第542話 外伝7部 第二章 4 娘の決意





 ウリエルの一言にラインハルトから不穏な空気が漂うのをマリアンヌは感じた。




(うん。逃げよう)




 こういう時は時間が解決すると、マリアンヌは敵前逃亡を決める。まともに相手をするつもりはなかった。


 幸い、今日はメリーアンも一緒だ。娘の部屋に逃げ込めば、さすがにラインハルトも追ってこないだろう。


 マリアンヌはちょっと暢気に構えていた。




「今夜は歓迎のパーティがあるそうよ。メリーアンのドレス、2人で一緒に選びましょうね」




 王への挨拶を終えて、用意された部屋に案内されながらマリアンヌは娘に話しかける。


 ラインハルトとはわざと距離を置いて歩いた。


 少し前を歩くラインハルトの機嫌は明らかに悪い。ウリエルの言葉に引っかかっているのだろう。


 そんな父の様子をちらりとメリーアンは見た。母に助け舟を出すべきか、それとも父の機嫌がこれ以上悪化するのを避けるべきか、9歳なりに考える。


 結果、父の機嫌が悪いほうが最悪だなという結論に達した。


 母に関することだと、娘であろうと被害は避けられない。そしてメリーアンはバカップルの痴話げんかに巻き込まれるつもりはなかった。


 本気のケンカなら心配もするし止めようと思うが、所詮両親のそれは単なるいちゃいちゃだ。仲良くやることをやればおさまるそれに、自分が巻き込まれるつもりはさらさらない。


 まだ9歳だが、貴族や王族の性教育は早い。年頃のお姉さん達に可愛がられて育ったメリーアンはわりと小さな頃からその手の話は聞かされていた。いわゆる耳年増というものになっている。


 父がなんだんかんだ理由をつけて母と仲良くしたいだけだと察しているから、助ける必要はないと判断した。




「大丈夫ですよ、母様。わたくし、メアリと一緒にドレスを選びます」




 にこやかに返事をした。




「えっ?」




 マリアンヌは戸惑った顔をする。




「母様よりメアリの方がセンスいいので、メアリと相談します」




 にっこりと、ラインハルトによく似た顔で笑った。




(地味に傷つく)




 マリアンヌは心の中で愚痴る。




「あなたは母様を見捨てるのね」




 口を尖らせた。




「母様。こういう時はサービスしてあげれば男はコロっと騙されるそうですよ」




 メリーアンはアドバイスした。




「そんな話、誰に聞いたの?」




 マリアンヌは困った顔をする。




「お姉さまたちに」




 メリーアンは答えた。それはフェンディたちの娘を指す。




「9歳になんてことを教えるのかしら」




 マリアンヌはため息を吐いた。




「でも、大事なことなのでしょう? 女はいかに上手に男を操ることが出来るかで、人生が変わるとおっしゃっていましたわ」




 メリーアンは真顔で聞く。




「それもまあ、真実ね」




 マリアンヌは苦笑した。娘の頭に手を置く。よしよしと撫でた。




「?」




 メリーアンは不思議そうにマリアンヌを見る。




「貴女はラインハルト様似で将来美女になることは確定しているし、頭もいい子よ。とんでもない悪女になるか、良妻になるか、二つに一つだと思う。出来るなら良妻になってね」




 マリアンヌは心配した。




「大丈夫ですわ、母様。わたしは幸せになってみせますから」




 メリーアンは意気込む。




「ええ。そこは心配していないわ」




 マリアンヌは苦笑した。娘はどんな形であれ、幸せを手に入れるだろう。それだけのポテンシャルは持っている。でもだからこそ、心配だ。




「貴女にはごくごく普通に、穏やかで幸せな人生を歩んで欲しかったから乳母に預けたのに。どこで間違えたのかしら?」




 首を傾げる。




「何を心配していらっしゃるのですか?」




 メリーアンは訝しんだ。




「普通に育って欲しかったのに、普通じゃなく育った娘の将来が不安なだけよ」




 マリアンヌはため息を吐く。




「女の子の貴女だけは、政治の道具としてではなく、好きな相手と結婚し、幸せな家庭を築いて欲しかったのに……」




 賢すぎる娘は利用価値がある。きっと、便利に道具として使われることだろう。




「逆ですわ、母様。女だから、わたしには利用価値があるのでしょう? 王家にとって、いちばんメリットがある場所に嫁いでみせます」




 メリーアンは宣言した。




「普通に幸せになっていいのよ」




 マリアンヌは苦笑する。




「普通なんて、つまらないじゃないですか」




 メリーアンは首を横に振った。




「わたしは母様みたいに自分の好きに生きてやりたいことをやります」




 嬉しくない宣言をされて、マリアンヌは眉をしかめる。




「わたしは普通に生きているつもりよ」




 マリアンヌはメリーアンの言葉を否定した。




「え? 母様は普通ではないですよ」




 メリーアンは断言する。


 黙って2人のやり取りを少し後ろで聞いていたルイスが堪えきれずに、ふっと噴出した。


 そんなルイスをじろりとマリアンヌは睨む。


 ルイスは素知らぬ顔をした。






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