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 二週間と少し前のことだ。雪彦が仕事から帰ると、夏休みでもう夕刻なのに、何故か制服姿の嵐志が玄関に立っていた。

「ゆき兄、一緒に来てほしい」

 そう言って嵐志は雪彦を何故かスーツに着替えさせて、ぐいぐいと腕を引っ張って家を出た。行き先は教えてくれなかった。けれどすぐにわかった。十分も歩かないでたどり着いたのは、この街で唯一の葬儀場だった。

 戸惑いながらも嵐志の後ろについて、雪彦も廊下を歩く。喪主の名前と受付の人物を見て、雪彦はこの葬儀が嵐志の友人であることを知り、そして同時に、その友人がよく家に遊びに来ていたことを思い出した。

 七種さいぐさはるかくん。嵐志の小学時代からの友人で、中学高校とも同じ陸上部だった。棒高跳びの選手で陸上の大会でもよく見かけたし、とても運動部とは思えないほどの穏やかな笑顔が印象的だったのを、雪彦も覚えている。笑うと右頬にえくぼができるのだ。

 受付をしていたのはその友人の姉で、泣き腫らしたように目元を赤くしていた。嵐志が挨拶しに行くと、彼女はごめんねと謝った。

「ほんとにごめんね、嵐志くん。いつも仲良くしてもらってたのに、遥ってば……あの恩知らずのすかぽんたんッ!」

 そう言って和ませようとしたけれど、彼女の目から大きな雫がぼろぼろとこぼれ落ちた。雪彦がハンカチを差し出すと、またごめんなさい、と謝って受け取った。嵐志はなにも言わなかった。

 嵐志と一緒に通夜に参加して、焼香しょうこうを上げる。嵐志の他にも制服を着た男子高校生たちが着ていて、やがて嵐志も呼ばれてその中に混じっていった。

 棺に眠る遥は、やっぱり穏やかな顔をしていた。でも今日はえくぼはない。陽に灼けた肌もすっかり白くなってしまって、この世のものではなかった。ふと、彼の左手首に嫌なものが見えた。巻かれた白い布が、嫌な連想を働かせる。

「あいつ、心中したんだってさ」

 そう、聞こえた。

 高校生たちが集まっているところから、微かにそんな話題が漏れてくる。嵐志はというと、信じられないというように目を見開いていた。

「心中?」

「女と一緒に死んだんだってよ。一緒に手首切って」

 雪彦は背筋が粟立つのを感じた。けれど嵐志を呼び戻す前に、彼はくるりと回れ右をしてつかつかと大股で棺に向かってくる。棺の前に立って遥の死化粧を見るなり、ガンッ、と棺の側面を蹴った。それからさっきまで死んでいた表情が急速に戻っていくみたいに顔を歪ませて、叫んだ。

「遥のバカッ!」

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