第513話 外伝6部 第三章 2 現実主義者
50名いた参加者は最初に半分に減った。それがさらに10人減って、15人になる。
アリスはその15人に自分が残ったことに驚いた。
参加者には他国の姫や上級貴族がいる。自国の公爵や伯爵令嬢など、明らかに自分より爵位が上の人が多かった。そこに子爵の娘である自分が残るなんて誰も思わないだろう。
もちろん、それはただ運が良かっただけだ。だがそんな運を自分が持っているなんて、アリスは思っていなかった。
ランスとルティシアの娘としてアリスは生まれた。兄と弟がいて、比較的自由に育つ。
母は一回目のお妃様レースの参加者だ。
決勝まで残り、爵位が下の父との結婚を勝ち取る。
母方の祖父は未だに、母が父と結婚したことに納得していなかった。孫のアリスを引き取り、婿を取って伯爵家を継がせようと考えている。
おかげで、アリスの結婚は先送りになっていた。
祖父と母が揉めて、縁談が纏まらない。
同じ年頃の令嬢達に比べ、アリスは恋愛感情には疎かった。恋を実らせて結婚した母は幸せなのかもしれないが、苦労も多い。子爵家はそんなに裕福ではないし、皇太子の側近で護衛騎士である父は忙しい。仕事で帰らないことも多かった。家のことはほとんど母が切り盛りしている、いつも大変そうに見えた。
そんな父の騎士という仕事に兄と弟は憧れているようで、2人とも王宮勤めをしている。今はまだ下っ端のようだが、将来的には皇太子の王子たちの側近入りを目指していた。今は護衛の腕を磨いている最中らしい。
年齢的にも父の息子という立場的にも、王子たちの側近に取り立てられる可能性は高いようだ。2人は毎日生き生きしている。だが、父と同じように帰ってくる日は少なくなった。
家にはアリスと母のルティシアだけが残る。
そこに祖父が来て、アリスの縁談の話で母と揉めていた。家の中はなんだか殺伐としている。
正直、アリスはそんな空気にうんざりしていた。
お妃様レースへの参加を決めたのは、それが理由だ。いい加減、このこう着状態をなんとかしたい。
王子と結婚したいかと言われると、そんな気持ちはなかった。王家に嫁ぐ大変さは、なんとなく知っている。
母は皇太子妃と交流があって、年に一回くらい会いに行っていた。いろんな話をするらしく、王子である息子達の話も出るらしい。
息子は結婚生活に向いていないと、皇太子妃は心配しているそうだ。実の母にそう思われている男性との結婚なんて、アリスは望まない。恋愛結婚すれば幸せになれるわけではないのはわかっているが、愛情はないよりあった方がいいだろう。ついでにお金もあった方がいい。わりとかつかつの子爵家で育ったので、お金の大切さは身に染みていた。
実は自分を養女として引き取って伯爵家を継がせるという祖父の案をアリスは悪くないと思っている。
だがそれを母に言うことは出来なかった。母が悲しむのはわかっている。
いろんなことを考えすぎて、アリスはパンク寸前になっていた。
うだうだ悩んでいる自分も嫌いだ。
せめて、お妃様レースに参加している間は、何も考えないようにしようと決める。
ただ、レースを楽しむことにした。
開き直ったら、だいぶ気持ちが軽くなる。
皇太子妃であるマリアンヌに会ったのは、アリスがそんな風に考えられるようなった矢先だった。
「一人で退屈なの。一緒にお茶を飲んでいただけないかしら?」
そんな風に誘われて驚いた。
宝探しだと言われて、王宮の中を隠されたカードを探している途中のことだ。捜索範囲に指定された一室で、マリアンヌはお茶を飲んでいる。
本人が言ったとおり、一人だ。
もしかしたら、部屋に来た令嬢みんなに声をかけているのかもしれない。
自分だけに特別声をかけてくれたなんて、アリスは自惚れていなかった。
「では、少しだけ」
アリスは頷く。
マリアンヌは一瞬、驚いた顔をした。だが、次にふふっと小さく笑う。
皇太子妃はかなり変わった人だと聞いていた。それなりに親しくしている母に聞いても、それは否定しない。
だが目の前の女性は普通にレディだ。
王族っぽい派手さはない人だが、十分に魅力的だと思う。
座ると、さっとお茶が出てきた。
カップからとても良い香りが漂っている。
(高そう)
まずそう思ってしまう自分は、子爵令嬢としては失格かもしれない。
「貴女の前にも何人かに声をかけたんだけどね。振られてしまったの。わたし、人気がないのね」
マリアンヌはそんなことを言って、笑った。
「普通に恐れ多いだけだと思います」
アリスはそれを否定する。
「では何故、貴女は誘いに乗ったの?」
マリアンヌは尋ねた。
「それは……」
アリスは迷う。だが、口を開いた。
「一度、話をしてみたいと思っていたのです」
答えて、自分がルティシアの娘であることを話した。
「では、貴女がアリスね」
マリアンヌは微笑む。
名前を呼ばれて、アリスは驚いた。母が自分の話をしているなんて思わなかった。
「何を話したかったの?」
マリアンヌは問う。
「祖父が、わたしを引き取って伯爵家を継がせたがっているんです。婿をとって」
アリスは答えた。
「知っているわ。ルティシアは反対しているのよね?」
マリアンヌは頷く。
「でもわたしはその祖父の案に乗ってもいいと思っているんです。伯爵家を継いで、裕福な暮らしをしたいと思うのって、いけないことですか?」
アリスは真面目に聞いた。
「いけなくはないわよ。それはルティシアとは違う考え方だけど、親と同じ考えを子供が持つ必要なんてない。そもそも、親と違う考え方をして家を飛び出した娘に、自分の娘が自分と違う考え方をすることを責める資格なんてないと思うわ。アリスがそうしたいなら、そうすればいいのよ」
マリアンヌは簡単なことのように答える。
「それが母を悲しませるとしても?」
アリスは困った顔をした。
「子供の人生に口を挟む権利なんて、親にだってないわ。それに結局、親はただわが子が心配なだけだから、最終的に子供が幸せなら、たいていの親はそれでいいと思ってしまうものよ」
マリアンヌはふふっと笑う。
「ルティシアとそういう話、したことはあるの?」
尋ねた。
アリスは首を横に振る。
「そういう話をしたら、悲しむと思って」
困った顔をした。
「そう。アリスは優しい子ね」
マリアンヌは微笑む。
「家に帰ったら、話をしてみたらいいわ。伯爵家を継ぎたいことを。アリスがそう望んでいるなら、ルティシアも反対しないと思うわよ」
マリアンヌの言葉に、アリスは勇気が出た。
「それに、もし反対されたらわたしが味方になってあげる」
マリアンヌは約束する。
「ありがとうございます」
アリスは礼を言った。
「ところで、このレースはどうするの?」
マリアンヌは思い出したように聞く。アリスはお妃様レースの参加者だ。
「今日か明日で落ちます」
清々しいほど爽やかに、アリスは答える。
ふふっとマリアンヌは笑った。
「今日は運次第だけど、明日は筆記試験よ。予選の予選とは違って、この国の歴史とかも出るけどね。試験なら、適当に手を抜けば落ちることは容易いと思うわ」
落選のアドバイスをする。
(確かに変わっている)
アリスはそう思った。
だが、それは悪い意味ではない。とても優しい人なのだと、そう感じた。
そして意外と運が良かったアリスは今日、筆記試験を受けている。
マリアンヌのアドバイスどおりに、手を抜いて半分くらい空欄を作った。たぶんこれで、落選するだろう。
アリスは未来の自分を思い描く。それは王子妃ではなく伯爵夫人だった。
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