第520話 外伝6部 第四章 3 裏の裏は表



 国王は深いため息を吐いた。




「面倒なことになったな」




 ぽつりと、漏らす。


 すでにマリアンヌは部屋を出て行った。


 表彰式他がありますのでと、逃げるように立ち去る。言いたいことだけ言って逃げるのは本当にずるい。


 しかも、外交問題を頑張ってくださいというどでかい土産を残して。布石だけ打って逃げるなんて何とも性質が悪い。


 だが、マリアンヌが矢面に立てないのは事実だ。


 この国は女性が先導に立って何かをすることを望まない。軋轢を生むだけだ。


 なのでマリアンヌの判断の方が相対的に正しい。


 それもまた腹立たしかった。


 マリアンヌの行動を責めることも出来ない。




「マリアンヌは本当に、何の策略もめぐらせていなかったと思うか?」




 国王は全てを聞いていた侍従長に尋ねた。


 長年、側に寄り添って支えてくれている彼は何を聞いても自分からその話題を口にしない。答えるのは、問われた時だけだ。


 その謙虚な姿勢も国王は気に入っている。




「息子からの報告を聞く分には、マリアンヌ様は用意周到な策略家という感じはしません。むしろ、行き当たりばったりの方に思えるので、本当に裏はないのかと」




 侍従長は答えた。


 彼の息子アントンは離宮で執事をしている。皇太子夫妻に仕えて長かった。


 最初はこんなに長く、執事として息子を外に出すつもりはなかった。


 結婚したばかりの皇太子夫妻には先行き不安な要素が多く、そんなラインハルトを支えると共にマリアンヌの動向を探らせるために跡継ぎである息子を離宮に派遣する。


 お妃様レースで選ばれたマリアンヌは完全なダークホースだ。何人か本当の候補を入れておいたのに、ラインハルトはそちらには見向きもしなかった。男爵令嬢を選んでしまう。


 最初のお妃様レースは実は完全な出来レースだ。本来は本当のお妃候補から誰かが選ばれるはずだったのに、それをラインハルト本人とルイスがひっくり返す。いき遅れの辺境地の男爵令嬢を選ぶなんて、誰も予想していなかった。


 マリアンヌに関しては身辺調査もほとんどされておらず、慌てて調査が入る。


 実は大公家の血筋だったと知って、周囲は安堵した。さすがに男爵家の娘を王妃にするわけにはいかない。身分社会は出自が全てだ。彼らにとっては血筋だけが拠り所になる。そんな彼らが安心するよう、マリアンヌを大公家の養女にしてから結婚を認めた。


 実際、彼女は大公家の血を引いている。だから何の問題もないはずだった。


 しかし人の感情は簡単には割り切れないものらしい。


 文句を言いたい人間はだだ文句を言いたいだけだ。他に文句をつけるべき場所がないので、マリアンヌが男爵令嬢だったことに未だに拘る。


 マリアンヌはある意味、理想的な妃だ。


 親や兄弟に野心がなく、マリアンヌを利用しようとしない。本人にも顕示欲がなく、浪費家でもないし、浮気もしなかった。もっとも、浮気に関してはしないというよりする隙がないと言うのが正しいだろう。妻を溺愛しているラインハルトはマリアンヌに他の男が近づくことをよしとしない。徹底的に排除していた。


 ラインハルトは結局、マリアンヌ以外の妻を娶らなかった。その分、王家の血筋が絶えることがないほどマリアンヌが子供を生んでいる。


 結果だけ見れば、お妃様レースは大成功だ。


 しかもマリアンヌは国民の人気が高い。貴族らしくない貴族として有名だ。


 マリアンヌは意外と人たらしらしい。大抵の人はマリアンヌに好意を持つ。


 アントンも結局、家を継がずに皇太子夫妻にずっと仕えたいと言い出した。家は次男に継がせることになる。跡継ぎからアントンを外した。


 息子に期待していたので、ミイラ取りがミイラになってしまったことを残念に思う。だが生き生きと仕事をしている息子を見ると、それがアントンの幸せならいいかと親心が動いた。




「行き当たりばったりのわりには、都合よくことが運びすぎるだろ」




 国王は疑う。




「上手く運ぶというよりは、起こった出来事に対して最善の道を選んでいるというのが正しいようです」




 侍従長は説明した。




「どういう意味だ?」




 国王は首を傾げる。




「つまり、こうなればいいと願う方向に事態を動かすのではなく、事態が動いた方向で、最善の選択をするようです。それが傍から見たら、自分の思うように物事を誘導しているようにみえるのでしょう。原因と結果が、こちらが思っているのとは逆のようです」




 今回の外交云々もたぶん、他国の令嬢が妃になるのを受けてそれなら外交問題にメスを入れる時だと判断したのだろう。最初から、外交問題をどうこうしようと思っていたわけではないに違いない。




「原因と結果が逆か」




 国王は妙に腑に落ちた顔をした。




「なるほど」




 大きく頷く。




「まあ、厄介な問題を丸投げして行ったことに変わりはないがな」




 ぼやいた。




「そこは、寄宿学校で他国暮らしをしたことがあるアドリアン様達にお任せしましょう」




 侍従長は丸投げには丸投げで返すことを提案する。




「それはもうだな」




 国王は妙案だと、楽しげに笑った。

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