第502話 外伝6部 第一章 3 お妃様レース




 貴族や豪商、そして異国の姫など、そうそうたるメンバーがスタートラインについていた。




「位置について。よーい、どんっ」




 マリアンヌが教えた合図で、お妃様レースはスタートする。一斉に、令嬢たちは駆け出した。




「きゃっ」




 中には、スタートの時から転ぶようなどじっ娘もいる。走ることになんて慣れていないお嬢様がほとんどだ。無理もない。




(わざとかな? 天然かな?)




 マリアンヌはそんなことを考えながら、転んだ令嬢を見た。直ぐに警備についていた市民の青年が手を貸す。


 古今東西、レース中の人間に手を貸す人はいないだろう。手を借りた選手は失格になるのが常だ。だがそれはわたしの常識であって、この世界の常識ではない。


 転んだ令嬢は嬉しそうに手を借り、立ち上がるとレースに戻った。




(細かいことは言うまい)




 マリアンヌはそう思う。


 50名の参加者は、普段は自分の身のまわりのことも自分でしないような立場の人間ばかりだ。王子妃になるためとはいえ、街中を走るなんて本人にとっても家族にとってもすごい決断かもしれない。




(頑張れ~)




 マリアンヌは心の中で声援を送った。


 だが、心の中はちょっと冷めている。前日、同じコースを同じように走った市民達のレースを見ていた。それに比べて、目の前の令嬢たちの走りはかなり遅い。


 身体的な理由だけではなく、服装の問題もあった。ごてごてと動きにくそうなドレスを着ている令嬢が少なくない。


 アスレチックレースであることは最初に告げているのに、動き難い恰好をしていることが信じられない。




(勝ちたければ、パンツルックで出場するくらいのことをすればいいのに)




 マリアンヌは心の中でぼやいた。


 なんのために、参加者の服装は自由だとわざわざ明記したのだろう。こちらの意図が全く伝わっていない様子に、ため息が出た。


 尤も、全ての令嬢がそうではない。パンツではないものの、動きやすそうな恰好をしている令嬢も中にはいた。そういう娘達は早々に広場を出て、いなくなる。


 今年のコースは例年以上に、難関にしてあると聞いた。縄梯子を登ったり、高いところを歩いたり、アスレチック要素がUPしているらしい。


 どうせならそうして欲しいと、要望したのはマリアンヌだ。貴族のお嬢様仕様に簡単にされては困る。本番の前に、わざわざコースを自分の目で確認もした。


 なかなか楽しそうな感じで、試しに自分がやってみたいと言いたくなる。


 それをぐっと堪えた。


 そんなことを言ったら、周りがどれだけ迷惑を被るかわかっている。


 上に立つ人間が不用意な発言をすると、下の人間はとても迷惑する。




 わーわーと、広場のずっと向こうで歓声が上がっていた。




(あの辺りは、確か……)




 マリアンヌはアスレチックの内容を思い出す。


 あそこは確か、けっこうハードな内容の場所だ。縄梯子を登って三階の窓から部屋に入り、階段を使って二階まで降りると、二階の窓からはロープを伝ってするすると地面に降りる。ちなみに安全のため、参加者には全員、軍手を買って装着してもらった。ふだん、シルクの手袋しか身につけたことがない令嬢たちに無骨で厚手の軍手は大変不評だったが、今頃、そのありがたさを身に染みて感じていることだろう。


 ロープを伝って下りるなんて、素手でしたら大変な事になる。


 ちなみにこの軍手は、マリアンヌのオリジナルだ。この世界で手袋と言えば、貴族が身につけるシルクの高級品しかない。市民には縁のない存在だ。そこにマリアンヌが実用性抜群の軍手を考案する。クレアに作って貰ったのだが、商工会から正式に製造販売の許可を求められた。正当な対価を払うことを条件に、製造・販売をマリアンヌは許可する。実用的な軍手はあっという間にはやり、今回の準備でも大活躍したと聞いている。思わぬところで思わぬものが役に立っていた。


 安全のためにも、ぜひ今後も活用していただきたいとマリアンヌは思っていた。




(それにしても暇だな~)




 ゴールまでまだ時間がある。ずっと広場で待っているのも苦痛だなとマリアンヌは思った。


 そこにクレアがやってくる。




「よろしければ、次の観覧ポイントに移動しますか?」




 提案された。


 昨日、マリアンヌ達がゴールまで時間を持て余していたのを見て、レースの途中に何箇所か、見られる場所を用意してくれたらしい。


 気の利くクレア達にマリアンヌは嬉しそうな顔をした。




「ええ。ぜひ」




 提案に乗る。


 マリアンヌはわくわくした。

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