36 『もう一つの物語』

 ケータが吹き飛ばされ、崖から転がり落ちた直後――


 「ケータ! ケータ!」


 自分に矢を打とうとした敵を吹き飛ばすと、ティアは必死に崖の下を覗き込んだ。

 しかし、勢いがついたまま転がっていったケータの姿は、既に森の中に消えていた。


 「ケータを探さなきゃ!」

 「ティア様! 危ないです!」


 (ケータは私の魔法に当たって吹き飛んだわ。私が探さなきゃ)


 ティアが今にも崖の下まで駆け下りようとすると、シルヴィとクロエが無理やり腰をつかんで引き戻した。


 「ティア様、落ち着いてください。ティア様まで崖から落ちたら、誰がケータさんを探すんですか!」

 「クロエの言う通りです。この崖の下には木もたくさん生えてますし、きっとケータは無事です。今はとにかく逃げて、体制を立て直しましょう」

 「……わかったわ」


 ティアは、たった二人で大勢の敵を裁いているニーナとアダムをちらりと見た。

 確かに、この場所ではティアの魔法があまり有効ではない。


 「ティア、あいつらはきっと援軍を呼ぶよ」

 「エレナ、そうね」

 

 ここは一旦逃げるのが得策だろう。


 それに――


 (……この感覚、ケータは生きているわね)


 ティアは、感覚的にまだケータが生きていることに気付いていた。

 ケータは自らの生命力を分け与え魂が結びついた相手だ。生死くらいならなんとなく感じられる。


 「はっ! やっ!」

 「まだまだ!」


 視界の端では、ニーナとアダムが額に汗をかきながら戦い続けている。

 彼らもだいぶ疲弊しているようだ。


 「ティア様、きっとケータさん見つかりますよ」


 クロエが、そう言って優しく背中を撫でてくれた。


 「そうね、ありがとう」


 今は引いて、それからケータと合流しよう。

 ティアはそう決心すると、立ち上がった。


 「皆、下がって! 『アウラ』!」

 

 掌から放たれた暴風が、今まさにニーナたちに切りかかろうとしていた敵を蹴散らす。


 「ニーナ! アダム! さあ逃げるわよ!」


 それを合図に、ティア達は駆け出した。

 こちらの意図を汲んで、アダムとニーナもついて来ている。


 「さあ、殿は私に任せなさい!」


 ティアはそう言うと、仲間たちの最後尾から次々と風魔法を後方に打ち続けた。


 走り出してから三十分。

 ティア達は、山を駆け下りた先で偶然見つけた岩の窪みに隠れて息をひそめていた。

 

 「……どうやら撒いたようね」

 「追ってくる気配はなさそうですね」


 ティアの言葉を、気配に耳を澄ませていたアダムが肯定した。

 無事に逃げ切れたようだ。

 

 「ふぅ、よかった」


 ようやく緊張が解けたのか、エレナが大きく息を吐いた。


 「それにしても、どうして私達のことを待ち伏せしていたのかしら?」

 

 あの洞窟の出口は、ヘリアンサス側もナジャ側も簡単には発見できないようになっていた。

 少なくともアダム達が国外へ逃げ出したときには、イーラ側は洞窟を把握していないはずだ。


 「本当のところは分かりませんが、イーラが国境の警備を強化したという話もありますし、出口を見つけて見張っていたのかもしれませんね」


 若しくは、王国で相手した一団から情報が伝わっていたのかもしれない。

 いずれにしろ、もう少し慎重に進むべきだった。


 「それじゃあ――」


 ティアは服に着いた土をはたきながら、立ち上がった。


 「私達はケータを探しに行くわ。エレナ、アダム。ここでお別れね」


 ケータを探すのは、ティア達の問題だ。アダムとエレナにこれ以上付き合ってもらうわけにはいかないだろう。


 「ううん」


 エレナが首を振った。


 「奴らが狙っていたは、きっと私達。そのせいでケータが行方不明になったんだから、私達も探す責任があるよ」

 「……そうですね。ここで『はい、さよなら』と見捨てることができるほど、私の心臓に毛は生えていませんよ」


 そう言って、アダムは穏やかにほほ笑んだ。


 「既に危機を二度も一緒に乗り越えた私達は、もう仲間みたいなものです。ケータさんを一緒に探しましょう」

 「……ありがとう」


 アダムとエレナの優しさが染みる。


 「私たちは、この森をよく知らない。二人が協力してくれると心強い」

 「そうですね、ニーナさん! みんなで探せばすぐ見つかりますよ!」


 ニーナとクロエも、明るく励ましてくれた。


 「二人ともありがとう。是非お願いするわ」


 法国内の地理に詳しいアダム達がいれば、ケータとの合流もしやすいだろう。


 「本当は、ケータが転がった先を捜索できればいいんだけれど……」


 大分離れてしまったが、ケータが落ちた付近はなんとなく覚えてはいる。


 「ですが、洞窟の近くに戻るとまた隠密部隊に発見される危険性があると思います」

 「……それでケータが奴らに見つかったら本末転倒ね」


 おそらく、奴らは援軍を呼んでティア達の捜索をしていることだろう。

 そうすると、ケータがまだ無事なのは崖を転がり落ちるところを隠密部隊に見られていないからだ。

 今ティア達がノコノコと出て行けば、敵に道案内をするようなものだ。


 「急がば回れと言いますしね。この件については私に考えがあります」 


 そう言って、アダムはにやりと笑った。


 「まずは我々の協力者と合流しましょう」


***


 「――ということがあったのよ」


 ティアはそこまで一気に語ると、一呼吸入れた。

 二人は今、レジスタンス本部の中に用意されているティアの寝室内で会話をしていた。。


 「アダムとエレナは本当にいいやつだな」

 「ええ。ケータがいなくなった後、もしあの二人がいなければ私たちはどうしていいのか分からなかったわ」


 ティアがそう言ってほほ笑んだ。

 確かに、ティア達だけでこの土地勘のない森の中啓太を探すのは骨が折れることだろう。

 

 「それで、アダムとエレナが言っていた協力者ってのが――」

 「そう。レジスタンスだったのよ」


***


 森の中を進むこと半日。

 日が西の空に傾き始めた頃、先頭を歩くアダムが立ち止まった。


 「囲まれていますね」

 「……十人くらい」


 アダムに続いて、ニーナもそう呟いた。

 彼女は既に腰の剣の柄に手を当てている。


 「盗賊?」


 ティアの質問に、アダムは首を横に振った。


 「いえ、おそらく私達の協力者です」


 そう言うと、アダムは腰の剣を外してゆっくりと地面に置いた。


 「お前たちは何者だ!」


 木の陰から投げかけられた姿なき声に、アダムが答えた。

 

 「私たちはカルラさんに紹介されてここに来ました! ここに紹介状があります!」


 そう言って、アダムは懐から一枚の紙をゆっくりと取り出した。

 暫くの沈黙の後、木の陰から一人の男が出てきた。


 「それが本物かどうか確かめたい。貸してくれ」

 「ああ」

 「ゆっくりとだぞ」


 アダムは、慎重に一歩一歩男に近づいて行った。


 「よし、そこに紙を置いてお前は元の位置まで下がれ」


 アダムが元の位置に戻ったことを確認すると、男は紹介状を拾い上げた。


 「……どうやら本物のようだな。お前ら!」


 手紙を読んだ男の合図で、次々と周囲の木の陰から武装した男女が出てきた。


***


 「俺たちの時と全く同じだな。で、それからどうしたんだ?」


 再び一息ついたティアに、啓太が話を促した。


 「彼らは紹介状が本物だとわかったから、私達を仲間だと認めてくれたわ。そのままこの拠点に来たの」


 そう言ってティアは、部屋の床を指さした。

 

 「ここは快適よ。地下だけど意外と明るいし、広いわ」


 レジスタンス達のアジトは、洞窟の奥から地下に向かって広がっていた。

 どうやって掘ったのか、地下部分は広大な地下都市のようになっている。

 明り取り用の穴がいくつも開けられているため、地下都市といえどあまり閉鎖的な感覚は無かった。


 (エマ、お前の言っていた噂は本当だったよ)


 啓太は、侯爵邸でのエマとの会話を思い出していた。


 「剣を置くのが仲間の合図だったんだな」

 「そうよ。だからケータ達は敵だと思われたのよ」


 まあ、ガブリエラは本当に敵だったのだけど。


 「レジスタンス達は、協力的だったのか?」

 「まあ、少なくともここに匿われたことで身の安全は確保できたわね。でもケータを見つけるきっかけをつかむには、一日かかったわ」

 「きっかけ?」


 今回ティア達と合流で来たのは、たまたまイーラにレジスタンス討伐を命じられたからだと思っていたが、ティアの言い方だとまるで仕組まれていたかのように聞こえる。


 「ええ。それを説明するためにも、ケータに紹介したい人がいるのよ」

 「……誰だ?」


 ティアは椅子から立ち上がると、部屋のドアを開けた。


 「久しぶりね」

 「あ」


 ドアを開けて入ってきたのは、忘れもしないシモンのテントで出会った赤毛の女だった。

 啓太は彼女を逃がしたために、シモンに捕まってしまったのだ。


 「その節はアンタに世話になったわね」


 女は、そう言ってにこやかに手を振った。


 「ケータ、紹介するわね。彼女はカルラ。このレジスタンスを率いるリーダーよ」


***


 「あの時アタシたちは、シモンの尻尾を掴もうとしてたんだよ」

 「尻尾?」

 「ああ。あいつはイーラにとって無視できない大スポンサーなのさ」


 席に着いたカルラは、経緯を語りだした。


 「元々この国は奴隷制でさ、常に大量の奴隷を必要としているの。昔はよく領土拡大の戦争をしていたから、その捕虜を奴隷にしてたのよ」

 「なるほどな」


 戦争捕虜を奴隷にするのは古今東西よくある事だ。ある意味一種の同化策だ。


 「でもね、先代国王の時代にそれが変わったのよ」

 「変わった?」

 「領土拡大をやめたのね。近隣の小国は食い尽くしたし、西のヘリアンサスやココスは大国だからおいそれと責められない」


 どうやら法国の状況は、少し帝国と似ているようだった。


 「国も大きくなったことだし、それなら鎖国して国内で経済を回そうってのが先代国王の考えだったのさ」

 「それはある意味理にかなってるな」

 「ええ。でもね、確かに経済は発展した。でも、私達は奴隷の供給源を失っちゃったのよ」


 戦争をやめれば、当然戦争捕虜が手に入らなくなる。

 奴隷制をとっている以上、国民にとっては死活問題だろう。


 「そんなときに暗躍し始めたのがシモンよ。奴は、周辺国から平民を拉致して奴隷として販売する商売をはじめたのよ」

 「やっぱりそういうことか」


 これで、ミアレ村の住人を拉致したのが誰かはよくわかった。


 「貴重になった奴隷はますます高く売れるようになったわ。結果、彼は莫大な財産を築いた」


 話は、ようやく本筋に戻ってきたようだ。


 「シモンの行動は倫理的には間違っているけど、ナジャの法律では裁けない。だから、私達レジスタンスで何とか弱みを探ろうとしていたのよ」

 「それで捕まったのか」

 「……そうよ」


 そう言って、カルラは肩をすくめた。


 「実際、あなたが助けてくれなかったら私も危ない所だったわ。だから、恩返しをしようと思って」

 「恩返し?」


 啓太がそう訊き返すと、カルラはにやりと笑った。 


 「アンタを解放してあげたでしょ? 今回アンタがこのアジトに来たのは、全部私達の筋書き通りなのよ」

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