第553話 外伝7部 第四章 3 中央





 結婚に関する詳細が決まり、アドリアンとオフィーリアは正式な婚約者となった。マリアンヌは王宮に帰り着くとラインハルトと共に国王にそのことを報告に行く。


 国王は広間で2人と謁見した。労をねぎらう。


 ラインハルトはそのまま仕事に向かった。アドリアン達に丸投げした仕事の整理が残っている。




 マリアンヌは一仕事終えた気分で離宮に戻った。普段どおりの日常がそこには待っているはずだった。


 実際、出迎えた子供達の様子はいつもと変わらない。


 周りから甘やかされて育ちつつある末っ子も、上にも下にも個性が強い兄弟に挟まれて妙に聞きわけが良くなった四男も、いつもどおりと言えばいつもどおりだ。


 マリアンヌは勝手にそんな息子達をぎゅっと抱きしめてスキンシップを取る。久々の再会を喜んだ。


 だが、暢気な気分でいられたのはそこまでだ。荷物の片付けなどをメアリに丸投げし、自分は少し休もうと思っていたら国王から呼び出しがかかる。


 さっき挨拶をしてきたのに、改めて呼ばれることに嫌な予感を覚えた。




「それ、断れないわよね?」




 国王からの呼び出し状を持って来たアントンにダメ元で聞いてみる。


 正直、ちょっと横になりたかった。急いで帰ってきたので、身体的な負担が大きい。細身でも実は鍛えているラインハルトやルイスと違い、マリアンヌとメリーアンはぐったりしていた。


 メリーアンは帰国の挨拶もパスさせ、先に休ませている。今頃は乳母に世話されて、昼寝をしている頃だろう。




「お急ぎください」




 マリアンヌの軽口をアントンは取り合いもしなかった。




「はいはい」




 マリアンヌは渋々、腰掛けたばかりの尻を上げる。




「わざわざ一旦帰してから呼び戻すというのは、ラインハルト様に聞かせたくない話なのでしょうね」




 ため息を吐いた。




「……」




 それについては、アントンは口を開かない。聞こえないふりでスルーした。


 それが正しい対応だ。マリアンヌも別に返事を求めたわけではない。


 自分の心の声を吐き出しただけだ。


 さっき通ってきた道を戻って国王のところに向かう。謁見した広間ではなく、執務室だ。どうやらあまり人には知られたくない種類の話らしい。




(本当に嫌な予感しかしない)




 マリアンヌは心の中でため息を吐いた。












 国王はいつもにまして読めない顔をしていた。




「お待たせしました」




 実際にはたいして待たせてもいないのだが、マリアンヌは形式としてそう挨拶する。




「疲れている時にすまないな」




 国王は謝罪の言葉を口にした。




(本当に)




 心の中で相槌を打ったのは内緒だ。表面上はただ静かに微笑む。




「それで、お話は何でしょう?」




 回りくどいやりとりを避けたくて、マリアンヌ自分から切り出した。


 さっさと終わらせて、休みたい。




「面倒なことになった」




 国王はため息を吐く。珍しく、困惑を素直に顔に出していた。




(相当に厄介なことなんだな)




 マリアンヌは覚悟する。無意識に、ぎゅっと手を握り締めた。




「実は、マリアンヌにセントラルから呼び出しがかかった」




 国王は淡々と告げる。




(セントラル?)




 一瞬、マリアンヌは何のことだろうと思ってしまった。だが、それが中央と俗に呼ばれる小さな国の正式名称だと思い出す。


 この大陸には、管理者的な立場の国がある。それが中央と呼ばれるセントラルだ。


 この世界が平和で戦争とかがないのは、このセントラルが他国間のトラブルを解決し、紛争が起こる前に止めていることが大きい。どの国も軍隊というものを持っていないのもセントラルの方針だ。かつて武力を行使しようとした国は全て潰されたと聞いている。


 このセントラルは介入の仕方が絶妙だ。どちらの国にもそれなりに利がある落としどころを用意する。


 マリアンヌは個人的には中央に悪いイメージは持っていなかった。


 もっとも、こういう情報もアルス王国では多くの市民は知らない。マリアンヌも王族に入って初めて、他国のことを学ぶ時に知った。




「わたくし、呼び出されるようなことをしましたかしら?」




 困惑して、国王に聞く。




「こちらが聞きたい」




 国王はため息を吐いた。呼び出しの理由は知らないらしい。




「だが。呼び出しは無視できない」




 尤もなことを言われた。




「そうでしょうね」




 マリアンヌは納得する。




「それで、わたしはいつ、どうすればいいのですか?」




 国王に聞いた。




「出発は一週間後。セントラルから迎えが来る」




 決まっていたのであろう事実を国王は淡々と告げる。




「わかりました」




 マリアンヌは素直に頷いた。




「そんなにあっさり承諾していいのか?」




 国王は何故か心配そうな顔をする。




「セントラルの命令には逆らえないのだから、駄々を捏ねたって仕方ないでしょう? 疲れた身体を休ませる時間はあるようなので、それで十分です」




 出発が一週間後なのは偶然ではないだろう。国王が少し休息してからとかけあってくれた気がする。




「セントラルが何を考えているのかは、正直、私にもわからない」




 国王は独り言のように呟いた。




「わたしなら大丈夫ですよ」




 何故か、マリアンヌには不安は無い。呼び出しを怖いとは思わなかった。




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