08 『キックオフ』
王都ローサから馬車で西へ半日ほど進んだところ。
かつて、ガストン・マンサール子爵が住んでいた屋敷の寝室で、啓太は目を覚ました。
「おはようございます、ケータ様」
目を開けて直ぐに、ベッドの傍に立っていた金髪のメイドが恭しく頭を下げながら挨拶をした。
「あ、ああ。おはようセシル」
いきなりの挨拶に面食らいながらも、啓太は平静を装い挨拶を返す。
いつからそこに立っていたのかは、聞かないことにしよう。
彼女――セシル・コルネイユは、昨日からこの屋敷にやってきたメイドだ。
『賢者殿、あの屋敷に住まれるとなると、管理する人手がいりますな』
『マンサール家のものを残すわけにもいかないじゃろうし、王宮から誰かを派遣しよう』
数日前、ガストンとの顛末を報告した謁見の間にて王にそんなことを言われた。
(確かに、この広い屋敷の掃除は俺たちだけだと難しいからな。でもこう朝から寝室で待機されてるのは、なんだか恥ずかしいぞ。変な寝言言ってなきゃいいけど)
ちらっとセシルの顔を見るが、彼女はにっこりと微笑んだままだ。
「食堂にて、朝食の支度を済ませております。他のお二人もお揃いですよ」
「ああ、わかった。顔を洗ったらすぐ行く」
「あちらの洗面器に水を準備しております」
「ありがとう、用意がいいな」
セシルが指す方を見ると、たしかに机の上に木の桶が用意されていた。
できるメイドの姿が、そこにはあった。
メイド服を着ただけのティアメイド(偽)とは大違いだ。
(確かに、元の世界でも忙しかった時は『メイドでもいてくれたらなー』なんて考えてたっけ。でも実際にこうして世話をされると、なんだかこそばゆいな)
セシルに礼を言ってから退室させた啓太は、顔を洗って身支度を整えると食堂に向かった。
(食堂は、確か二階だったか?)
啓太がこの屋敷についてから既に3日が経過したが、いまだにこの広大な屋敷の中では道に迷ってしまう。
セシルが来るまでは、貯蔵されていたパンや干し肉を適当にめいめい食べていたため、食堂でちゃんとした朝食をとるのは初めてだった。
「ケータさん、おはようございます!」
「おはよう、クロエ」
食堂のドアを開けた瞬間、クロエが勢いよく啓太の胸に飛び込んできた。つい数日前に死を覚悟していた人物とは思えない敏捷性だ。
「もう体調は大丈夫なのか?」
「はい!お腹の痛みもなくなりましたし、ここに来てからは咳も止まりました!」
抱きついたままキラッキラの笑顔で啓太を見上げるクロエ。もし尻尾があればブンブンと振ってそうな勢いだった。
この屋敷についてから、クロエは隙あらばずっと啓太にまとわりついてくる。
(犬だな)
そんな姿に、啓太は実家で買っていた犬を思い出した。
「そ、そうか。それは良かった。油断せずにちゃんと栄養を取るんだぞ」
「はい!もりもり食べます」
クロエが血を吐くことはなくなった。結局、啓太の予想通りストレス性の胃潰瘍だったようだ。
傷は塞げるティアの回復魔法で胃の穴が塞がって以降は、日々目に見えて回復していた。
啓太に巻き付いた腕の細さはまだ栄養失調から回復しきっていないことを伝えているが、まともな食事を続けていれば問題ないだろう。
「お二人とも、仲良しですね」
そんな二人の様子を見て、テーブルに座ったままのシルヴィがニヤニヤと声を掛けてきた。
シルヴィの両親の遺体は、ガストンの兵士たちの証言により、馬車の襲撃地点近くの林の中から見つかった。
最初こそ暗く落ち込んでいたシルヴィだが、今は落ち着いている。
「シルヴィもおはよう。できれば見てないで剥がすのを手伝ってくれよ」
「暫く甘えさせてあげてください。クロエも寂しいんですよ」
シルヴィはそう言ってほほ笑んだ。
あの日、啓太は王にシルヴィとクロエに改革を手伝って貰うつもりだと告げた。
行商人のシルヴィ、農家のクロエはどちらもこの国の抱える課題に一番近い所を知っている人材だ。彼女たちの感覚や知識は必ず改革の役に立つ。
それに、身寄りのない二人を放ってはおけない。
『それでは、シルヴィとクロエを賢者殿の部下に任命しよう。新たな拠点に住まわせ、国からは給金を出そうではないか』
啓太の提案を国王は二つ返事で受け入れてくれた
国王の言葉に横で破顔したティアの顔が思い出される。
(あの王女様は、ずいぶん世話焼きだからな、俺が言わなくても同じことを提案しただろう)
今は王宮で王女としての仕事に戻ったであろうティアを思い出しながら、啓太は思わず笑った。
「あー!ケータさん、なんで笑ってるんですか!?」
「何でもない」
啓太の表情の変化に気が付いたクロエをごまかしつつ、啓太は食卓に着いた。
上品なテーブルクロスが敷かれた食卓には、白く柔らかそうなパンと、温かいスープが用意されている。
さすがセシルだ。
「さあ、食べようか。クロエも元気になってきたし、食事が終わったら今後の方針について話し合おう」
「「はい!」」
***
「ケータ様、屋敷の入口に誰かが訪ねてきたようです」
朝食を済ませ、席を立とうとする啓太に、セシルがそう告げた。
「来客か?それなら衛兵が取り次ぐはずだが……」
ガストン一味は一掃されたが、その反動で領内が荒れる可能性がある。
そのため、国王の取り計らいにより現在屋敷の周辺は30人ばかりの衛兵によって警備されていた。
来客があれば一旦衛兵が取り次ぐはずだ。
「いきなり屋敷の玄関まで入ってくるのは怪しいな。様子を見に行くか」
「わ、私も行きますケータさん」
「クロエはまだ全快してないでしょ?ケータさん、私がいきます」
止めても無駄だと思い、ケータはクロエとシルヴィを連れて玄関ホールに向かった。
ドンッ!ドンッ!
廊下に出た瞬間に聞こえてきたのは、扉をたたく重低音。
「盗賊でしょうか?」
「ひぃ!」
シルヴィの言葉を聞いたクロエが、啓太の後ろに隠れた。
「盗賊ならノックなんてしないだろう。それにあれだけの衛兵を突破してきてるなら俺たちに逃げ場はないぞ」
口ではそう言ったものの、啓太の背中には冷たい汗が流れていた。
(いやいやいや、いくら何でも盗賊じゃないよな。でもガストンに奴隷商売を進めた謎の男の一味って可能性も……)
ドンドンドン!
玄関ホールにたどりつくと、ノックの音がさらに早くなっていた。
(これは今のうちに逃げた方がいいかもな……)
シルヴィとクロエと一緒になって階段の手すりに身を隠しながら、啓太がそんなことを考えたとき――
「いつまで待たせるの!?はやくあけなさーーーい!!!」
扉の向こうから聞こえてきたのは、久しぶりに聞く王女様の声だった。
***
「2日かけてお父様を説得して、やっと許してもらったのよ!」
食堂に入るなりテーブルに突っ伏したティアは、開口一番そう言った。
衛兵が取り次がないわけだ。第一王女が来たのだから、そりゃ素直に道を開ける。
「最初はまたいつもの手で抜け出そうとしたのよ。ところが、いつも身代わりをしてくれるメイドが先に屋敷に向かったって聞いたのよ。それで、仕方なくお父様に直接お願いしたの」
ティアがセシルの方を恨めしそうな目で見ながら言った。
どうやら、前回王宮を抜け出したときにティアの影武者をさせられた可哀そうなメイドはセシルだったようだ。
言われてからセシルの方を見ると、確かにティアと同じような金髪だし、年齢や背格好もどことなく似ている。
(中身はセシルの方がずっとしっかりしてるけどな)
ティアに見つめられたセシルは、困った表情で肩をすくめた。
「あれは手ごわかったわね……。最後は、必殺の泣き落としまで使ったの。結局、追加で20人の衛兵を連れていくことと、ポールがついていくことを条件に暫くこっちにいていいことになったの」
突っ伏したまま、顔を上げたティアは自慢げに言った。
ティアの斜め後ろには、初めて会った時と変わらない佇まいでポールが立っている。
(ティアのお目付け役ってところか)
ちなみに、ちらっと窓の外を見ると、ティアが乗ってきた馬車の傍に立つフードを被った御者と目が合った。
(そりゃ、ニーナも来るよな)
相変わらず御者に扮していたであろうニーナに全く気付いていないティアなのであった。
「とにかく、私が来たからには百人力よ!ケータ、ガンガン行きましょう!」
「そうだな。元々、ティアの協力は必要だった。王宮の財政事情に一番詳しいのはお前だろ?」
「そうね、任せてちょうだい!」
顔を上げたティアは、えっへんと無い胸を張るのだった。
***
「よし、これで全員揃ったな」
屋敷の応接室、以前ガストンと話した部屋に集まったメンバーを見渡して、啓太は口を開いた。
ぐるっと円形に並び替えたソファには啓太、ティア、シルヴィとクロエが腰かけている。
部屋で待機しようとしたセシルとポールには出て行ってもらった。別に聞かれて困ることを話すつもりはないが、これからやろうとすることを考えると改革のコアチームとなるこの4人だけの方が良いだろう。
「まずは、このチームの目的を確認しよう。シルヴィとクロエにはちゃんと話したことが無かったしな」
シルヴィとクロエが大きく頷くのを見て、啓太は続けた。
「皆も知っての通り、ヘリアンサス王国は今力を失ってきている。詳しくはティア、説明できるか?」
「ええ、わかったわ」
指名されたティアは立ち上がると、王国の現状を語りだした。
元々この国は豊かな農業生産によって発展してきたこと、それに頼りっきりだったために商業や手工業があまり発展していないこと、そして近年の周辺国での農業革命により農業での優位性を失ったこと。
「いつの間にか国の収入は伸び悩んでいたの。それなのに、王宮での支出は増えるばかり。正直、もう国庫にはお金なんてないわ」
そう言ってティアは、悲しそうに肩をすくめた。
「ここまでが背景だ。シルヴィとクロエ、何か質問はあるか?」
「はい!」
シルヴィがまっすぐ手を挙げた。
「私は南のココス王国出身なんですけど、よくヘリアンサスでも商売をさせてもらってました。確かにココスほどではないですが、商売相手に困りはしなかったです」
「ああ、俺も実際に王都の街を少し見物したから知っている。この国でも商売自体は盛んにおこなわれている。だから、問題は他にあるんじゃないかって思ってな。そのうちシルヴィから周辺国の商売事情をきかないとな」
「あの、私もいいでしょうか?」
「なんだ?クロエ」
「私たちの村は、確かに領主様によって酷い目にあいました。ですが、それまでは決して貧しくはなかったと思います。食べ物は常に豊富でしたし」
「そうね、農家にとっては大きな問題は無かったと思う」
クロエの質問に口を開いたのはティアだった。
「でもね、この国は今作物で年貢を取っているでしょう?ここと同じように、国内はどこも小麦が余っているの。だから輸出ができなくなると小麦が売れないのよ」
「なるほど、それでは貨幣が手に入りませんね」
「そうだな。それに、農家もいずれは貨幣で物のやり取りをする必要が出てくるはずだ」
クロエは納得したように頷いた。
「俺たちの目先の目標は、国の財政を黒字にすることだ。だが、真に国を立て直すためにも、最終目的はこの国を支える農業や商業の在り方を変えることだと思っている」
ティアたちの目には、感心の色が浮かんでいた。
(チームマネージャーなんてやったことなかったけど、見よう見まねでもなんとかなるんだな)
「よし、それじゃ早速――」
「どこに行くの!?」
何か勘違いしているのか、ティアがそんなことを言ってくる。
「いや、まずはチームビルディングだな」
「ちーむびるでぃんぐ、ですか?」
首を傾げてシルヴィが疑問を呈する。
「ああ、チーム作りとも言うな。これから短くない間この4人で働くんだ、まずはお互いのことをよく知るべきだ」
改革を成功させるためには、まずチームが打ち解けていないといけない。啓太のいたコンサル業界では、よくプロジェクトの最初にランチやディナーを設定して、チームの親睦を深めることをよくやっていた。
この4人は、身分も出身も全く異なる、まだ出会ったばかりのメンバーだ。まずはお互いのに理解を深める必要があるのは、間違いない。
「仲良くなるって言っても、何をやるの?」
啓太はそんなティアの疑問にいたずらっぽく笑うと、こう言った。
「『かくれんぼ』って知ってるか?」
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