白い空間『告白』

日々人

第1話『告白』

お願いがあります。

どうか聞いてください。私の話を。

誰にも言えない秘密を抱えて、小さい頃から生きてきました。

でも今日は、その秘密をあなたに打ち明けることで「楽」になりたいと思います。


私には、物心付いた頃から不思議に思っていることがありました。

それは私が寝ている時にいつも起きることなのです。

実は、睡眠時にはいつも真っ白な空間の中に居るのです。

それを、幼い頃には夢だと思っていました。

しかし、成長するにつれて「どうやら私の場合は夢ではない、これは違う」と感じ始めました。


最初の頃、その空間は真っ白でした。

幼少期の頃です。

目の前に広がる地面は真っ白で、視界には何も無く、とにかく何もかもが真っ白でだだっ広い。

それを寝ている間、ずっと見続けているんです。

いいえ。

それが、なぜか苦痛ではないのです。不思議ですよね。

そして、それは突然、リモコンでチャンネルを変える様にして「現実の世界」に戻ります。

ええ。

その空間から解放されて、私が目覚めたのです。

寝ている間だけ入り込む白い空間。

そこから、意識的に目覚める方法は未だにみつけられていません。


「起きろ!これは現実世界ではない!目を覚ませ!」


睡眠時に、あの世界でそう思っても、現実の体は寝たままなのです。

そして、残念なことに無理やり誰かに「起きなさい」と揺り動かされても目覚めることは出来ないようなのです。

ただただ、一度寝てしまうと現実世界に引き戻されるのを待つのみで。

おかげで、学生時代はよく遅刻をしました。

いいえ、決してふざけていません。

本当の話です。話を続けます。


え?

時間があまりない、から?

…では、ここからは私が一番最初に開けた扉の話だけにしますので、どうかおつきあいください。 



 ー ー ー ー


ある日、真っ白な空間に変化を感じました。

それは「音」でした。

それまで無音だったのに、近くで歩く音が聞こえた気がしたのです。

これまではその白い空間をただ眺めているだけでした。

それが、その音を意識しているうちに、やがて前進する体の動きを感じはじめました。

そうです、私は歩けるようになっていたのです。


ただ、それでも、あまりにも真っ白な世界。

対象物がないため、どんなに歩いても目の前の景色はかわりません。 

前へ後ろへ、進めているのかどうかを疑問に思いましたが、現実で歩くように確かに私の足音は聞こえます。

その場に立ち尽くそうが、目が覚めるまではこの空間の中で時を過ごすだけ。

ならばと、足音を引き連れて、ただただ歩き続けました。


すると、遠くのほうからなにやら、一つの扉が近づいてくるのです。

自然と取っ手に手が伸びます。

ちゃんと伸ばせる自分の腕があったんですよね。

それまで、なぜか気付かなかったことを覚えています。


 ー ー ー ー


扉の先には、同じような白い色をした狭い部屋が広がっていました。

そして、目の前に一つのショーケースがありました。

中を覗いてみると、真空パックされた肉が並んでいました。

一見、普通の精肉店のようでした。

しかし、よく見ると妙なものがそれに紛れて並んでいます。

それはラッピングされた品物でした。

値段が書かれたシールの上に重なるようにして、値引きシールが貼られたものでした。


その中を覗き込むと20cmくらいの、小さな人間の姿をした男が全裸でパックされていました。

綺麗に仰向けに収まっていることはなく、逃げ惑う姿のまま貼り付けられたような、不格好な姿でそこに居ました。

ピッチリとラッピングされている、その口元のラップ部分はきれいな弧を描いています。

よく見ると、その丸の内側に小さな穴がポツポツと開けられていました。


何とか呼吸はできているようですが、ペコペコと出たり引っ込んだりする様子からして、とても息苦しそうです。

唯一動かすことのできる目が私を捉えました。

小さな男はペコペコと呼吸しながら、私を何とも言えない目で見つめてきます。

ラップに付いている小さな水滴はもしかすると、この小さな男の涙なのかもしれません。


 「いかがですか?お買い得ですよ!」


突然、声をかけられたので驚きました。

辺りを見回してもショーケースとその中にあるもの、扉以外には何も見えないのですが、何かがショーケースの奥側でうごめく気配を感じました。

そのまま返事が出来ずにいると、その小さな男の隣に新しくパックされたものがスッと現れ、並べられたのです。

次は全裸の女性でした。「新鮮」と書かれたシールが貼ってあります。

同じように口元を大きく開いて、息苦しそうな顔を浮かべています。

そして、並べられると同時に小さな男の方のパックが宙に浮かびました。


「あっ」


と私が思わず声を上げると、そのパックを引っこ抜く動きが止まったのです。

ショーケースから抜け出した、小さな男の足から胸の辺りまでが私からは見えなくなっていました。


「買います。それを」


少しの沈黙の後、よくわからない気配に向けて私はそう告げていました。

胸から上だけになった小さな男と目が合いましたが、その表情からは何も察することは出来ませんでした。

よくわからない気配が返事をします。


「あ、こちらの商品で? ありがとうございます!


 では早速、捌いてきますね」


ショーケースの奥へと運ばれ、小さな男は見えなくなりました。

それから間もなくして、消えていった方から、何やら声が聞こえてきました。

とても印象の悪いものでした。

私は思わず、耳をふさいでしゃがみ込みました。

そこで、


「あ、この世界でも自分自身に触れることが出来たんだ」


とその時にはじめて気付き、ショーケースに映り込んだ人ではない姿をした私に慄いたのです。





ー ー ー ー



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