第354話 外伝2部 第三章 1 アルステリア
ハワードは自分の領地が国境に接していることも、国境門が領地にあることも、本当の意味ではわかっていなかった。
それがわかったのは父の跡を継いだ時だ。
父親は早々に引退し、爵位を息子であるハワードに譲る。
周囲と比べても早い引退だ。
父が何故そんなに早く自分に爵位を譲ったのか、ハワードは跡を継いでから理由を知る。
父は面倒な問題を息子に丸投げしていた。
ハワードは爵位を継いで早々、その問題に直面する。
国境の向こう、隣国の名前はアルステリアと言った。名前からもわかる通り、始まりはアルス王国と近しい。王国の国土の一部を譲り受けた王弟が、独立して作った国だ。
王同士は仲の良い兄弟で、独立後もアルステリアと王国は友好的な関係を築き、ずっと交流を持っていた。
しかし、賢王の時代にアルス王国は大きな決断をする。
他国との交流を必要最小限に留め、積極的に外交するのを止めた。
それはずっと兄弟国として接してきたアルステリアに対しても同様だ。
国境門があるルシティンの領主にのみ、アルステリアとの交流が許される。
逆の言い方をすれば、ルシティン家当主がアルステリアとの外交を一手に引き受け、対処することを強いられた。
それは一領主の仕事などではもちろんない。とんでもない重責だ。
そしてそんな重責を背負っていることを周りは誰も知らない。
輸出入に頼らず、いわゆる地産地消で国が成り立つアルス王国では、国民は他国のことなんて気にしなかった。国境があり、他国があることは理解していても、その存在は身近ではない。自分には関係のない他人事だ。
他国の情勢には興味も無い。
だが、ルシティン家の当主はそんな他国に一人で対応しなければならなかった。
苦労も多い。
そんな苦労に疲れて、父は早々に息子に爵位を譲って引退してしまった。
そのことを知って、ハワードは少なからず腹を立てる。
なんて無責任だと思った。
だが、外交問題に携わる煩わしさを知って、そんな父の気持ちもわかるようになる。
アルステリアは別に無理難題をぶつけてくるわけではない。
むしろ、終始友好的だ。
元は一つで、同じ国だったという意識が未だに王族にも国民にもあるらしい。
だがアルス王国の方にはそういう気持ちは薄れてもうほとんど残っていなかった。
アルステリアの存在や成り立ちを知らない国民の方が多い。
貴族でさえ、他国について学ぶことはほとんどなかった。
アルステリアが友好的であればあるほど、ハワードはなんだか心苦しくなる。後ろめたい気持ちにさえなかった。
そんなアルステリアからはここ数年、ある要望が挙がっている。
アルステリアは王制だ。アルス王国と違い、国王が全ての実権を握っているわけではない。それでも、国王はそれなりの権限を持っていた。
その王が退位し、息子に王位を譲ることを考えている。
それはアルステリアにとって大きな出来事だ。何年も前から準備をし、滞りなく王位の継承を進めるために大勢の人間が動いている。
ハワードも、便宜を図ってくれるように頼まれることがあった。
ハワードは自分の裁量の中で可能な範囲で、その要請を受け入れる。隣国の内政は安定していてくれないとハワードとしても困った。
だが一つだけ、ハワードの一存ではどうにもならない問題がある。
それは王位継承とその後の祝宴にアルス王国の代表にも参加して欲しいという要望だ。
断る理由は何もない。
今後のことも考えれば、出席するのが最善だと考えなくてもわかった。
だが、アルステリアの求める代表はハワードではない。王族だ。
国王は無理だろうから、ぜひ皇太子夫妻に出席してもらいたいと要請される。
アルステリアは代替わりを好機に、アルス王国との交流を賢王以前に戻したいと考えていた。
そういう話をハワードは前々から聞かされている。
アルス王国の窓口になっているのは一領主であるハワードだが、アルステリアが外交の窓口として派遣していたのはアルステリアの皇太子だ。ハワードは何年も皇太子と顔を合わせ、話をし、交流を持っている。今回、王位に就くのはその皇太子だ。
彼は親・アルス王国派で、兄弟国として昔のように両国が仲良くなることをずっと前から望んでいる。
ハワードはとても困った。
王族の訪問要請なんて、ハワードの一存で返答できるわけがない。仕方なく、国王に隣国からの要請と隣国の内情を伝えた。
だが、国王からは返事が来ない。返答は保留すると言われた。
ハワードは迷った末、検討中であることをアルステリアの皇太子に伝える。
その後も、皇太子には何度も要請の返事を求められた。
ハワードは答える返事を持たなかった。
両国の板ばさみになる。
そんなハワードを気の毒に思ったのか、アルステリアは少し要望を変えてきた。いきなり皇太子を招くのは無理だと判断したらしい。先に視察のための大使を招待することを決めた。適切な人間に国を見て欲しいと言う。
そこまで譲歩されると、さすがに断れなかった。
国王からも初めて、大使を選抜して派遣するという返事らしい返答が来る。
ハワードはほっとした。
ようやく、アルステリアに色よい返事が出来る。
アルステリア側も国王の返事を聞いて喜んだ。
しかし、肩の荷が下りたとハワードがほっとしたのは一瞬だった。
大使の人選を見て、驚く。
そこには予想外の名前があった。
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