48 『一騎当万』

 ヘリアンサス王国の東方最大の都市トリオンは平地が多いこの国にしては珍しく周辺を、森に囲まれている。

 まるで東の山脈の向こう側に広がる大森林が少しだけこぼれて来たかのようなその森も、国境線に従って徒歩で一日ほど北上すると途切れ、広大な草原が広がる一体に変化する。

 通称『賢者の平原』と呼ばれるこの平原はかつて召喚された賢者が最初にたどりついた地とも、その賢者が率いるヘリアンサス軍が外敵を打ち破り国境を確定させたともいわれている。


 現在ヘリアンサス王国軍二十万、シレーネ帝国軍三十万人の連合軍は、まさにその『賢者の平原』に陣を敷いていた。


 「報告! 山脈の向こう側の敵側兵力、十万人程度に到達。なおも増加している模様です」

 「敵側に動きはあったか?」

 「いえ、陣形を固めたまま動きません」

 「そうか、報告有難う」


 ヘリアンサス王国近衛隊隊長のギュスターヴ・チュレンヌ――現在は連合軍司令官を兼務――は、陣のテントの外に顔を出して伝令兵からの報告を受けていた。


 「ギュスターヴ殿、どうでした?」


 テントの中に戻るとすぐに、プレディガーが尋ねて来る。

 シレーネ帝国の宰相という高い地位と文民という立場でありながら彼がここにいるのは、ひとえに帝国が今回の作戦に掛ける思いの強さが現れているのだろう。


 「ああ。敵側の兵力は今のところ十万人程度だそうだ」

 「ほう、思ったより少ないですな。我々が思っているより法国の内部はガタガタなのでしょう」

 「そうだといいのですが……」


 ギュスターヴは歯切れの悪い返答をしながら腕を組んで眉をしかめた。


 「ギュスターヴ、何か気になるの?」

 「ニーナか」


 ギュスターヴ達の会話を聞いていたのか、ニーナが訊いてきた。


 「いや、今のところ計画は順調に進んでいる。我々側の陣展開も予定通り完了したし、敵側の兵力を目論見通り国境線上に釘付けにしている」

 「でも、引っかかるんでしょう?」

 「……まあな」


 そう、こちら側の計画が上手く行きすぎているのだ。

 確かに帝国との同盟や突然の宣戦布告など、今回は上手く法国の裏を突いてきたと自負している。

 法国はおそらく混乱していることだろうし、それが十万という数にも表れていることだろう。


 「少し作戦が上手く行きすぎているような気がしてるんだ。そのイーラという男はクーデターで国王を暗殺したほどの奴なんだろ? この一週間何も策を打たずに素直に迎え撃つ準備をするのか、ってな」


 十中八九、ギュスターヴの考えすぎだろう。しかし近衛隊隊長としてのカン、何か裏があるんじゃないかと警告してくる。


 「ギュスターヴ殿の心配もわかる。こういう計略は、順調な時の方が何か大きな落とし穴があるものだ。警戒してしすぎるということはないだろう」

 「……私も、ギュスターヴに賛成。実際に法国に入って感じたイーラの狡猾さからすると、絶対何か罠を張っているはず」


 プレディガーとニーナがそろってギュスターヴの言葉を肯定してくれた。


 (だが、今のところ何もおかしなことは起きていないんだよな……)


 連合軍側は帝国の『影』を使いつつ敵陣の様子を探っていた。確かに兵力は少しずつ膨らんでいるが、それはあくまでも予想の範囲に収まるようなスピードである。

 何か奇襲を仕掛けてくるような動きもないし、そもそも彼らは陣を張ったまま戦争開始まで動く様子も無く――


 「そういうことか!」


 ここ最近喉の奥に小骨のように引っかかっていたような違和感の正体がようやく解消され、ギュスターヴは思わず声を上げた。


 「ど、どうされました、ギュスターヴ殿」

 「何かわかったの?」


 その声に驚いたプレディガーとニーナに一つ頷くと、ギュスターヴは深刻な声で語った。


 「イーラ程の奴が今回策を練らないはずがないとニーナが言っただろ?」

 「言った」


 ニーナが真剣な表情で頷く。


 「俺もそう思う。だからこそ、法国軍の動きが奇妙なんだよ」

 「奇妙と言いますと……、まったく動かずにおとなしくしていることですか?」

 「そうです」


 プレディガーも、何かに気付いたように目を見開いた。


 「彼らはまるでこの戦いに勝とうとしていない。ただそこに兵を置いているだけだ」


 一体なぜそんなことをしているのか。

 こちらの作戦は、法国軍を国境線上に釘付けにすることで守りが手薄になった首都アルコに攻め込みイーラを倒すというものだ。


 「もしイーラがこちらの作戦を全て見抜いていたとすると、どうすると思う?」

 「……王都に罠を張るでしょうな」

 「その通りです。イーラにとっては多少国境線を取られても、首都を落とされるよりはマシなはず。我々のさらに裏をかき王都に兵力を置いている可能性もある」


 そうして首都に寡兵で攻め込んできた連合軍を一蹴する、イーラの考えそうなことだ。


 「でもギュスターヴ、それだけ大きな兵力を王都に残したらレジスタンスの諜報員が必ず情報を掴むはず」

 「大量の兵を動員していたらな。ニーナ、法国にいたときに何か切り札のようなものの情報を聞かなかったか? 強力な魔法兵器とか、精鋭部隊とか」

 「……聞いたことがある」


 ニーナが小さく頷いた。


 「法国には一騎当千の精鋭が集められた近衛隊が存在すると聞いたことがある」

 「そういうことか! プレディガー殿、アルコ組が危ない! 今すぐに増員を――」


 「失礼します!」


 テントの幕の外で、伝令兵の声が響いた。


 「なんだ! 今は大事な会議をしている。緊急でなければ――」

 「緊急です!」

 「……わかった。入れ」


 伝令兵はテントの中に入り跪くと、懐から手紙を取り出した。


 「こちらが届きました。至急、開封するように承っております」

 

 恭しく差し出す伝令兵から手紙を受け取ると、ギュスターヴは手紙の裏面を見た。


 「……これは!?」

 「どうしたんだね、ギュスターヴ殿」

 「何が書いてあったの?」


 ギュスターヴは手紙の裏面をプレディガーとニーナに見せながら、こう告げた。


 「蛇と剣の紋章、法国のものだ」


*** 


 ガブリエラ率いるイーラ討伐軍は、アルコの城壁前で混乱に陥っていた。


 「伝令! 左翼で敵三名と交戦、三小隊が壊滅しました!」


 「伝令! 正面に敵五名と交戦中!」


 啓太達のいる本隊には、次々と敵との交戦報告が入ってきた。そのどれもが、強力な法国近衛兵に討伐軍が崩壊させられているというものだ。


 「くそっ!」


 ガブリエラが握りしめたこぶしで寄りかかった木を叩いた。


 「状況は最悪ね」

 

 ティアも唇をかみしている。

 

 「今報告されているだけで、近衛隊は十人以上いると思って間違いないわ。恐らく、ほぼ全員がそろっていると考えた方がよさそうね」


 ガブリエラの言葉は、辛そうに響いた。

 

 元々一人が千人の軍と匹敵するといわれている法国近衛隊だ。それが二十人そろっている今、討伐軍が手も足も出ないのは分かり切っていた。


 「イーラの奴、ここまで読んでいたか」


 啓太達の動きを読んでいた、若しくはその可能性を考え、対策を打ったのだろう。こっそり近衛兵を集めて作り上げた罠に、見事に飛び込んでしまった形だ。


 「ここは一旦撤退した方がよさそうね」

 「カルラ、冷静だな」

 「私はもっとひどい逆境からレジスタンスをまとめ上げたのよ? これぐらいで動揺しないわ」


 そう言って、カルラは肩をすくめた。

 流石、肝が据わっていらっしゃる。


 「俺も撤退に賛成だ。このまま突っ走っても、イーラまでは届か――」

 「伝令! 後方で敵五名と交戦中!」


 伝令兵の声が、啓太の言葉を遮った。


 「……どうやら囲まれたみたいだな」


 逃がしてくれる気も無いらしい。


 「こうなったら、道は二つしかないわ」


 ガブリエラが、指を二本突き出した。


 「全力で後退するか、全力で正面突破するか」

 「どちらにも敵がいる以上、生存確率は大差ない、か」


 もしヴァーヴロヴァー邸まで敵の手が回っていたら、どうしようも無い。


 「あたしなら、全社を選ぶわね。成功確率が同じなら、逃げるより戦うを選びたいわ」

 「私もカルラに賛成ね。これはある意味チャンスだと思うの。敵が少人数で包囲してきたということは、それだけ兵力が分散しているということ。正面突破の可能性が残るわ」


 そう言いながら、ガブリエラは腰に刺した剣の柄を確かめるように撫でた。


 「ティアは――」

 「私も突入に賛成よ!」

 「……聞くまでも無かったな」


 こういう場面では本当に頼りになる王女様だ。


 「一騎当千だか何だか知らないけど、私の魔法で蹴散らしてあげるわ!」


 そう言ってニカっと笑うティア。

 その自信たっぷりな表情を見て、啓太も頬を緩めた。


 「よし、ティア! 突撃の狼煙は任せた! 全力で頼むぞ!」

 「ええ、わかったわ!」


 そう言って、ティアは親指を突き出した。


 「よし、ガブリエラ!」

 「ええ。全軍、本隊の背後まで後退せよ!」


 ガブリエラが伝令兵に指示を出す。

 伝令兵から伝令兵へ、そして各小隊へ。伝えられた指令により、討伐軍は一気に後退し始めた。


 前方の街道を埋めていた軍が下がったことで、再びアルコの城門が見えてきた。

 その前に十人ほどの人影――あれが近衛隊なのだろう。


 「今だ、ティア!」

 「ええ、任せて頂戴!」


 そう答えると、ティアは両手を高々と天に掲げた。


 「『大爆発スーパーノヴァ』!」

 

 その瞬間、世界は炎に包まれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る