35 『マルゴー大森林』
「それで、ガブリエラ様はお忙しくされてるんですね」
アルコから侯爵邸に帰ってきた翌日、啓太はいつものように仕事の休憩時間を利用してエマと話していた。
「ああ。なんでも、今回の命令を完遂できるかどうかがヴァーヴロヴァー家の行く末を決めるとか言ってたな」
「……そうですね」
啓太の言葉に、エマは顔を曇らせた。
「シルヴェストル様の一件で、ヴァーヴロヴァー家はイーラ様に睨まれているんですよ。ガブリエラ様は今回のレジスタンス討伐で忠を示す必要があるんです」
「父親を殺された掃守れない相手にか?」
「だからこそ、まずは家を存続させなくちゃですよ」
そう言って、エマはため息をついた。
先代侯爵であるシルヴェストルの時代から屋敷で奴隷として働いているエマは色々な事情に詳しく、彼女との会話はこういった情報収集に大変役立っていた。
「そもそもレジスタンスってのは、どういう奴らなんだ?」
なんとなくエマの雰囲気が暗くなってきたため、啓太は話題を変えた。
「うーん、私も詳しくは知らないんですが」
エマは一応そう前置きをしてから、語り始めた。
「噂によると、数年前にできた組織だそうです。ちょうど、先代の国王陛下が殺害された頃ですね」
「奴らの目的は何だ?」
「恐らくは、クーデターを起こしたイーラ様の打倒だと思います。クーデター以後、特に地方の農村部への税金が重くなったんですよ。それで、農民たちが立ち上がったという噂です」
なるほど、一揆のようなものか。
「でも、農民たちの軍事力なんてたかが知れてるだろ? なんでイーラは、直接軍を送り込まないんだ?」
アルコの様子を見れば、ナジャ法国が豊かな国であることはよくわかる。
一農民の反乱など、易々と力でねじ伏せられるだろう。
「それが、そうでもないんですよ」
エマの表情が、少し楽しそうに見えた。
「ただの反乱とは違って、レジスタンスは地下に潜っているんです。恐らく水面下で、政権転覆に必要な協力者や軍事力を集めているんでしょうね」
「まるで秘密組織だな」
「まるっきりそうだと思いますよ。聞こえてくる噂も眉唾物ばかりですし。なんでも巨大な地下都市を作っているとか、秘密の合図があるとか、リーダーは少女だとかですね」
(まるで映画に出て来るスパイ組織みたいだな)
噂が本当だとすると、アジトを探すのは骨が折れそうだった。
「でもエマ、イーラを倒したいのはガブリエラも同じじゃないか? こんなことで敵対していいのか?」
むしろ、ガブリエラこそ積極的にレジスタンスに協力してもいいものだ。
「ヴァーヴロヴァー家は少なくとも表面上、イーラ様に協力的な態度をとり続けてきました。レジスタンス側があまりいい顔をしないと思います」
「……ままならないな」
目的を同じとしているのに手を取り合えないのは、なんとももどかしい限りだった。
もしかしたら、ガブリエラとレジスタンスをつぶし合わせる所までがイーラの計画かもしれない。
(つくづく、イーラは侮れないな)
一国を落としただけのことはある。どうにも、一筋縄ではいかないようだ。
***
「ようやくレジスタンスの尻尾をつかんだわ」
エマとレジスタンスの話をした夜、いつものように家庭教師をしに部屋に入ると、ガブリエラが嬉しそうに言った。
「当家が代々使っている情報筋をいくつか当たってみた結果、おおよその場所が分かったの」
そう言いながら、ガブリエラは机の上に地図を広げた。朱色のインクで、幾つか書き込みがされている。
「この赤い点が、レジスタンスの目撃情報があったところね」
「全部街道沿いだな」
ガブリエラが指さす先を見ると、マルゴー大森林の中を抜けるいくつかの街道沿いに赤い点がつけられていた。
「ええ、これはどれも街道を進む行商人たちからの情報よ。彼らは口をそろえて、森の中で武装した人影を見たって言っていたわ」
「武装した人影?」
「ええ、どれも単独で森の中を歩き回っていたみたいなの。変でしょ?」
「それは怪しいな」
盗賊や軍隊であれば、集団で移動するはずだ。
単独で森の中を歩き回っているとなると――
「まるで見張りだな」
「ええ、私もそう思うわ」
啓太の言葉に、ガブリエラは大きく頷いた。
「彼らが目撃された地点に囲まれた、この辺りが怪しいと思うの」
ガブリエラが街道と街道に挟まれた一帯を指さす。
「恐らくレジスタンスのアジトはここね」
街道から少し外れた森の中というのは、確かにアジトに適しているように思えた。
安全に身を隠せる上に、必要な時はすぐ街道に出られる。
「それじゃあ、ここに侯爵軍を送るのか?」
「……それはやめた方がいいと思うわ」
直観的には、敵の拠点がわかっているのなら数の差で押せばいいように思える。
「まず大規模に行軍すれば、必ず先に向こうに察知されるわ。逃げられたり、隠れられたりしたら折角の情報も水の泡よ」
「確かにな」
レジスタンスは軍ではない。
そのため、侯爵軍を察知してから逃げ切るくらいのフットワークはあるだろう。
「それに、森の中だと大軍を連れて行ってもあまり役に立たないわ。レジスタンス側に隠れられたら手も足も出ないと思うの」
さすが侯爵を継いだだけあり、ガブリエラの見通しは論理的だった。
確かに平野部で会敵するのなら数が多い方が有利だろうが、森の中でのゲリラ戦ではあまり数の利を生かせない。
「ガブリエラの言うことはどれももっともだな。それじゃあ何か案はあるのか?」
せっかく居場所がつかめても、対処できないのでは仕方がない。
だが、ガブリエラは落ち着いていた。
「大軍が無理なら、少数精鋭しかないわね」
「少数精鋭?」
思わず聞き返すと、ガブリエラはにっこり笑ってこう言った。
「私と、あなたよ」
***
翌日、啓太とガブリエラは二人で侯爵邸を出発した。
森の入口までは馬車で、そこから先は徒歩移動という計画だ。
「ケータ、どう? 似合っている?」
「ああ。どこからどう見ても平民だな」
ガブリエラが立てた作戦では、啓太達は一旦レジスタンスに潜入する運びとなっていた。
『まずは、国に不満がある農民のフリでもして近づきましょう。彼らにとって、新たなメンバーは歓迎すべきことのはずよ』
『その後は?』
『隙をみてリーダーを捕まえましょう。初戦は農民の集まり、頭が掛ければ自然崩壊するはずよ』
……何だろう、この既視感のあるガバガバ作戦は。
結果、啓太とガブリエラはボロボロの服を着こんで農民に変装することになった。
ちなみに、ガブリエラはボロボロの服が不思議と似合っていた。
法国の道路事情の良さもあり、馬車は街道を順調に進んでいく。
「そういえば、ケータのその剣はどこで買ったの?」
出発した時は東の地平線付近だった太陽が空高く上った頃、唐突にガブリエラが尋ねてきた。
「どこって、普通の武器屋だな」
「……嘘は言っていないみたいね。その剣は、そこらの武器屋で買えるような代物じゃないようにみえるのだけれど」
そう言いながら、ガブリエラは首をひねった。
奴隷契約を結んだ主人は、ある程度までなら所有する奴隷の嘘を見破れるらしい。
だからこそ、啓太の差すまるでどこかの聖剣のように光る剣の出所に頭を悩ませていた。
シモンに捕まった時に取り上げられたこの剣は、侯爵邸を出発する直前にガブリエラから返却されていた。
『あなたを買うときに、シモンがおまけで荷物もつけてくれたのよ。やっぱり、使い慣れた自分の剣の方がいいでしょ?』
そんなことを言うガブリエラから、啓太はまだ数えるくらいしか鞘から抜いてない剣を受け取った。
(おそらく、シモンは試し切りをしてみてまったく切れないことに気が付いたんだろうな)
啓太の剣は、見た目だけは強そうだが鈍ら中の鈍らでだ。
シモンは売り物にならないと踏んで、啓太の値段を釣り上げるためのおまけに使ったのだろう。
まるでテレビの通信販売のようだ。
武装が切れない剣一本である以上、もし盗賊に襲われたら全力でガブリエラの後ろに隠れようと、情けない決意をする啓太であった。
「さあ、ここからは徒歩ね」
昼過ぎ、啓太達は森の入口にたどりついた。
当初の計画通り、ここからは馬車を降りて徒歩で森の中に分け入らなくてはいけない。
啓太とガブリエラはここまで馬車を操縦してくれた御者に馬車を任せると、森の中に足を踏み入れた。
「アジトがありそうな地点まではどれくらいだ?」
「そんなに遠くは無いはずよ。だから、気を付けて進みましょう」
針葉樹中心のマルゴーの森は大変見通しが良い。
こちらの存在を先に察知されると、レジスタンスたちに隠れられる恐れもあった。
少しでも人の気配はないかと周囲を警戒しながら歩くこと一時間、
「ケータ、止まって」
前を行くガブリエラが不意に足を止めた。
「どうした?」
「……囲まれているみたい」
いわれて周りを見渡すが、人影は無い。
「誰もいないぞ?」
「気配がするのよ。たぶん十人くらい」
……全く気付かなかった。
この森を知り尽くしているような気配の消し方から見るに、おそらくレジスタンスだろう。
「そこにいるのは分かっています! 私たちは東の村から来ました。話し合いをしましょう!」
「嘘だな」
ガブリエラが大声で呼びかけると、前方の木の陰から男が一人出てきた。
手には抜き身の剣を持っている。
「嘘ではない! 我々はあなた達の協力者だ!」
再びガブリエラが声を張り上げた。
しかし男はの表情は険しいままで、剣を下す気配もない。
「お前たちは森まで立派な馬車で来てただろう? そんな奴がどうして食べ物に困るんだ?」
「……!」
どうやら、最初から全て見張られてたようだった。
作戦は失敗だ。
「話は、捕まえてからゆっくり訊こうか」
その言葉を合図に、周囲の木の陰から一斉にレジスタンス達が姿を現した。
皆めいめいの武器を握りしめている。
「……話し合いはできなそうね」
ガブリエラは残念そうにそう告げると、腰の剣を抜いた。
啓太も一応抜剣する。
「皆、かかれ!」
啓太達が剣を抜いたのを合図に、レジスタンスたちが一斉に襲い掛かってきた。
「はっ!」
「うぉっ!」
ガブリエラが、一人で襲い掛かって来るレジスタンス達をさばいていく。
(めっちゃ強いな)
ガブリエラの剣術は啓太の想像以上だった。
啓太の出る幕など無く、次々とレジスタンス達の剣を弾き飛ばしていく。
「てぃ!」
「うぐっ」
「さあ、これで終わりね」
あっという間に、レジスタンス達を叩き伏せてしまった。
「おとなしく、私達の話を聞いてくれないかしら?」
「くっ……、確かにお前は強いな。認めよう」
剣を叩きおられ、地面に這いつくばる男が呟く。
「だが、ここは俺たちの庭だぜ? すぐに援軍が来る」
「……援軍?」
ガブリエラがそう訊き返した時だった。
「皆、下がって!」
森の奥から、どこか懐かしいような声がした。
そして――
「『
暴風が、一瞬でガブリエラを吹き飛ばす。
その魔法を放った主は、木漏れ日に透き通るような金髪を輝かせながら、森の奥からゆっくりと歩いてきた。
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