第514話 外伝6部 第三章 3 最終決戦前
最後の10人が決まり、市井は大いに盛り上がった。
「なあなあ。結局、誰に決まると思う?」
酒場で、そんなことを言いながら酔っ払いが予想し合う。
その手には参加者リストなるものが握られていた。
リストには最終版と銘打ってあって、最終決戦に残った10人の名前と似顔絵、簡単な経歴が書いてある。
現代日本なら完全に個人情報保護法に引っかかるところだが、この国にそんな法律はない。
むしろ、今日の今日でどうしてその情報が市井まで流れてきているのかそちらの方を気にするべきだろう。
「今回は他国のお姫様や上級貴族も参加しているんだろ? 案外、そういうところに決まるんじゃないのか?」
誰かが無責任な予想を口にする。
「異国の姫か。どんなだろうな?」
下世話な男がにたにた笑う。
「どんなって、予選に参加して街を走っていたんだから、見ているだろ?」
誰かが突っ込んだ。
「50人もいたら、誰が誰かなんてわかんねーよっ」
男が反論する。
パッと見、見慣れない恰好の令嬢はいなかった。だが、街の中を走り回ることを知っていた令嬢はいつも通りの恰好ではなかった。動きやすさを重視したシンプルなドレスで参加した令嬢が多い。シンプルな分、どれも似たようなドレスに街の人には見えた。実際には生地の素材などで値段にかなりの落差があったのだが、見た目でその違いを見抜ける者はほとんどいない。
「ああ、でもこの髪の短い子はオレ、覚えているよ。参加者のほとんどは髪が長いから、逆に目立っていた」
そう言って、アルステリアの上級貴族・オフィーリアを指差す。似顔絵の髪が一人だけ短かった。
「オフィーリアなんていうたおやかなイメージじゃなかったけどな。気が強い女性に見えた」
けたけた笑う。尻に敷かれる王子を想像した。
「まあ誰に決まってもいいんだけどさ。どうせなら、マリアンヌ様みたいに、ちったあオレたち平民のことも考えてくれる人だといいよな」
誰かが希望を口にする。
「それは難しいだろう。マリアンヌ様が変わっているんだ。普通の貴族はオレたちのことなんて考えたりしないよ」
別の誰かが諦めを口にした。
「でも、そのマリアンヌ様が主催しているんだろ、お妃様レース。何かしかけていても可笑しくないよな」
なかなか鋭いことを口にする者がいる。
なんだかんだいって、明日の結果を皆が楽しみにしていた。
酒場はレース予想で盛り上がる。酒が飛ぶように売れて、酒場の女将はほくほくしていた。
とにもかくにも、お妃様レースの最終決戦に進む10名が決まった。
「さて。とうとう明日、決勝戦が行われます」
マリアンヌは家族他を集めて、そう言う。その手元には10人の資料があった。
会社でプレゼンをしているような懐かしい気分をマリアンヌは味わう。
家族他の視線がすべてマリアンヌに向けられていた。
ちなみに家族はラインハルトと3人の息子達だ。エイドリアンが『何故、私も?』という顔をしている。
他はルイスとメアリの2人だ。どちらも直接、参加者と触れ合っている。
「すでにここに至るまでに、選ばれると不味い相手は落としてあります。つまり、ここに残った10人は、言い方は良くないですが誰が選ばれても問題はない令嬢達です。このまま本当に運を天に任せることも出来ますし、多少お膳立てして、こちらが選びたい相手に有利な舞台を作ることも出来ます。……さて、どうします?」
6人の顔をマリアンヌは見回した。
「兄上が決めればいいと思います」
エイドリアンは逃げた。正直、自分がこの場に呼ばれている意味がわからない。
オーレリアンは呼ばれて当然だと思っていたが、自分は蚊帳の外だと勝手に安心していた。
「エイドリアンはこう言っているけど、アドリアンの意見は?」
マリアンヌはどうでもいいという顔をしている息子を見た。たぶん、本当にどうでもいいと思っているので、始末が悪い。結婚は義務で、子供を作るのは仕事だと思っていた。実際、そのようなものでもあるのでマリアンヌも文句が付け難い。
自分やラインハルトを例に出すのは間違っていることはわかっていた。
それに、アドリアンはある意味、性格はラインハルトに似ている。ラインハルトがマリアンヌに向ける執着をアドリアンはオーレリアンに向けていた。それが幸か不幸かはマリアンヌは考えないことにしている。考えても無駄だ。感情は理性でコントロール出来るものではない。
「正直、誰でもいいんだけど。オーレリアンや母様と上手くやれない妃は困る。だから、母様が上手くやれそうな相手を選んでくれ」
アドリアンはアドリアンなりに真面目に言った。
ふざけた話だが、本音だろう。
マリアンヌに丸投げした。
「……わかったわ」
マリアンヌは深いため息を吐く。意見をしても無駄な相手に、時間を使うつもりはない。話を先に進めることにした。
「じゃあ、この辺りね」
そう言って、マリアンヌは何人かピックアップする。
「理由は?」
ラインハルトが尋ねた。マリアンヌの隣に並び、その腰を抱く。さりげなくスキンシップを取った。
マリアンヌはそれをスルーする。
「今日の宝探し中、声をかけたわたしとお茶を飲んでくれた子達です」
にこっと笑った。
「お妃様レース中に、夫になる人の母である姑のわたしと出会ったのよ。お茶を飲むくらい出来なくてどうします。下心があったっていいから、一緒にお茶を飲むべきだし、媚びも売るべきでしょう? そのくらい出来ない子に妃なんて務まらないのではなくて?」
マリアンヌは同意を求める。
「確かにそうだね」
ラインハルトは頷いた。
「そこまで考えて、声をかけていたのかい?」
問いかける。妻を誉める気満々で聞いた。
「まさか」
マリアンヌは笑う。首を横に振った。
「一人で退屈だったから、誘っただけ。でも、未来の姑に誘われたら断るのは不味いわよね」
小さく小首を傾げる。
そのことに、後でマリアンヌも気づいた。突然、皇太子妃を見て驚いたのかもしれないが、咄嗟の判断を求められることなんていくらでもある。そこで冷静に対応できなければ、妃は務まらない。マリアンヌを皇太子妃だと気づいていなかった可能性もあるが、それはもっと論外だ。自分が嫁ぐ相手の家族のことくらい、調べてしかるべきだろう。
「家に嫁に来る子は大変そうだ」
ラインハルトは今頃、そんなことを言う。
(そんなの、みんなわかっています)
その場にいた誰もが、心の中で突っ込んだ。
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