第519話 外伝6部 第四章 2 お呼び出し
表彰式などの準備で周りがバタバタしている中、マリアンヌは国王に呼び出された。執務室に向かう。
部屋の中はすでに人払いが終わっていて、いるのは侍従長だけだ。
ローテーブルの上にはお茶の用意も整っている。お菓子が並べられ、お茶を淹れるだけになっていた。
そのお茶を侍従長が淹れてくれる。
「……」
「……」
国王とマリアンヌはしばらくの間、無言でお茶で喉を潤していた。
「優勝したのはアルステリアの上級貴族だそうだね」
独り言のように国王は呟く。もちろん、独り言などではない。
「はい。寄宿学校時代のアドリアンたちの同級生です」
マリアンヌは答えた。
「最初から決まっていたのか?」
国王はずばり聞く。
ちらりと意味深な眼差しがマリアンヌを見た。
「まさか」
マリアンヌは笑う。首を横に振った。
国王が何を言いたいのかはわかっていた。だが、オフィーリアを特別贔屓したわけではない。
「わたしの時は違ったのかもしれませんが、今回はほぼ手を出していません。もちろん、落ちていただけなければならない方には早々にご退場願いましたが。特定の誰かを合格させるために手を打ったりはしていません」
正直に言う。
国王はじろりとマリアンヌを見た。
マリアンヌは平然とその眼差しを受け止める。疚しいところは本当になかった。
「他国の令嬢だなんて、面倒な」
国王はぼやく。
その意見にはある意味、マリアンヌも同意する。国内のことならどうにでもなるが、他国が絡むと簡単にはいかない。
だが今後、そんなことはもっとたくさん増えると思う。
いつまでも他国を排除した外交が続くわけがなかった。
「考えようによっては、国内の派閥のバランスが崩れなかったのだから、いいじゃないですか」
マリアンヌは反論する。
嫡男であるアドリアンが跡を継ぐのは規定路線だ。そのため、王子達を担ぎ上げた派閥争いはない。ラインハルトの妃はマリアンヌしかいないので、王子はたくさんいても全て同母の兄弟だ。実母が自分の手で育てているので、つけ入る隙がない。
乳母でさえ、関わらせ過ぎないようにマリアンヌは注意していた。
そのため、派閥争いは後継者争いとは別のところで行われている。
今はなんとなくバランスが取れて落ち着いていた。
だがアドリアンの妃に誰が選ばれるかによって、そのバランスが崩れる恐れがあった。結果的に他国の令嬢に決まったので、そのバランスが崩れる心配はなくなる。
「まさか、最初からそれを目論んでお妃様レースを開催したのか?」
国王は疑った。
ほぼ鎖国状態のアルス王国で、他国から妃を迎えたら大きな反発が生まれる。だが、お妃様レースでたまたま決まった妃なら、王家に反発はしにくいだろう。皇太子一家が決めたことではない。
しかも決勝の種目はトランプだ。裏から手を回して勝者を操作するのは難しい。不正があったのではないかという断罪も出来ないだろう。
実際、何もしていないので証拠もない。
「いいえ」
否定して、マリアンヌは笑った。
「陛下はどれだけわたしのことを策士だと思っているんですか? たまたまですよ。たまたま、都合のいい方にサイコロが転がった感じです」
言い切る。
「お妃様レースの開催にそんなに深い意味はなかったし、最初から他国の令嬢を妃として迎えようと思っていたわけでもありません。その証拠に、本戦二日目の筆記試験では、国内事情に精通していないと解けない問題を多めに取り入れました。他国の令嬢より自国の令嬢の方が有利だったはずです」
意味深な顔でふっと笑った。
「でも、蓋を開けてみたら他国の令嬢たちの方が点数は良かったんですけどね。予選の予選で行った筆記試験の時に、本戦では国内事情の問題も出るそうだという噂をしれっと流してみたのですが。他国ではその情報、しっかりと掴んでいたみたいですね」
笑みを浮かべたまま、目を細める。
「これはどういうことなのでしょう? わが国の情報、だだ漏れではないですか? わが国がスパイ天国になっているのではないかと心配です」
他国の令嬢を妃に迎えることを心配するより、自国に入り込んでいるスパイをどうにかした方がいいのでは?とマリアンヌは苦言を呈した。
「それは気にしなくていい。情報をある程度流すのはこちらの方針だ」
国王はそれを一刀両断する。
流していい噂しか流れないようにしていると、言外に説明した。本当に大事なことは誰の耳にも入らないようにしている。
「それなら安心しました」
マリアンヌは頷く。
「今の鎖国状態を今後も維持するのは正直、無理でしょう。少しずつ、国交は開くことになると思います。それなら、他国からの圧力で無理やり国交を開かされる前にこちらの主導でアルス王国に都合のいい形での国交を結ぶべきです。その足ががりとして、他国の令嬢を妃に据えるのは悪くありません。オフィーリアはそういう外交関係や経済学を専門に学んでいたようなので、対外的な部分で大いに役に立ってもらいましょう」
にこやかに国王に笑いかけた。
「……本当に策は弄していないのか?」
国王は疑う。
「本当ですよ」
マリアンヌは微笑む。何も嘘はついていないのだが、自分でも嘘っぽく聞こえるのはわかっていた。いろいろ考えると、オフィーリアは都合がいい。だがそれはオフィーリアが優勝した後にマリアンヌが考えたことだ。どうせなら、妃として大いに働いてもらおうと考える。
「それにどの道もう決まったことだから、覆すのは無理です」
マリアンヌははっきり言った。
「わかっている」
国王は頷く。
「いろいろ頑張ってください」
マリアンヌは他人事のように言った。
外交云々の話をしたが、マリアンヌはそれに関わるつもりはない。それは自分の仕事ではないと割り切っていた。
「他人事だな」
国王は恨めしげにマリアンヌを見る。
「他人事ですから」
マリアンヌは大きく頷いた。
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