第174話 第五部 第三章 4 因縁
ローキャスターが離宮にやって来たのは午後だった。
わたしは客間でローキャスターと会う。
ソファに座って、向かい合った。
わたしの後ろにはシエルが立っている。
その少し後ろにはメアリも控えていた。
ローキャスターの後ろにも文官らしい従者が立っている。
ドレスのデザインの件で呼び出したので、連れて来たようだ。
ローキャスターはシエルを見て、戸惑う顔をする。
突然の呼び出しに、困惑していた。
それは気まずそうにも見える。
(まあ、わたしと会いたくないのは普通よね)
心の中でわたしは納得していた。
逆の立場だったら、わたしも会いたくない。
でも今日はどうしてもローキャスターから聞かなければいけないことがあった。
「デザイン画はこちらです」
ローキャスターの方へデザインを描いた紙を滑らせる。
間に挟まれているテーブルの上を紙が移動した。
それは昨夜、わたしが急いで書き起こしたものだ。
デザインを見て欲しいという名目で呼び出すのに、デザイン画がなければ話にならない。
急遽、考えた。
王族のドレスには出産後に授乳しやすいように考えられたデザインが一つもない。
わたしは密かにそれが気になっていた。
それがない理由はわかっている。
必要ないからだ。
通常、王族には乳母が付けられる。
王家の女性が自分で授乳することはほぼないらしい。
だがわたしはその慣例に従うつもりはなかった。
乳母が必要なら、乳母をつけるのは構わない。
でもわたしは可能な限り自分で授乳したいし、育てるつもりでいた。
我が子を取り上げられるつもりはさらさらない。
そのためにも授乳しやすいデザインのドレスは必要だ。
いちいち、授乳のためにドレスを脱ぐようなことはしたくない。
「これは変わったデザインですね」
デザインを見て、ローキャスターは呟いた。
(そうでしょうね)
わたしは心の中で返事をする。
わたしが描いたデザインはほぼ着物だ。
袴がスカートになっているだけで、イメージ的には大正時代の女学生っぽい感じになっている。
「いろいろ合理的なのです」
余計なことは言わずに、ただそう答えた。
自分で授乳したいとか子育てしたいなんて、ローキャスターに言うべきことではない。
その話は然るべきタイミングで、然るべき相手に言えばいいことだ。
デザイン画を通すために必要な情報ではない。
(むしろ、余計なことを言ったら却下される気がする)
成り行きでデザイン画を出すことになったが、わたしは案外、本気だ。
このデザインを通すつもりでいる。
「では持ち帰って、査問委員会で検討しましょう」
ローキャスターはとりあえず、デザイン画を受け取った。
委員会全員の意見を聞かなければならない。
「よろしく」
わたしはにこりと微笑んだ。
「……」
ローキャスターは気まずい顔をする。
なんとも居心地が悪そうだ。
このままでは直ぐにでも退室してしまいかねない。
わたしは早速、本題を切り出すことにした。
「ところで、第二王妃様はお元気なのかしら?」
尋ねた。
「は?」
ローキャスターはきょとんとする。
一瞬、何を言われたのかわからなかった顔をした。
わたしの言葉は予想外だったらしい。
「公爵は王妃様と縁戚関係にあると聞きました。違うのですか?」
わたしは質問を続けた。
「いえ、違いません」
ローキャスターは頷く。
「わたし、王妃様とはきちんと顔を会わせたこともご挨拶したこともないのです。どんな方かもよく知らないので、公爵に話を聞こうと前から思っていたのです」
わたしはにこりと微笑んだ。
自分でも嘘っぽいと思った。
だが、本当のことが言えるわけもない。
そしてそれはローキャスターもわかっているのだろう。
「……」
なんとも微妙な顔をした。
昨日、離宮にネズミの死骸が投げ込まれたことはすでに噂になっている。
ローキャスターの耳にも届いているだろう。
そのタイミングで第二王妃のことを聞くわたしに、何も感じないわけがない。
当然、わたしの意図は伝わっているはずだ。
その上で、ローキャスターは迷っている。
動揺してもいた。
わたしを狙っている犯人が第二王妃である可能性に気づいていなかったのかもしれない。
そもそもローキャスターはわたしの命を本気で狙う者がいることも知らなかったようだ。
わたしに本当に何かあったら、その犯人に自分が仕立て上げられる可能性があったというのに、迂闊だとわたしは思う。
王族の命を狙う者が本当にいるなんて、考えなかったようだ。
(基本的には、人のいい貴族のおぼっちゃんなのかもしれない)
悪人になりきれない感じがした。
そこで、情に訴えてみる。
「出来ることなら、わたしは王妃様と仲良くしたいのです。ですが、何も知らなければ仲良くしようもありません。わたしに王妃様のことを教えていただけませんか?」
わたしは頼んだ。
精一杯の誠意をその言葉に込める。
仲良くしたいのは嘘ではない。
わたしは誰とだって、出来ることなら仲良くしたい。
嫌われたり、憎まれたりしたいわけではないのだ。
「仲良く……ですか」
ローキャスターは複雑な顔をする。
ちらりとわたしの後ろを見た。
その視線は、わたしではなくシエルに注がれる。
見つめられたシエルは戸惑う顔をした。
「それは少し、難しいかもしれません」
ローキャスターは苦く笑った。
「何故ですか?」
わたしは問う。
「……」
ローキャスターはまた迷う顔をした。
わたしはじっと、ローキャスターが覚悟を決めるのを待つ。
長い沈黙の末、小さく一つ、ローキャスターは息を吐いた。
真っ直ぐ、わたしを見る。
「それは、マリアンヌ様がフローレンス様のお嬢様だからです」
ローキャスターはわたしやシエルが思いもしない言葉を口にした。
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