第355話 外伝2部 第三章 2 通達
その連絡は突然、来た。
シエルに隣国を訪問する大使への同行が命じられる。
王命なので断れなかった。
同時に、ランスローは大使一行の一時的な拠点となる。
唐突な連絡に、男爵もシエルも戸惑った。
ハワードと違い、シエルは状況を何もわかっていない。
隣国との関係なんて意識したこともなかった。
一般的な貴族教育では、隣国についてはほとんど学ばない。かろうじて名前が出てくるくらいだ。
普段の生活で、他国の存在を意識することなんてこの国の人間にはほとんどない。
だから王宮からの通達を見て、驚いた。
「隣国へ大使と同行するってどういうことですか? そもそも、なんであの子達が大使なんていう大任を背負わされているのでしょう?」
シエルは大使とその同行者の名前の一覧を見て、困惑する。
大使にはまだ幼い甥達の名前が書かれていた。
同行者には当然、マリアンヌが入っている。
「私にもわからないよ」
男爵は首を横に振った。
隣国に関しては当主である男爵にも情報はほとんど入って来ない。
知っていることは息子とほぼ変わりなかった。
「とりあえず、マリアンヌと子供達がこちらに来て、しばらく滞在することになることは確かなようだ」
今現在、はっきりしていることを口にする。
大使と同行者は最初、王宮に集められることになっていた。
顔を合わせ、打ち合わせする必要がある。
だが、それにマリアンヌが異を唱えた。
ハワードやシエルをわざわざ王宮に呼びつけるのは、無駄なことだと指摘する。
2人とも、馬車で三日はかかる距離を短期間に往復することになる。行き先はランスローやルシティンのさらに西方だ。西にいる貴族は呼びつけるより、途中で拾う方が効率的だと提案する。
一時的に拠点を、ランスローかルシティンに置くことを勧めた。
その案は悪くない。
国王はマリアンヌの意見を考慮し、一旦、ランスローに大使一行を向かわせることにした。
到着後、数日休養を取ってから隣国に入る方向で話を進める。
7歳の子供の体力を考え、休息は必要だと判断した。
だが、そんな詳しい状況を男爵やシエルが知るはずもない。
伝えられたのは、シエルが大使に同行することが決まったことと、大使一行がランスローに数日、滞在することだけだ。
詳しい説明はあえて省かれている。
男爵やシエルはいろいろ伏せられていることを感じていた。
「詳しいことは姉さんが来てから聞けということなんでしょうね」
シエルはぼやく。
「そうだろうな」
男爵も頷いた。
2人は顔を見合わせる。
不安しかなかった。
「姉さんが何かしたってことではないですよね?」
シエルは父に尋ねる。
男爵はギクッとした。
「いくらマリアンヌでもさすがに他国に何かすることはないだろう」
そうであることを祈りながら、答える。
そもそも、マリアンヌが他国に興味があるとは思えなかった。
「そうですね」
シエルは頷く。
「基本的に姉さんは他人と揉めたくない人だから、自分から何かすることはないと私も思います」
父に同意した。
「でも……。姉さんを他国に行かせて大丈夫なんですかね?」
シエルは首を捻る。
「……」
男爵はとても嫌な顔をした。
「胃が痛くなるようなことを言わないでくれ」
ため息をつく。
「考えなしに行動するような子ではないから大丈夫だろう」
そう願った。
「考えなしに行動することはありませんが、考えた末にやらかすのが姉さんの困ったところだと思います」
シエルはぼそりと呟く。
それを言われると、男爵はぐうの音も出なかった。
「それは同行するお前が止めてくれ」
男爵は苦く笑う。
「そうですね」
シエルは頷いた。
「出来るだけ、止めるようにします」
約束する。
だが、本気のマリアンヌは誰にも止められないことを2人とも知っていた。
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