第497話 閑話:見合い
令嬢は数日前からドキドキしていた。
将来、国王となる予定の王子との見合いの日が近づく。
もっとも、見合いといってもそれは通常のものとは違った。
普通の見合いは会ったらほぼ成立する。貴族の見合いとは家同士の結びつきを強めるための手段だ。
最初から家と家の間で取り決めが交わされ、全てが整った後に本人達が引き合わされる。その時点で、当人達に拒否権なんてなかった。
どうせ断れないんだから会っても会わなくても同じことだと思うが、そこは体面を大事にする貴族的に建前として外せないらしい。
見合いというのはそういうものだと思っていたから、最初に自分が王子と見合いすると聞いた時には驚いた。
侯爵令嬢の彼女にはぎりぎり王妃になる資格はある。しかしそれでも立場的にはかなり苦しいといわざるえなかった。
自分より爵位の高い妙齢の令嬢は何人もいる。通常であれば自分に順番が廻ってくることはないだろう。
だから見合いをするのは自分ひとりではないと聞いて、逆にほっとした。
無駄な恨みを買うつもりはない。
会えば成立する見合いではなく、王子に顔を見せて、気に入ってもらえるかどうかを頑張るための顔見せの機会のようだ。
そもそも、アドリアンは気難しい王子として有名だ。
社交の場では誰にも話しかけない。
社交には暗黙のルールがあった。上位の者から話しかけられない限り、下位の者から先に声をかけてはいけない。そのルールを適用すると、王子であるアドリアンは自分から話しかけない限り、誰とも話をしないですむことになる。それを知っていて、アドリアンは誰も寄せ付けなかった。
女性だけではなく、男性も。
その代わり、双子の弟であるオーレリアンといつも一緒にいる。
2人はどちらも見目麗しかった。
2人並んでいると、完成された一枚の絵のようだ。誰もがうっとりとその美貌に見入る。
2人は双子だがあまり似てはいなかった。タイプがちょっと違う。
そんな2人は鑑賞するのにはもってこいの対象だ。周りに女の子をはべらせてないのもポイントが高い。変な嫉妬や羨望を持たずに心穏やかでいられた。
王子とは遠くから眺めるものだという認識が、すでに社交界の中では一般的になっている。
見合いはその王子を少しだけ近いところから見ることが出来るらしい。
令嬢はちょっとミーハーな気分になった。
どうせ、自分が選ばれることはないだろう。
王子を近くから見て、その綺麗な顔を堪能してこようと決めた。
逆に言えば、それくらいしか楽しみはない。
やたら気合が入っている両親と違い、令嬢はちょっと気楽だった。
見合いの席はお茶会だった。
王宮の一室に通される。すでに皇太子一家が待っているところに、後から令嬢は両親と共に案内された。
室内には、皇太子夫妻と、アドリアンとオーレリアン。そして皇太子によく似た美しい少女がいる。おそらく、唯一の姫であるメリーアンだろう。
(?)
令嬢は少し不思議に思った。
王子は6人兄弟だ。すべて同母の兄弟で、皇太子妃は6人も産んでいる。
見合いの席に兄弟が同席するのは可笑しくなかった。
オーレリアンがいるのは最初から予想の範囲だ。
2人は常に一緒だと聞いている。
だが、その他に同席しているのが、妹姫だけというのが引っかかった。
(どうして、彼女が?)
そう思わずにはいられない。
そしてその理由はお茶会が始まって、直ぐにわかった。
会話は彼女を中心に廻る。
アドリアンはいつもの社交と同様、ほとんど口を開かなかった。
それは隣にいるオーレリアンも同じだ。
その分、メリーアンが話す。
美少女はおしゃまで可愛らしかった。
正しく、王族の姫という感じがする。おしゃれが好きで、宝石が好きで、貴族の令嬢と変わりなかった。
ある意味、安心する。場はとても和やかだ。
皇太子妃は終始ニコニコと優しく微笑んでいる。時々、目が合った。その度ににこりとしてくれる。
皇太子妃は地味で変わった女性だと有名だ。実際、派手な感じはない。皇太子はとても美形で、アドリアンとオーレリアンも美しい。メリーアンも美少女なので、家族の中で皇太子妃の普通さは逆に目立った。
だがそんな彼女の手を皇太子はずっと握っている。とても満足そうな顔をしていた。
皇太子夫妻は仲が良いとは聞いていたが、本当らしい。とても仲睦まじかった。6人も子供がいるのは伊達ではない感じがする。
それを見ていると、ますます自分は王子妃になんてなれないと令嬢は感じた。
王子とあんな風に仲良くする自分の姿はちらりとも想像出来ない。
メリーアンの話で盛り上がっているうちに、気づいたらお茶会は終わっていた。
令嬢の両親はちょっと釈然としない顔をしていたが、それでも皇太子に本日の礼を言いに行く。
その間、令嬢はぽつんと一人残された。
「お疲れさま」
皇太子妃に話しかけられる。
「いえ……」
どう返事をするのが適切かわからなくて、令嬢は言葉を濁した。曖昧に笑う。だが疲れるほど、何もしていなかった。
「貴方は優しい子なのね」
そんなことを言われ、令嬢は驚く。
「貴方には幸せになってもらいたい。だから、うちの子では駄目ね」
皇太子妃は小さなため息を吐いた。
「あの……」
令嬢は口を開く。だが、自分でも何が言いたいのはよくわからなかった。言葉が出て来ない。
「自分の幸せは、自分で決めていいのよ」
皇太子妃は微笑んだ。
「それが、両親に逆らうことでも?」
令嬢は問う。
「両親も説得出来ない人間に、他の誰のかの心を動かすことは出来ないのではなくて?」
皇太子妃に聞き返された。
「どうして、知っているんですか?」
令嬢は問う。誰にも、自分の望みは口にしたことはないのに。
「それは秘密」
皇太子妃は子供みたいな顔で笑う。
確かに変わっていると、令嬢は思った。だがそれは悪い意味でではない。
今日帰ったら、自分にはやりたいことがあるのだと両親に話してみよう。簡単に認めてくれるとは思っていないが、伝えなければ何も変わらないと令嬢は気づいた。
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