第548話 外伝7部 第三章 5 酒席
楽しくなるはずだった酒の席には何とも微妙な空気が流れていた。
(妻を溺愛しているという噂は聞いていたが、これほどだとは)
ウリエルは不機嫌さを隠さないラインハルトを見ながら、心の中で笑う。
(今はプライベートな時間だが、これでも一応、この国の王なのだが……)
憮然とした態度の隣国の皇太子にぼやいた。だがそれほど嫌な気分ではない。
これが、アルス王国の力を誇示したデモンストレーションとかならイラッとしたことだろう。プライベートとはいえ、マウントを取られるのは面白くない。
だが、ラインハルトの態度は妻を他の男が酒に誘ったことに対するわかりやすい嫉妬だ。
その点についてはこちらに非があるので、甘んじて受けるつもりでいる。
だが、隠れて誘ったわけでもないし、マリアンヌからは夫を同伴するという返事を最初から貰っていた。嫉妬されるほど後ろ暗いところはない。
そもそも、少し距離を取っているとはいえ、室内にはメイド達もいた。密会している訳でもない。
(それでも、他の男が妻と酒を飲むのは面白くないんだな)
そう思うと、ラインハルトがちょっと可愛く思えてきた。
そんな拗ねているラインハルトの隣で、マリアンヌは何とも微妙な顔をしている。
それはそれで見ているのは面白かった。
「もっとゆっくりしていってもらいたかったのに、もう帰られてしまうのですね。残念です」
ウリエルは2人にそう声をかける。
「あまり国を留守にも出来ませんから」
ラインハルトが答えた。穏やかな笑みを浮かべる。不機嫌さをすっと隠し、体裁を取り繕った。瞬時にそれが出来るのは、さすが大国の皇太子という感じがする。
(不機嫌さを隠すつもりはないが、皇太子としての仕事もちゃんとするというところか)
公務で訪れたわけでなくとも、そのあたりのオンとオフはきっちり出来ていた。
「それもそうですね」
ウリエルは納得する。
「ですがこれからは親戚として、親しくしていただけたらと思っています。いつでも遊びに来てください」
にこやかに誘った。
オフィーリアの母のテレサは異母姉だ。オフィーリアはウリエルにとっては姪になる。もっとも兄弟姉妹も甥・姪も多いので、親しいのかと言われたら微妙だ。同母の姉であるガブリエルやその子供達と比べたら関係性は薄い。そのため、オフィーリアの能力もアルステリアでは生かしきれなかった。オフィーリアとその周囲の力を強めるわけにはいかない。血が繋がっている分、逆に難しい。血縁者が多すぎて、面倒くさかった。オフィーリアがただの上級貴族なら、もっと使い道があったのに勿体無く思う。彼女に活躍の場が出来たことは喜ばしいことだ。だが、アルス王国のために働かれるのは少しばかり厄介でもある。
ウリエルは複雑な気分だった。
「ありがとうございます」
礼はマリアンヌから返ってくる。だがそのありがとうは上辺だけの言葉だ。遊びに来るつもりは無いのはよくわかる。
「マリアンヌ様とはぜひ親しくさせていただきたいと前々から思っているのですが、なかなか難しいようですね」
ウリエルはぼやいた。
「何故、妻と?」
ラインハルトの眉がぴくりと動く。
男から見ても整った顔に不穏な気配が漂った。それは妙に迫力がある。
「マリアンヌ様のお話は楽しいので」
ウリエルは誉めた。
「楽しい話なんて、何かありましたかしら?」
マリアンヌは悩む顔をする。
「おや、つれないですね。楽しくお酒を飲んだのに」
ウリエルは笑った。
「……」
ラインハルトはマリアンヌを見る。その目は何かを責めていた。
そんなラインハルトをウリエルは楽しげに眺めている。
「陛下。夫で遊ぶのは止めてください」
マリアンヌは怒った。ウリエルがラインハルトをからかって遊んでいることに気づく。
「失礼」
ウリエルはあっさり認めた。
「殿下があまりにも奥方を好きなようなので、つい」
楽しくなったのだと謝る。
「仲睦まじくて、よろしいですね」
少しばかり羨んだ。
「今後はアルステリアともお2人のような関係を築いていただけたらと思います」
本題をさらっと口にする。
「そうなるといいですね」
ラインハルトではなくマリアンヌが返事をした。ラインハルトは口を閉ざし、開こうとしない。
(そう簡単に言質が取れるわけもないか)
ウリエルは小さく苦笑した。
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