アップスタート〜奴隷から始まり最後に世界を救うまで〜

天月 乙矢

序章: リスタート

第1話 プロローグ

「幸」と「辛」は棒一つで意味が真逆になる。

しかしその一つは誰でも足すことはできない。

足して意味を覆すことができるのは、己のみである。









石の床、鉄格子、ジメジメした空気、腐敗した匂い、そこかしこから聞こえて来る悲壮な声や発狂した声、まるで人の様々な種類の絶望を闇鍋のようにした場所。

そんな所に俺はいる。どれだけ時間が経ったのか、ここがどこなのか、皆目検討がつかない。

一つだけ本能的に分かることがある。それは「死」もしくは「死」よりも辛いなにかが待っている事だ。

それが分かっているから何度も死のうと思った、でも死ぬための道具がなにもない。

自分で首を締めたり、壁に頭を打ち付けて死ぬことも考えたが、結局びびって出来なかった。



ここには、よくマジシャンのような服にシルクハットをかぶった太った男が毎回違う誰かを引き連れてやって来る。



なにもする事もないので、俺はいつもその2人の会話に耳を傾けている。そこから分かった事は、俺たちは奴隷として売られているという事だ。

というのもシルクハット男はどの客に対しても「どんな奴隷をお探しですか」と聞いていたからだ。

多い時には10数人ごっそり抜けていく。

しかしすぐに奴隷の数は増える。

もうすでに俺の通路を挟み向かい側の部屋の住人は3人ほど入れ替わっている。

俺はというと...



「奥様!こちらの奴隷は如何でしょう?歳は11でございますが、顔立ちが良く身体もしっかりしているので性奴隷、飽きれば傭兵にするなど様々な使い道がございますぞ!」



シルクハットをかぶった男が俺を指して言った。

その横にはピンクにレースのついた帽子とピンクのドレスを着た太った女がいた。

そう、今日ついに俺の番が来てしまったのだ。

会話の通り俺はどうやら「死」よりも辛い道が待っているらしい。



「あらまぁ、可愛いわねぇ〜将来は絶対イケメンじゃなぁ〜い!しかも黒髪赤目それも三白眼ってドストライクよ!むひっむひひ!」



女が舐めるような目で俺の全身を見たあと、不気味に笑い出した、今後のことでも妄想しているのだろう。



「どうです?お値段は将来性を見込んだ金貨100枚でお譲り致しますよ!」



「即決よ買うわ!坊やぁ、後でたっぷり可愛がってあげるからね、もうちょっと待ってなさい。むひっむひひ!」



どうやら決まってしまったようだ、お金が渡される音がした後扉が開く音がした。



「おい!出てこい!お前のご主人様がお待ちだ!」

「名前は私が決めてもいいかしら?」

「ええ、構いませんよ。」

「それじゃあ...“アリスシス"にするわ!

そして呼び方は“アリス"よ!」

「!!!!...そ、それはまた...」

「あら?いーじゃない、敵国の騎士の名前をつけたって。あんなイケメン他にいないわ、いずれ捉えて凌辱してあげるわ!それまでは、このアリスちゃんで我慢するわ。むっひっひっひっひ!」



俺はただただ気持ちが悪かった。自分でも想像してしまった。もう嫌だ、早く死にたい。

さっきからどうやったら死ねるかしか考えていない。

2人の後をついていき階段を登り、扉を開けるとおそらく店内であろう場所へ出た。



「それでは奥様、良い時を。またのお越しをお待ちしております。」

「ええ、いい買い物をさせてもらったわ、また宜しく頼むわね。さぁアリス行きますわよ。」



そう言って俺の手を取ってきた。

女の手汗がすごい、一刻も早くこの手を離したいものだ。そのまま10分ほど歩いて、馬車の目の前で止まると



「アリス乗りなさい、帰るわよ。」



そう言って馬車の荷物置きに乗せられる。

馬車の荷物置きには、他にも買ったものであふれていたので、とても窮屈で、楽に足も伸ばせなかった。

5時間ほどその体制でいた後ついに馬車が止まった。

荷物と一緒に俺も下ろされる。

そこで見たのは少し高い所にあるかなり小さい中世の城のような灰色の建物だった。まぁまぁ立派である。

ここであえて城のようなものとしたのは、単純に俺が城と言うものを本でしか見たことがないからだ。

もちろん奴隷になる前の記憶である。

荷物を全て下ろし終えた後、あの女に再び呼ばれた。



「アリス、私のおうちは行きますわよ、これから色々たっぷり教・え・て・あげますから楽しみにしてなさい。むひひひ」



そう言って俺はベッドと変・な・器・具・がある部屋に連れてこられた。

変な器具は何に使うかは全くわからないが、直感的にものすごく不気味なものに思える。



「はぁ、はぁ、あ、アリスちゃん、今おねぇさんが気持ちよーくしてあげるからねぇ。」



鼻息を荒げた自称お姉さん。口が裂けてもお姉さんと言えないようなバケモノが俺に迫ってきた。

とっさに後ずさるが、自称お姉さんがそれを許すわけもなく、その巨体で俺をベッドに打ち倒しズボンをぬがそうとしてきた。もう終わりだ。



(コンコンコン!! 奥様いらっしゃいますか?

王国軍が攻め込んでまいりました!急いで避難してください!)



俺が諦めかけた時、ドアの外から男の声が聞こえた。

それを聞いた女は舌打ちした後、部屋にあるクローゼットの中から剣を取り出して近づいてきた。



「ちょうどいいわ、あなた私の護衛をしなさい。残念だけど続きはその後よ。」



そう言って女は武器を俺に渡してきた。

一応両親から剣の扱いは一通り習っていたから、最低限自分を守ることくらいはできる。



女に引きつられて城の外へ出て城壁であろう場所を見ると、絶叫する声が所狭しと響き渡って、胴と頭が切断されたもの、頭が原型を留めずに砕かれているものが地面に転がっているなど異様で残酷な光景が遠くに広がっていた。城壁からは少し距離があるが死臭がここまで匂ってくる。

「....うぇ」

あまりの光景と匂いにたまらず胃の中のものが外へ出る。



「汚いわね、ほらさっさと歩けこのグズが!」



女は膝に手をついている状態の俺を後ろから蹴り飛ばし、手を引っ張って連れて行った。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




しばらく歩くと横から騎馬が数十体やってきた。



「奥様!王国軍はあの"赤い悪魔"が軍を率いております!城壁を突破されすぐ近くまで攻め込まれております!早く馬にお乗りくだ..「隊長!早く逃げてください!王国軍がもうそこまで迫っています!」



兵士がそう叫んだ方を見ると鎧の違う騎馬達が激しく、生死をかけた剣を交えていた。その顔つきは何とも言い表せない異様なものだった。



「アリス、アリスがいるのね!!今すぐ捕まえなさい!もうこの城はいいわ!アリスよ、アリスを捕まえてきなさい!!」

「奥様!この状態で戦えば全滅ですぞ!あなた様もお守りする事はできなくなります!」

「いいから行きなさい!何のために高い金を払っていると思っているの?これは命令よ!」

「.....わかりました。私はこの身を帝国に捧げております。命令は絶対。...いってまいります。」




「その必要はない。」 「...へぇ?」




帝国の騎士を名乗る男が後ろを振り返ると、他の騎士たちは全滅していた。

そこにいたのは王国の騎士達数十体と、先頭にいたのは、赤髪が耳が隠れるそうになるくらいまであり、

とても端正な顔立ちで三白眼、顔以外全身を鎧で包んだ周りとは一風変わったオーラを放つ男だった。

赤髪の男がその口を開く



「お前らが奪ったこの領地、正義の名の下に貴様らを殲滅して取り戻す!!」

そう言って赤髪の男は剣を横一線に振り切る、その後にもう一度今度は振り切った剣を逆方向に振り切る。

俺はあまりの早さに剣筋が見えなかった。

分かったのは剣が横一線に振り抜かれた事だけ。

目の前の男と女の首が地面に落ちた。

赤髪の男がこちらを向く、次は俺の番だ、やっと死ねる。さっきから今持っている剣で何度も死のうとしたが、そんな勇気は出なかった。

剣を手放して目を瞑った。



あれ?何も起こらない?いや死んだんだろう。

死んだ後の世界ってどんな所だろうか、目を開けてみることにした。



驚くことにまだ俺は死んでなかった、それどころか赤髪の男が馬を降りて俺のそばに来ていた。

顔を見ると、あまりのかっこよさに男の俺も見惚れてしまった。











これがのちに世界の運命を握る男2人の出会いである








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