38 『行動開始』
「さて――」
レジスタンスの拠点である地下施設の奥に用意された会議室。
そこに関係者が全員集まっているのを確認してから、カルラが口を開いた。
「ケータの提案で、ここにこうして各勢力が集まったわ。まずは皆にお礼を言わなきゃ」
会議室には啓太、ティア、ニーナ、シルヴィ、クロエ、エレナ、アダムそしてガブリエラが勢ぞろいしている。
「既に皆に話は言っていると思うけど、アタシたちは全員イーラとそのスポンサーであるシモンを倒すという目的を共有しているわ」
確認するようなカルラの言葉に、部屋の面々が力強く頷いた。
「そのためにはまずアタシたちがお互いに情報を交換して、作戦を練る必要があると思うの」
そう言うと、カルラは机の上にある羊皮紙の束を持ち上げた。
「この中にはアタシ達がまとめたイーラの軍事力や財力がかかれているわ。まずはこれを読んでもらって、それからお互いに情報を交換しましょうか」
「こんな大事な情報を簡単に開示していいのか?」
「問題ないわ。その分、あなた達にも知っていることを教えてもらうわよ」
特によそ者の啓太達にとって、イーラの情報は貴重だ。
ここは言葉に甘えることにしよう。
啓太達はそれからしばらく、黙々と羊皮紙に目を通した。
「これはよくまとまっているわね」
皆が羊皮紙を読み終わった頃、ガブリエラが口を開いた。
「イーラの軍事力は、私が把握しているものとそこまでずれてはなさそうね。財力の方は予想以上だけれども」
「奴隷商ってのは、こんなに儲かるんですね」
シルヴィが、感心したように目を細めた。
「シモンがスポンサーについている以上、イーラの財力は並みの貴族を大きく超えているわ。そこは対処が必要ね」
そう言って、ガブリエラはため息をついた。
「ガブリエラ、法国の貴族達はどれだけイーラに協力的なんだ?」
「うーん……」
啓太の質問に、ガブリエラが腕を組んで考え込む。
「表面上は、全員が協力的ね。そうじゃない家は去年の大粛清で取り潰されたわ」
「表面上?」
「本心ではイーラを正統な統治者だと認めてない貴族は沢山いるはずだわ。私のようにね」
そう言って、ガブリエラは肩をすくめた。
皆粛清を恐れて付き従っているだけということか。
「それじゃあ、そいつらを寝返らせるのが早いんじゃない?」
「ティア、そんなに上手く行けば苦労しないわ」
ティアの言葉に、ガブリエラが肩をすくめる。
「確かに我々の味方になってくれる貴族を探して協力してもらうのは良い手ね。だけど、どの貴族が味方か見極めるのには時間がかかるわ」
「でも、不可能じゃないのね?」
「ええ。ヴァーヴロヴァー家の威光はそこまで落ちぶれていいないはずよ」
ヴァーヴロヴァー侯爵家は、ナジャ法国の貴族の中でも随一の歴史と実力を持っている家だった。
ガブリエラなら、国内の貴族をまとめることができるかもしれない。
「国内の勢力増加にはその方法がよさそうだな。あとは国外か」
「国外?」
カルラが首を傾げる。
「この資料を読む限り、イーラはかなりの財力・軍事力を握っている。一部の国内貴族が団結しただけでは倒しきれない場合、他国の力を借りるのも一手だ」
「……そんなことして、戦争が終わった後他国に付け込まれない?」
カルラが訝し気な目をする。
「手を借りるといっても、直接軍を派遣してもらうのではなく、後方支援にとどめておけば大丈夫さ」
「そうよ! 少なくともヘリアンサスはそんなことしないわ!」
「……まあ、今は背に腹を変えられないわね」
自信たっぷりのティアの勢いに押されて、カルラは頷いた。
「この二つで戦力は十分。でもまだ足りない」
これまで無言でやり取りを見ていたニーナが口を開いた。
「イーラを倒した後の、新しい体制が必要」
「ニーナの言う通りだな。ただトップを倒しただけでは国が混乱する。今のうちに、新しい国の体制を考えておかないと」
啓太がそう言うと、ガブリエラが口を挟んだ。
「私としては、王家に再び国の統治に戻っていただきたいわ」
「国外に逃亡した陛下の娘か」
イーラの裏切りを察した騎士団長に助けられ、間一髪逃げ出した王女がいたはずだ。
「レジスタンスとしてはどうなんだ?」
もしかすると、カルラ達は王制を倒すことを目指しているかもしれないと聞いてみると、
「アタシ達としても前国王陛下の統治には文句が無いわね。国内を混乱させずにイーラを倒せる名なら万々歳よ」
「よし、決まりだな。当面の俺たちの活動目標は三つ」
そう言って啓太は指を三本出した。
「まず一つ目は、国内での勢力拡大だ」
「ケータ、それは私に任せて」
「アタシ達もやるよ」
ガブリエラとカルラが手を挙げた。
「二つ目は、他国の協力を確保すること」
「私達の出番ね!」
ティアが、勢いよく立ち上がった。
「そして最後は、消えた王女の捜索」
「それは、私達の仕事ですね」
「うん」
部屋の隅で黙って聞いていたアダムとエレナが手を挙げた。
これで全員に仕事が振られたことになる。
「さあ皆、やるわよ!」
カルラはそう声を張り上げると、こぶしを突き上げた。
***
ナジャ法国首都アルコ――
王城の最上階にある謁見室で、イーラは隠密部隊からの報告を聞いていた。
「なるほど、ヴァーヴロヴァーは戦いの準備を始めたか」
「はい。領内で、人や馬の移動が活発になっているとの報告が入っています。イーラ様に命じられたレジスタンス討伐の準備かと思われます」
膝をついたまま、隠密部隊の男が答える。
「レジスタンスの拠点を見つけたということか?」
「いえ。まだ本格的に招集はかかっていないので、拠点を見つけたわけではなさそうです」
「ふむ……。シモン、どう思う?」
イーラは、傍らに立つシモンに声を掛けた。
「そうですね……。兵に召集を掛けているということは、確信は無いまでも手掛かりをつかんだ可能性はあるかもしれませんよ」
「なるほどな」
シモンとは、クーデター以前からの古い付き合いである。
自らの損得勘定だけで動くシモンは、敵の多いイーラにとっては唯一信頼できる相手でもあり、よくこうして助言を求めていた。
「となれば、ヴァーヴロヴァーによるレジスタンス討伐も近いというわけだな」
ヴァーヴロヴァー家は、イーラにとって頭の痛い問題だった。
先代は裏でイーラ打倒に動いたため暗殺したが、そもそもナジャ法国開闢から続く名家であり国内の主要貴族とも太いパイプを持っている侯爵家の力は、イーラとて手元に取り入れたい。
「ヴァーヴロヴァーの小娘が見事レジスタンスを討伐した暁には、褒美を与えないとな」
「ええ。侯爵家はうちの上得意様でしたからね、これからも続いて貰わないと」
レジスタンスを無事討伐できればよし、そうでなければ罰として領地を召し上げて力を削げばよい。
今回の討伐命令は、どちらに転んでもイーラにとって都合の良いようにできていた。
「それで、不法入国者の方はどうだ?」
「は、はい。引き続き森の中を捜索していますが、いまだに見つけられません」
隠密部隊の男が、震える声で答える。
「見つけられない? 奴らはマルゴー大森林にいるはずだろ!」
「お、恐れながら大森林は広く、我々だけではとても……」
「言い訳をするな!」
イーラに怒鳴られ、男は小さく縮こまった。
(とはいえ、隠密部隊がこれだけ探しても手掛かりすらつかめないとはな。まるでどこかに消えたような……)
「これだけ探して見つからないということは、どこかに隠れている可能性もあるか」
「そうですね。洞窟なりに身を潜めてしまえば、見つけるのは困難でしょう」
イーラの言葉に、シモンも同意した。
相手が動き回っているのならどこかに手がかりが残されるだろうが、止まっていては見つけるのは困難を極める。
ヴァーヴロヴァー侯爵家によるレジスタンス討伐が近い今、下手に侵入者捜索への増員ははばかられた。
「よし。レジスタンス共を駆逐いたら人員を増やそう。しばしまて」
「はい! ありがとうございます」
不審者がレジスタンスと既に合流でもしていれば、一石二鳥だ。まとめてヴァーヴロヴァーに討伐してもらえばいい。
「後は例のあの件だな」
「はい、そちらについては現在街道付近を捜索中です。いくつか目撃証言も手に入りまして、どうやら最後に目撃されたのはトリオンだそうです」
「……トリオンか」
ヘリアンサス王国東端の街で目撃されたということは、ナジャへの再入国を企んでいるのかもしれない。
「国境警備中の部隊には警戒を強化するように伝えておこう。理由は言うな。くれぐれも、この件は隠密部隊の中でも内密だということを忘れるな」
「……はい」
一礼すると、男は謁見室を出ていった。
「どうして隠密部隊の中でも極秘扱いなんですか?」
シモンが不思議そうな顔で聞いてくる。
「隠密部隊は別に私が作った部隊じゃない。仕事として付き従っているだけの者も多いから、旧王家がらみの任務はデリケートなんだよ」
「……なるほどな。さすがに王家最後の生き残りを暗殺しろなんて任務、誰でも受けられるものじゃないな」
シモンは、男が出ていった扉の方を見てぼそりと呟いた。
「ああ。それでも、奴が生きている限り私の権力は不安定だ。絶対に滅ぼさなければいけない」
自分に言い聞かせるように言葉を紡ぎながら、イーラはこぶしを固く握りしめた。
まさに今、同時に三つの問題が発生していた。
一つ目がレジスタンスの活動活発化。
二つ目が他国からの不法入国者。
最後がなかなか尻尾を掴めない旧王家の生き残り。
(それでも、権力を握るための最後の試練だと考えれば苦じゃないな)
イーラは懐から一冊の古びた本を取り出す。
「おお、それは!」
その様子を見たシモンが、目を細めて歓声を上げた。
「ああ。またこの本の知恵を借りる時が来たな」
その本は、イーラが初めて王城に上った際に図書室の奥で見つけたものだ。
表紙はまるで数百年の時が経過したかのように傷んでしまっているが、中身は不思議と綺麗なままだった。
その本に書いてあったのは、イーラが思いもつかないような技術、哲学、政略の数々。
その知識こそが、まさにイーラを宰相、そして王の地位まで押し上げたのだ。
「『賢者の書』」
ぽつりと本のタイトルを呟くと、イーラは表紙をめくった。
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