8
ぼんやりとした足取りで嵐志の元に向かう。集められた千羽鶴の一房を、嵐志がそっと持ち上げていた。しゃら、と手の中で連なった鶴が音を立てる。
「俺、これ、嫌い」
しゃらり、と嵐志の手から一房がすり落ちる。また遠くで鐘の音が響いて、遺跡に似た土塊の匂いを含んだ風が吹き抜けていった。
「じゃあ、どうしてここに来たがったんだい?」
来たいって言い出したのは嵐志だ。先ほどの資料館も層だったが、彼は自分が苦しむとわかっている上でいろんなところに行きたがる節がある。それが嵐志の、自分との向き合う術なのだと雪彦は最近気づき始めた。
「母さんに、千羽鶴を折ったことがあるんだ。って言っても、千も折れなくて、つたないかがり糸で通しただけの」
ぼろっぼろのやつだったけれど、彼らの母は喜んで飾ってくれたらしい。それから少しずつ、鶴を折って糸に繋げたものを一つ、見舞いに持っていくのが決まりになっていったそうだ。雪彦の目の前を、揚羽蝶がふらふらと横切っていった。
「鶴を折るのは楽しかったと思う。兄者が学校の遊戯室から折り紙を持ってきてくれて、いろんな色で折ったんだ。机いっぱいになるまで。たくさん折ったら、母さん喜んでくれるし、褒めてくれる。嬉しかった」
でも、と嵐志は言葉を一端切った。
「切れたんだよ、糸」
底冷えするような声だった。その頃にはとうに千を越えた鶴たちを一つの糸で吊していたのだ。重みに耐えきれなくて落ちたのだろう。嵐志はしゃらしゃらと千羽鶴の房を指で撫でていた。
「落ちている千羽鶴を見たとき、兄者、怖い顔をしてた」
「……その千羽鶴はどうしたんだい?」
「燃やした。あっけなく燃えてさ、灰になって、風に吹かれて飛んでった」
「……そっか」
ふと思い立って鞄の中から手帳を出しページを一枚破りとった。三角に折り、もう一度三角に折る。袋になっているところを広げて、潰すように四角に折る。裏面も同様……。折り始めると、結構覚えているもので、一分もかからずに白い折り鶴が手の中に鎮座していた。嵐志に差し出すと、彼はそっと受け取った。
「この世界は、嘘ばっかりだ。神様は存在しないし、戦争は終わらないし、永遠なんてないし、誰かの幸せは誰かの嘆きで、いつかみんな死んじゃうんだ」
「でも、君が遥くんのことを思う気持ちは本物だろう?」
先日亡くなった彼の友人の名を出せば、嵐志の表情は途端に彩りを取り戻す。
「遥に、届くかな」
「届くさ」
「……嘘じゃない?」
「それを決めるのは君だよ」
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