第537話 外伝7部 第一章 6 同族嫌悪
アルステリアに行く途中にランスローに立ち寄ったマリアンヌはとても疲れた顔をしていた。
「道中、そんなに大変だったんですか?」
出迎えたシエルは心配する。
ゆっくり休みたいから、何も準備せずにただいつも通りに出迎えて欲しいというのはマリアンヌからの要望だ。前もって、手紙が届いている。
だからこそ、特別なことは何もしなかった。いつも通りに出迎える。
ただし、馬車の数も荷物も同行者の人数も全くいつも通りではない。同行者達が滞在する場所をシエルは手配しなければならなかった。
「いいえ。これはただの気疲れ」
マリアンヌは小さなため息をもらす。シエルにハグして、癒されたかった。ちらりと周りに目を配る。
いつもと違い、人目がたくさんあった。ハグしたら問題があるだろう。
マリアンヌはぐっと我慢した。
「あちこちの領主達と交流を深めながら来たから、ふだん使わない神経を使ったの」
苦く笑う。
「それは……。お連れ様」
シエルも苦く笑った。社交が苦手な姉が頑張っていることを知り、何とも複雑な気持ちになる。
それは王子と結婚しなければ、しなくていい苦労だ。
のんびり自給自足の暮らしをしたいと願っていた姉は今、そこからもっとも遠いところにいる。
「……直ぐに逃げ出すと思ったのに」
シエルはぼそっと呟いた。
「何の話?」
マリアンヌは首を傾げる。
「何でもありません」
シエルは首を横に振った。
お茶の時間まで間があったので、マリアンヌは休むことにした。少し寝てくると、部屋に引っ込む。
それにラインハルトがついていった。
シエルは冷たい目でその背中を見送る。
「あのバカ旦那はどうしてついていくんですか?」
毒づいた。
「嫁バカだからじゃないですか」
答えるルイスもなかなか酷い。
公人としてのラインハルトはちゃんとしているが、私人としてのラインハルトはただの嫁バカだ。だが、人間、一つくらいは欠点があるだろう。ラインハルトの場合、それは妻が好き過ぎることだ。その程度のことなら他人に迷惑をかけないので、目を瞑るとルイスは決めている。周りが多少、気まずい程度の問題だ。
「離婚して戻って来ても、迎え入れる準備はいつでも出来ているのに……」
シエルは何とも不穏なことを口にした。
「叔父様は母様が大好きね」
ルイスとシエルの会話を聞いていたメリーアンが口を開く。
「ああ。大好きだよ」
シエルは微笑んだ。その顔はとてもアドリアンに似ている。シエルがアドリアンの父親だと、疑われても不思議ではないほど。
「……」
メリーアンは何とも複雑な気持ちになった。
父にそっくりなオーレリアンと双子でなかったら、アドリアンはシエルの子でないかと疑われたことだろう。その顔が叔父ではなく、祖母に似ていることを知っている人はそう多くない。アドリアンがオーレリアンと双子として生まれたことには大きな意味があった。
「アドリアン兄様が双子として生まれたのは幸いね」
メリーアンは独り言のように呟く。
アドリアンがオーレリアンと双子として一緒に生まれたから、王位継承問題もすんなりと片がついた。そうでなければ、アドリアンの血筋が疑われて揉めただろう。それが事実かどうかはこの場合、重要ではない。そういう疑いが出ることが問題なのだ。
メリーアンの言葉の意味を理解して、シエルはふっと笑う。
「そうだね。双子でなかったら、私の子供だと疑われただろうね」
さらっと爆弾発言を口にする。
「そうしたら、離婚して戻って来たかもしれないのに」
残念そうにシエルは言った。
(あ。叔父様は父様と一緒だ)
メリーアンは気づく。
「……」
冷めた目をシエルに向けた。
「叔父様って父様のこと、嫌いですよね? もしかしてそれって同族嫌悪ってやつですか?」
真顔で聞く。
「……難しい言葉、知っているんだね」
シエルは苦く笑った。
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