001ラブコメっていたい!

 五月病を乗り越えて、やっと新しい生活に馴染みだした高校一年の夏。



「にしてもあっちーなー! これが地球温暖化ってやつ?」

「そうだな」



 体操服を摘まんで引っ張っては戻しを繰り返す友達の話を右から左へ流しながら別のことに頭を働かせていた。


 ――人生で初めて告白されるかも知れない。



「体育館にもクーラーつけてくれないかな?」

「それな」



 ついさっき、六時間目前に届いた一件のメッセージ。『放課後、大切な話があるから校舎裏で待ってて』これは完全に匂わせている。もし告白じゃないとしたら勘違いした俺が悪いのではなく、勘違いさせた方がこの場合は絶対に悪いと思う。

 いやでも、なぜだ? 理由が分からない。

 一目惚れ――されるほど俺の顔は出来上がっていない。

 優しい性格に――特別優しくした覚えもない。



「あーくそ! アイス食いてぇ―」

「だなー」



 とすると、やはり嫌がらせの線が濃いと考えられる。だとしたらキツイな。

 数日前、告って振られたことが発覚した男子がこれでもかってぐらい笑いものにされていたのを思い出す。

 三日ぐらいはクラスでいじられる覚悟をしておかないといけない。



「……聞いてる?」

「聞いてるよー」



 でもそんな事するような人ではない気がするんだよな。

 貰ってすぐに送り主の名前を十回は見返した。間違えない、朝比奈朱音さんだ。彼女は明るく活発な元気っ子のイメージが強く、人との関係性に重きを置くタイプだ。そんな人が嫌がらせでこんなことすると思えない。



「帰りにアイス奢って」

「ああ」



 いやしかし、考え方を変えてみよう。もし朝比奈さんの仲良くしているグループで「罰ゲームで嘘告しようぜ~」なんて話があったとして、その罰ゲームを受けたのが朝比奈さんだとしたら。彼女はそのグループ内のノリを壊さないために罰ゲームを実行するのでは?

 仲良くしているグループとの関係と、俺との関係、どっちを切るか迫られれば、それは火を見るより明らかだろう。



「言質ゲット! もち、ハーゲンダッツだよな」

「ハーゲンダッツね――って、おい!」

「あ、やっと耳を傾けた」



 まったく、俺が生返事なのをいいことに。



「ハーゲンダッツはお財布に優しくないからガリガリ君にしろ」

「えー、ハーゲンダッツがいいんだけどー」

「ガリガリ君も十分おいしいだろ?」

「ガリガリ君はアイスクリームじゃない。アレは氷菓だっ」

「どっちも変わらん」

「いでっ!」



 駄々をこねる誠一の頭をチョップで殴った。

 因みにアイスクリーム類と氷菓は乳固形分が三パーセント未満か以上かで決まります。



「大体、なに上の空で天井見上げてたんだよ。黄昏ちゃってさー」

「別に。ちょっとした考え事」



 本当にちょっとした考え事なのだ。放課後になれば全てが分かるし、今ここで一人頭を悩ませたところで何も変わらない。結局待つしかないのだ。

 俺と同じように体育館の天井を見つめ、少し考えた様子の誠一は思いついたように手を叩いた。



「あ、分かった。上でバレーやってる女子のこと考えてたんだろ!」

「ち、ちげーし!」



 うちの高校の体育館は一階と二階に分かれていて、基本的に一階は男子、二階は女子の授業が行われている。

 当たらずとも遠からずな回答に、俺は一瞬口ごもってしまった。



「へい図星~! 捺月もませてるなー、ったく」

「違うって言ってるだろ」

「いいよなー、バレーをする女子って。ってか運動する女子全般」

「お前って体育会系が好みなの?」

「うーん、ちょっと違うかな。運動ができる女子がっこいいい! とかじゃなくて、俺が目的とするのは、激しい動きをしたときに揺れるおっぱいさっ!」

「お前の方が何倍もませてんな」

「あれ、捺月は興味ない感じ?」

「あるとかないとか、そういう話じゃなくてだな。クラスメイトをそんな目で見れないというか」

「えー、でも好きな子のそういう姿とか、想像しちゃうくない?」



 誠一がないげなく口にした〝好き〟の言葉にメールをくれた彼女のことを頭に思い浮かべる。



「好きな人いないし」

「へー、ホントかなぁー?」



 にまにました顔で俺のことを覗き込む誠一から、ばつが悪くなり目を反らした。これ以上詮索されてボロがでない内に、話の中心を自分から誠一に移す。



「かく言うお前はどうなんだよ。好きな人とかいるのか?」

「うーん、そうだなー。俺のタイプは胸が大きくて優しい子なんだけどー……あっ! 朱音とかいいかも!」

「え?」

「だから朱音だよ。朝比奈朱音」

「よりにもよって……?」

「なんだよ、その言いぐさは。いいじゃん、朱音。可愛くない?」

「いやさ、そうじゃなくて。お前ら幼なじみだろ?」

「まぁ小学校のときからの仲だな。でもだからって、その言いぐさは朱音にも俺にも酷いだろ?」

「わ、悪い。ただお前が朝比奈さんのこと胸が大きくてタイプだと思っているとは……」

「俺は胸の大きさだけで判断してねーよ。言ったろ、俺のタイプは巨乳の優子だって」

「でも朝比奈さんをそういう目で見ていることには変わりないじゃん」

「まぁな!」

「胸を張るなよ」



 でも……と、俺は再び天井を見上げる。

 そうか、誠一は朝比奈さんのことが好きなのか。いや、誠一のことだから冗談かも知れない。というか思い付いたように口にしていたから冗談なのだろうが。

 どちらにせよ、誠一の言う通り朝比奈さんは可愛いくて、おっぱい大きくて、優しくて、それから気さくに話しかけてくれるからみんなとの距離が近くて。だからどこかの誰かさん見たく、絶対に届かない高嶺の花のような印象はなく、ガチ恋対象として見れてしまう。

 きっと朝比奈さんに恋心を抱いている人は何人もいるのだろう。


 恋心……恋心か。恋心ねー……。



「どうした、捺月。やっぱり上が気になるのか?」



 肘で横腹をついて茶化してくる誠一の言葉を無視して、俺は問いかける。



「好きってなんだろな?」



 ――分からない、その感情が。



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