですけど、その後コンビニの前でDさんに出くわして……」
「そんで自殺事件の情報が集まってねえか聞いてたんだよ」
「で、話の流れで現場まで行きまして。お供え物が置いてあったので、僕もお茶を供えてきたんですよ」
「置いてきたってそういうことだったんだね」
納得。岡下くんらしい行動だ。……でもこれだとしんみりした話であって岡下くんがさっきわざわざ食い下がったことと噛み合ってないように感じる。
根源坂さんも私と同意見だったようで早速岡下くんに問いを投げた。
「で、そこでなんかあったんだな?」
この問いにも岡下くんは頷きを返した。
「はい。僕がお茶をお供えした時、廃屋の影に人影らしきものが見えて――」
「で、俺も見たから廃屋に入ったんだが……」
二人共どうしてか不可解そうな表情をしたままで中々続きを言わない。どうしたのだろうか。特に曇天森さんは普段ならもっとハキハキ話すんだけど。
「なんだお前ら。揃いも揃って歯切れの悪い。人影以外に何を見たんだよ」
「いやその……人影しか見てないんですけど」
「……? 逃げられたってことか?」
「違ェんだよ。廃屋に入ったら、人影だけがそこにいたんだよ」
「……あー、そっち案件かよ。夏の風物詩めいてんなホント」
心底面倒臭そうに、根源坂さんはつぶやいた。
「…………」
――そろそろ探偵がうまい話を運んでくる――
春人くんの言葉を思い出す。ああ、なるほど。やっぱり春人くんはすごいなぁ。この称賛、もう何度目だろう。でも実際すごいのだから褒めたっていいじゃない。それが私のスタンスなのだ。実際に物事を手繰り寄せているのは根源坂さんだけれど、春人くんはそういった事象の流れを見通せる。どう考えたってすごいじゃん。そういうことである。
まあそんなわけなので、春人くんのことを思うと根源坂さんが重力みたいな体質を持っていても「どんな体質だ」で済んでしまうのだった。世界は不思議でいっぱいなのです。
「春夏秋冬さん」
岡下くんの声で思考フェイズから現実に引き戻される。うん、まあわかっていたことだけど、やっぱりこうなったか。しかたないなぁ。
「春夏秋冬さん、力を貸してください」
実のところ、奇妙系の案件は私の領分なのだった。だから了承する。了承するけど、
「いいけど、今回は岡下くんも来てね」
「えっ」
「これに関しては岡下くんがいたほうが助かるのー。おねがい!」
とびきり可愛い顔でお願いしたからか、岡下くんは顔を真っ赤にしながら快諾(?)してくれた。やったー!
「というわけで伝三、夏海が行ってくれるとよ」
「いやぁ、助かる。これでようやく事件の真相を追えるってもんだぜ」
「ま、体よく使うがいいさ。その分、報酬はタンマリいただくがな」
なんか根源坂さんと曇天森さんが私任せ感全開の会話をしているけどまあいいや。いざとなったら色々と手はあるのだし、とりあえず現場に向かうとしよう。
……あ。でもその前に念の為、
「曇天森さーん、私はあくまでも謎シャドー案件の解決だけですからねー!」
「わぁってるぜ。本題は俺がそのうちなんとかすらぁ」
そう。私は別に探偵じゃない。そっちは本職の人に任せるのだった。
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