第338話 外伝 第六章 2 疑問





 オーレリアンは仁王立ちで腰に手を当てていた。


 完全に叱る体勢になっている。


 マリアンヌは思わず、子供たちのベッドの上で正座してしまった。


 叱られるときに正座したくなるのは日本人だった頃の習性が残っているからだろう。


 生まれ変わってからだいぶ経つが、一度身についた習性はなかなか抜けないことを妙な形で実感していた。




「大使ってどういうことですか?」




 オーレリアンは問う。


 夕食後、子供を寝かしつけるという名目でマリアンヌたちは子供部屋に引っ込んだ。


 昼間めいっぱい遊んでいた末っ子はすでに寝ている。


 無邪気で自由奔放な末っ子を見ていると、前世の記憶なんて余計なものを持っているオーレリアンや、他人とは違う能力を持っているアドリアンが不憫に思えた。


 背負わなくていい苦労を背負っている。




「毎回、思うんだけど……」




 マリアンヌは苦く笑った。




「中身はともかく、身体は7歳なのに。夜遅くまで起きていて眠くならないの?」




 夜更かしする子供たちを心配する。




「何ですか? 突然」




 オーレリアンは眉をしかめた。




「そんな話では誤魔化されませんよ」




 怒る。




「いいえ。誤魔化すつもりはありません。純粋に心配になっただけです。中身を知っているからつい大人扱いしてしまうけど、身体は7歳児でしょう? 夜更かしさせるのはよくないと、反省していたのです」




 マリアンヌは説明した。


 無理をさせている気がする。




「そんな心配は不要です。自分の体調くらい、自分で管理できます」




 オーレリアンは答えた。




「それ、体調管理が出来なくて倒れる人の吐くセリフよね」




 マリアンヌは笑う。


 ドラマや映画やマンガの中では常套句だ。


 そういうことを言う人は大抵ただ無理をしているだけで、後で倒れる。




「どういう意味ですか?」




 オーレリアンは首を傾げた。


 マリアンヌは説明に困る。




「オーレリアンが無理をしていそうで、ますます心配になったということです」




 誤魔化した。


 ドラマやマンガを説明するところから始めるのは一苦労だ。


 今、そんな時間や労力をかけるつもりはない。




「オーレリアンは平気だというけれど、アドリアンはもう眠そうなので、話をさくさく進めましょう」




 マリアンヌは小さな欠伸を漏らしたアドリアンを見た。


 名前を呼ばれたアドリアンはちょっと驚いた顔をする。


 苦く笑った。




「私はけっこう眠い」




 正直に答える。


 末っ子の遊び相手をして、疲れていた。


 マリアンヌはふっと笑う。


 簡潔に、今の状況を説明した。


 パーティのことから順を追って、話す。


 アドリアンはどこまで理解したかわからないが、オーレリアンはきちんと状況を把握したようだ。




「……」




 難しい顔をする。


 何かを考え込んでいた。




「オーレリアン?」




 マリアンヌは呼びかける。




「……」




 オーレリアンは母を見た。


 何かを言いたそうに、だが迷う顔をする。




「何か気になることがあるの?」




 マリアンヌは尋ねた。




「可笑しい」




 オーレリアンは呟く。




「何が?」




 マリアンヌは首を傾げた。


 オーレリアンが何に引っかかっているのか、わからない。




「母様は国境を見たことがありますか?」




 オーレリアンはマリアンヌに尋ねる。




「いいえ」




 マリアンヌは首を横に振った。


 ランスローは辺境地だ。


 国境にも近い。


 だが、国境に接していたわけではなかった。


 国境は別の貴族の領地になっている。


 国境を見る機会はマリアンヌにはなかった。




「当たり前の話ですが、国境は簡単に越えることは出来なくなっています。この国はぐるりと高い壁で囲まれているのです。出入りが出来るのは、いくつかある国境門に限定されています」




 オーレリアンの説明に、マリアンヌは驚く。


 国境に壁があるなんて、初めて聞いた。




「そんな話、誰も教えてくれなかったわ」




 マリアンヌは顔をしかめる。


 不満を顕にした。




「それは仕方ないかもしれません」




 オーレリアンは苦く笑う。




「他国の情報も国境の話も、基本的には秘匿情報です。知ることが出来るのは、王族とその側近くらいでしょう。詳しい情報を父様たちはそもそも持っていないのかもしれません。特に国境に関しては、自分の目で見たことがある王族なんて一人もいないでしょう」




 ラインハルトやルイスが故意に隠していたわけではないだろうとフォローした。




「でも、オーレリアンは知っているのね」




 マリアンヌは理由を知りたがる。




「その壁を作ったのは、私だからです」




 オーレリアンは答えた。




「それは賢王の時?」




 マリアンヌは尋ねる。




「いいえ。もっと前です」




 オーレリアンは首を横に振った。


 それはだいぶ最初の頃だ。


 昔のこと過ぎて、すでに記憶は曖昧になっている。


 だが、作った壁を確認した記憶は残っていた。


 とても高い壁で、超えてくることなど出来ない。




「他国の人間の侵入を、この国が許すとは思えません」




 オーレリアンは言い切った。




「それって……」




 マリアンヌは困惑する。




「だから、可笑しいのです」




 オーレリアンは頷いた。




「……」




 マリアンヌは何とも渋い顔で考え込む。


 いくつか可能性を思い浮かべた。






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