第172話 第五部 第三章 2 円卓会議




 夕食の後、わたしたちは話し合いのために集まった。


 わたしとラインハルトの他にルイスとシエルもいる。


 円卓を囲んでいるわけではないが、狭い範囲に寄せ集まっていた。


 そしてわたし達の話が聞こえる位置にメアリも控えている。




「さて、夕食も食べ終えたので相談しましょう」




 わたしはにこやかに言った。


 それを見て、シエルが苦く笑う。




「なんで姉さんはノリノリなの?」




 困った子を見る顔をした。


 どうやら、わたしは楽しげに見えるらしい。




「なんでって……」




 わたしも苦く笑った。




(美形が勢ぞろいでなんか楽しくなってきたなんて、言えるわけがない)




 心の中で呟く。


 ラインハルトもシエルもうっとりするくらい綺麗だ。


 ルイスも性格はともかく顔立ちは整っている。


 そんな3人に至近距離で囲まれるのは悪い気がしなかった。




(逆ハーレムってこんな感じなのかしら?)




 そんなことを考えて、にやけそうになる。


 だがそんなことを正直に言ったら、呆れられるのはわかっていた。


 自分でもちょっとどうかとは思う。




「隠れてこそこそされるより、気分がいいわ。仲間はずれにされる方が寂しいもの」




 尤もそうな言い訳を口にする。


 嘘ではなかった。


 隠されるのも仲間はずれにされるのも、嫌だ。


 自分のことならなおさら、自分で知っておきたい。


 意味深にラインハルトを見た。


 ラインハルトは困った顔をしている。


 だが黙って守られるだけの相手がいいなら、わたしではなく他の人を選ぶべきだ。


 わたしにそれを期待されても困る。




「マリアンヌ様が話し合いに参加したいというのは構いません。しかし、何故、メイドも一緒なのですか?」




 ルイスはメアリを見た。


 一人、浮いている。


 この場には明らかに相応しくはなかった。




(ですよね~。そこ、気になりますよね)




 わたしは心の中で頷く。


 やはり突っ込まれたと思った。


 ルイスがそう言うのは予想の範囲内だ。


 答えは用意してある。




「メアリは常にわたしの側にいます。わたしを守る相談ならいてくれないとわたしが困るのです」




 理由を口にした。


 メアリとの意思の疎通は大切だ。


 常日頃、わたしの側にいるのはシエルでもラインハルトでもない。


 メアリには状況を理解しておいてもらう方がわたしは安心だ。




「そうですか」




 ルイスは納得する。


 メアリがそこにいることを許した。




「では、何から話し合いますか?」




 ラインハルトに聞く。


 ラインハルトはちらりとわたしを見た。


 言い難い顔をする。


 気を遣われているのがわかった。


 だが、そんな必要はない。




「ネズミの件からでいいんじゃないかしら?」




 わたしは自分から口にした。




「あの後、投げ込まれたというネズミを確認したんだけど。ネズミは殺鼠剤で殺されていたようです」




 わたしの言葉にラインハルトやルイスはぎょっとする。




「死骸を確認したんですか?」




 ルイスは眉をしかめた。




「しました。しなかったら、状況を把握出来ないでしょう?」




 何を当たり前のことをとわたしは思う。


 猪や鹿を捌くわたしがネズミの死骸くらいで動揺するわけがなかった。


 さすがに内臓が飛び出ていたらいやだなと思ったが、ネズミの死骸に外傷はない。


 毒殺されたのがわかった。


 わたしを脅すために殺したというよりは、食料などを守るために仕掛けておいた罠にかかって死んだネズミを活用した感じがする。


 そのことをみんなに説明した。




「わたしを脅すためにわざわざ殺した感じではなくて、良かったです」




 わたしの言葉にみんながきょとんとする。




「何が良かったの?」




 シエルは首を傾げた。




「わたしを脅すためにわざわざ殺生したのと、たまたま手元にあった死骸を使うのでは雲泥の差があるでしょう? 気持ち的に」




 わたしはみんなの顔を見回す。


 ピンと来ないようだ。


 わたしは言葉を続ける。




「前者は、わたしを脅すためなら生き物の命を奪うことも厭わないという強い意志を感じます。危険だし、行動がエスカレートすることが予想されます。でも後者はまだそこまでではない感じがしませんんか? 正直、前者かと思っていたので猶予がないのかと焦ったけど、切迫してはいないみたいなので安心しました」




 にこやかに笑うと、微妙な顔をされた。




「姉さんは人の心が読めるの?」




 シエルに真顔で問われる。


 質問の意図がわからなかった。


 今度はわたしが首を傾げる。




「そんなチートな能力、その他大勢のわたしが持っているわけないでしょう」




 小さく笑った。




(持っていたら、もっと楽な人生を送っているわ)




 心の中でそう続ける。


 人の気持ちが読めるなら、もっと上手く立ち回れる自信があった。


 シエルの言葉を否定する。




「じゃあ、どうして相手の気持ちがわかるの?」




 シエルは問うた。




「わかるわけではないわ」




 わたしは首を横に振る。




「想像しているだけ。合っているかもしれないし、外れているかもしれない。でも、相手の立場に立ってその気持ちを想像するのはコミュニケーションの基本でしょう? とても大切なことよ」




 わたしは力説した。


 ぐっと拳を握り締める。


 その手を、隣に座っていたラインハルトに包み込まれた。




「マリアンヌ。君がいろいろ考えているのはわかったから、少し落ち着いて」




 心配そうに見つめられた。


 自分が思っているより興奮していることにわたしは気づく。


 二・三度、深呼吸をした。




「ところで、この手は何ですか?」




 わたしの手を包み込むラインハルトの手を見る。




「一人で暴走しそうだから、手を繋いでおこうと思って」




 ラインハルトは笑った。


 指と指を絡めるようにして、わたしの手を握る。


 いわゆる、恋人繋ぎをされた。


 シエルの前なので、ちょっと恥ずかしい。


 自分が意外とバカップルである自覚はあるが、羞恥心がなくなったわけではなかった。




「暴走なんてしませんよ」




 わたしは口を尖らせる。


 ラインハルトの手を振り解こうとした。


 だが、ラインハルトは放してくれない。


 わたしの言葉には説得力がないようだ。


 わたしはシエルやルイスを見る。


 2人ともそっぽを向いていた。


 見ないふりをしてくれているらしい。




「……」




 わたしは小さく息を吐いた。




「話しを続けましょう」




 ルイスを見る。


 ルイスは小さく頷いた。










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