第170話 第五部 第二章 6 悲鳴




 シエルに叱られ、わたしはしゅんとした。


 今後は余計なことはしないと約束させられる。




(余計なことをしようなんて思いはいつもないのです)




 心の中で言い訳するが、口には出さなかった。


 わたしだって好きで厄介事を背負い込んでいるつもりはない。


 むしろ、厄介事を避けた結果がこれだ。


 人生、自分の思い通りにはなかなか進まない。


 みんなが幸せになれればいいのにと思っているが、そんな都合のいい幸せはなかなか見つからないようだ。




 とりあえず、わたしはシエルの前で反省の態度を示す。


 そんなわたしにシエルは苦笑していた。


 仕方がないなあという顔をしている。


 止めても無駄なことはよく知っていた。


 諦めている。


 空気が少し和らいだ。


 しかし次の瞬間、それが一変する。




「きゃーっ!!」




 悲鳴が聞こえた。


 一瞬、時が止まる。


 空気が凍りついた。


 メアリやシエルの身体がぴくりと反応する。


 だが2人ともその場から動こうとしなかった。


 わたしはちらりと2人を見る。




「今、声が聞こえなかった?」




 尋ねた。




「聞こえたね」




 シエルは頷く。


 だから何?という顔でわたしを見た。




「普通、悲鳴が聞こえたら駆け出さない?」




 わたしは苦く笑う。


 何があったのか気にするのが、普通の反応だ。




「そうだね」




 シエルは大きく首を縦に振る。




「でもこの場合、優先するべきなのは姉さんの安全だよ」




 そう続けた。


 目の前にわたしがいるから、シエルは動かないらしい。




「何かあったのかは、放っておいても執事が調べて報告してくれる。それが執事の仕事だからね」




 その言葉通り、程なくアントンがやってきた。


 わたしの様子を確認する。


 何事もないのを見て、安堵した




「何があったの?」




 わたしは問う。




「ちょっとしたハプニングがありまして、食材を運んできた王宮のメイドが驚いたようです」




 アントンは答えた。


 曖昧な言い方をする。


 心配は無用だという言いたいようだが、わたしは気になった。


 アントンの答えでは何が起こったのか全くわからない。




「どんなハプニング?」




 わたしは追及した。


 わざと曖昧に言葉を濁したのはわかっているが、誤魔化されるつもりはない。




「……」




 アントンは困った顔をした。




「たいしたことではありません」




 答えようとしない。




「たいしたことでなくていいから、教えて」




 わたしは粘った。




「……」




 アントンは沈黙する。


 ラインハルトにわたしに余計なことは教えるなと言われているのかもしれない。




「教えてあげて」




 困っているアントンにシエルが助け舟を出した。




「そうじゃないと、業を煮やして自分で見に行っちゃう人だから」




 わたしを見る。


 否定できなくて、わたしは笑った。


 行動が読まれている。


 教えてくれないなら、自分で確認しようと実は思っていた。


 アントンは一つ、ため息をつく。


 やれやれという顔をした。




「ネズミの死骸が投げ込まれたのをたまたま食材を持って来たメイドが見てしまったようです」




 説明する。




「それはよくあることなの?」




 わたしは確認した。


 自分が知らないだけということもあるので、聞いておく。




「いいえ、まさか」




 アントンは首を横に振る。




「このようなことははじめてです」




 きっぱり否定した。




「そう」




 わたしは静かに頷く。




「誰かが何かされたわけではないのね?」




 確認した。




「はい」




 アントンは頷く。


 わたしは少しほっとした。




「悲鳴を上げたメイドはどうしたの?」




 尋ねる。




「気持ちが落ち着くまで、少し休ませています」




 アントンは微笑んだ。


 心配しなくても大丈夫という顔をしている。




「では、お茶とお菓子を出してあげて。びっくりさせて悪かったと謝っておいてね」




 わたしの指示を聞いて、アントンは下がる。


 それを見送ってから、わたしはシエルを真っ直ぐ見つめた。




「わたしは今、危ない状況なの?」




 尋ねる。




「……」




 シエルは答えなかった。




「シエルがここに滞在するのは、わたしを守るため?」




 もう一度、質問を変えて尋ねる。


 シエルはなんとも気まずい顔をした。




「昨夜、ラインハルト様と何を話したの?」




 わたしは質問を止めない。




「姉さん」




 シエルは困った顔をした。


 だがここで引くつもりはない。




「何が起こっているのか、わたしに説明して」




 シエルに強請った。




「……」




 シエルは苦く笑う。




「こういう時の姉さんは本当にしつこいね」




 やれやれという顔をした。












 シエルが教えてくれた話は少しわたしの予想とは違っていた。


 結婚式が終わってもわたしの命を狙う人がいることはなんとなく察していたが、誰が狙っているのかわからないとは思っていなかった。


 ラインハルトたちはずっと、わたしを狙っているのは第二王子派閥だと思っていたらしい。


 だが違ったそうだ。


 相手が誰かわからないので、手の打ちようがなくて困っているらしい。


 シエルの滞在をラインハルトが勧めたのは、自分が留守でもシエルがいれば安心だと思ったからのようだ。


 それが腹立たしいとシエルは怒る。


 そもそも、誰が狙っているのかわからないなんて無能すぎると憤った。




 わたしもそれは少し引っかかる。


 ルイスやラインハルトは有能だ。


 簡単に誤解や勘違いはしないだろう。


 誤解や勘違いしたことには何か理由がある気がした。




 それにしても……と、思う。




「わたし、そんなにたくさん恨みを買っているのかしら?」




 ちょっと凹んだ。




「恨みなんて何もなくても買う時は買うんだよ」




 シエルは慰めてくれる。


 それがわたしの言いそうな言葉で、やっぱり兄弟だなと思うと笑えた。






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