第498話 外伝5部 第五章 5 裏事情
見合い当日、誰よりも張り切っていたのはメリーアンだった。完璧に身支度を整えている。王族の姫に相応しく、キラキラしていた。
そんな娘に、マリアンヌは小さく笑う。
「わたくしも出席します」――前日の夜、メリーアンは唐突に言い出した。
ソファに座ってまったりとしていた両親の前にやって来て、突然、宣言する。
「……」
「……」
マリアンヌもラインハルトもきょとんとした。不自然な沈黙が流れる。
「え?」
それを破ったのはマリアンヌだ。
「何に?」
わかっていたが、一応、確認してみる。もしかして、違う答えが返ってくるかもしれないと思った。
「お兄様の見合いにです」
メリーアンはにこやかに微笑む。
ラインハルトによく似たその顔は9歳にしてすでに完成されていた。美少女の微笑みはなんだか妙な迫力がある。
マリアンヌとラインハルトは顔を見合わせた。
「……何のためにか聞いてもいいかしら?」
マリアンヌは遠慮気味に問いかける。対応に困った。なんだかんだいって、娘にはけっこう甘い。自分であれこれ手をかけている息子達と違い、娘は乳母に任せている部分が多かった。それに対して、負い目のようなものを感じている。
だが、乳母に任せているのにはもちろん理由があった。
息子達とは違い、娘は将来、貴族のどこかに嫁に行く。降嫁した時、貴族としてのマナーが身についていないと困るのは娘本人だ。
だが、マリアンヌにはそういう貴族的なものをちゃんと教えられる自信がない。
自分では、そういう面に置いて役不足であることを自覚していた。
そのため、娘には王家に代々仕えている乳母をつける。彼女はもともとフェンディの娘達の乳母をしていた。
そのため、メリーアンは実の兄弟より乳兄弟ともいえるフェンディの娘達との方が気安くなる。
立派な王家の姫に育っていた。
「オーレリアン兄様も同席すると聞きました。お兄様が出られるのに、わたくしが出られない理由がありますの?」
逆に問われる。
「ないと言えばないですね」
マリアンヌは頷いた。
ラインハルトは素知らぬ顔をしている。女同士の話に男は参戦しませんよと言いたげな雰囲気に、マリアンヌは恨めしげな目をちらりと向けた。
それに気づきながら、ラインハルトは素知らぬ顔で傍観者を決め込む。
「アドリアン兄様と結婚する人はわたくしの義理の姉になります。これから姉妹として接していく方をわたくしも自分の目で見てみたいのです。それに、エイドリアン兄様が同席されたらややこしいことになると思うので、兄弟の中ではわたくしが適任だと思います」
メリーアンは達者な口で説明した。
マリアンヌはプレゼンを受けている気分になる。いちいち尤もで、何とも反論し難かった。
確かに、見合いに誰を同席させるかは悩んでいる。
エイドリアンがいたら会話も弾むし和やかな雰囲気になるだろう。だがそれではパーティの二の舞になることはわかっていた。
しかしオーレリアンだけを同席させるのも微妙だ。本当はもう一人くらい兄弟を同席させたい。
エイドリアンとメリーアンなら、確かにメリーアンの方が問題がなさそうだ。
「見合いなんて、同席しても楽しくないわよ?」
9歳の子供は直ぐに飽きてしまうのではないかと、マリアンヌは心配した。
「大丈夫ですわ、お母様」
メリーアンは自信たっぷりに胸を張る。
「わたくし、社交は得意です」
言い切った。
「はははっ」
ラインハルトは声を上げて笑う。
メリーアンだけでなく、マリアンヌもびっくりした。
「お父様?」
メリーアンは不安な顔をする。
実はメリーアンはラインハルトが少し苦手だ。嫌われてはいないと思うが、たいして好かれていないことも知っている。普通の親なら一人娘は可愛がりそうなものだが、父の愛情は基本的に母に向けられていた。その次が子供だが、その子供の中で自分の順位が低いことをメリーアンは自覚している。
母に似ていない自分に父は興味を示さなかった。
「一人娘が自分に似たことを私はずっと残念に思っていたのだが……」
本人の前でぶっちゃけ始めたラインハルトにマリアンヌは慌てた。
「ラインハルト様」
咎めるように、名を呼ぶ。言葉を遮った。
ラインハルトはそんな妻に大丈夫だと言いたげに、頷く。
「中身は案外、マリアンヌに似ているね」
にこやかに微笑んだ。
「似ているのに、貴族としての常識もちゃんとある。外見が私で中身がマリアンヌで。その上貴族の常識はちゃんと身についているなんて。……君は案外、面白い子だね」
楽しげにそんなことを言う。メリーアンを真っ直ぐ見た。
父親の思いがけない言葉に、メリーアンは驚く。だが衝撃からは直ぐに立ち直った。
「では、お見合いに同席していいですか?」
父に問う。
「ああ、いいよ。好きにやれなさい」
ラインハルトは許可した。
「好きにされるのは困ります」
マリアンヌはやれやれという顔をする。
だが、父と娘の距離が近づいたことは嬉しかった。
そして見合いは気合を入れたメリーアンの独壇場だった。
9歳にして、会話の中心になり、場を回す。
その様子を皇太子一家は微笑ましげに見ていた。
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