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 無理だ、と声が落ちた。

「そんなの無理だよ」

「そうかな」

「だって俺が大事にしたいのは、遥だけじゃないんだ。りょう煌晟こうせい幹斗みきと修司しゅうじ冬喜ふゆきも、みんな大事だ」

 雪彦の上から退くと、腕を引っ張って起こした。

「ゆき兄だって大事だよ」

「なんか、そう言わせちゃったみたいだね」

「言わせなもんか」

 肩を竦ませて嵐志は押し倒してごめん、と謝罪した。何か飲むかと聞かれて、ソーダと答えた。

「俺は遥に逢いたい」 

「そこでアンドロイドとか死者蘇生とか言わないところが嵐志くんらしいね」

「機械作るの頭使うもん。俺頭よくないし。それに死者蘇生とか、ミイラじゃん。グロいからやだ」

「ねぇ、嵐志くん。こんな話を知ってる?」

「なに?」

る所に、一人の医者がいた。彼は一人の美しい娘に恋をしていた。けれどその娘はまもなくやまいで亡くなってしまう。朽ちてもなお美しい娘を哀れんで、霊廟れいびょうで二人きりで過ごしたそうだ」

「……なんか気味悪い」

「続き聞くかい?」

「……聞く」

「いずれ時は経ち、娘の身体は朽ち果てる。それを恐れた医者は自らの技術で身体を取り繕う。眼孔に青い硝子を、肌に絹の布を。内臓にガーゼを。医者は恋をうたって手を染め続けるのさ」

「……ねぇ、これ怖い話?」

「その果てに作り上げられたのは醜悪みにくい『怪物』で、美しい娘の面影おもかげはない……やがて周囲に暴かれて、医者と『怪物』は裁かれたそうだよ。やまいだと娘を見棄みすてた人たちの手で」

 沈黙が落ちる。からん、と氷が溶ける音が虚しく響いた。

「……って、そんな歌を聴いたことがある」

 嵐志はしばらく黙っていたけれど、やがてふるふると首を横に振った。

「やっぱり、俺は進む方がいい。でも、ゆき兄の言ってること、わかるよ」

 ソーダをたっぷり入れ直したグラスを二つ持ってきた嵐志が言った。

「いない人はもういないから、そうやって過去に逃げたくなる気持ち。大樹兄者とおんなじだ」

 そうか、と雪彦は嵐志の顔を見て察した。彼の母親が亡くなったとき、大樹はずっと部屋から出てこなかった。一等いっとう母のことを気に掛けていたのだから当然なのかもしれない。それを引きずり出したのが雪彦と嵐志だ。

「みんな、おなじなのかも……」

 雪彦は呟いた。

 誰だって誰かの死を経験する。その度に泣いて、傷ついて、もういないと実感して、虚しくなって、寂しくなって、その人の分までも生きようと、もう一度歩き出す。

「ゆき兄、俺、死なないよ」

 おもむろに嵐志が口に出した。

「そうしてくれるとがたい。嵐志くんといると、退屈しない。こうして夏のソーダをいっしょに味わうことができる」

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